第60話 バイト帰り
真夏の月に照らされた道を男が一人ぼやきながら歩く。
「お前はまだ高校生なんだからもう帰れってなんだ。優しさならいらないぞ。説明したじゃねーか」
店長に勝手に荷物をまとめられ、挙句の果てにはけつを叩きながら店を追い出された俺は「けっ」と唾を吐く真似をして家への帰り道を歩く。
確かに高校生が22時まで働くのは無理だと思った。けど、勝手に荷物をまとめることはねーだろ。けつを触ってきたからセクハラ罪か?いやまぁ優しさだったってことは分かるぞ?でも店長にも親が事故にあって死んだってことは伝えているんだ。
もう一度「けっ」と唾を吐く真似をして前を見ると、見覚えのある後姿が視界に入った。
「日彩?」
足早で日彩らしき女性の後ろに近寄り、横からチラッと顔を見て見ると、
「やっぱり日彩だ」
「え?翔?」
たった今買い物を終えたのか、買い物バッグを肩に下げた日彩はなんでここに?と言いたげにきょとんとした目でこちらを見てくる。
まぁそれはそうか。今の時間は20時で、予定していた時刻とは全く違うからそんな顔もするだろう。
「店長に早帰りさせられたんだよ。ひどいだろ?」
「……優しさじゃなくて?」
「優しさだと思う。けど、俺は働きたかった」
「そんなに働きたいの?」
「働きたいね」
そう言うと、日彩は肩に下げている買い物バッグを手に持ち「ん」と子供が親におもちゃを渡すように俺に買い物バッグを渡してくる。
「……持てと?」
「そうだね」
「まぁ働きたいって言ったからな……」
渋々日彩からバッグを受け取った俺は、中身を見ながら先ほど日彩がしていたように肩に下げる。
人参にじゃがいも、牛肉にカレーの元ってことは――
「――今日はカレーか?」
「おー正解。よくわかったね」
「カレーの元があったらそりゃね」
「それもそっか」
躓かないように前を向き、歩きながら会話をする俺と日彩。もう目の前には中学の頃なら通り過ぎていたはずの俺の家が見える。けど、今日は通り過ぎることなくそのまま俺の家に直行だ。
「折角早く帰らされたし、一緒に作ろうか?」
「……まだ根に持ってるの?」
「当たり前だろ」
「許してあげてもいいと思うけどね」
「明日、一回店長にセクハラしてから考える」
「セクハラ!?」
「セクハラ。で、手伝おうか?」
「簡単に流せれないよ!?」
下ネタのしの文字も知らない日彩からしたらセクハラは大きなことなのだろう。まぁしの文字もなくとも大きなことなんだが、俺と店長の仲なんだからそこまで大きいことではない。「否定がないなら手伝うぞー」という言葉と一緒に家の鍵を開けた俺は日彩と二人並んで我が家へと入った。
元好きな人にダメ元で晩御飯を作ってくれと頼んだら案外あっさり受け入れてくれた せにな @senina
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