第5話 ダメ元
ひとしきり俺の目の前で女子が泣いていると割と脳内がすっきりする。
もしかしたら、日彩のことを考えているから精神が保てているのかもしれない。
泣いている最中は日彩との会話は特になく、俺の服が涙でびしょびしょになったこと以外には特にこれといった事件はなかった。
いや、びしょびしょになった服を着替えるために、看護師さんを呼んだら「どれだけ泣いたんですか」って日彩に言ってたな。
まぁ今は、そんな面白い光景を見れただけでも頭がすっきりするからありがたいし、おかげで脳内の整理も出来そうだ。
そんな俺の頭の整理を手伝ってくれた日彩はというと、ベッドの隣にある椅子に座って、お見上げで持ってきたであろうリンゴの皮を剝いている。
「今更だけどリンゴ食べれるよね?」
「ほんと今更だな」
「だから今更って言ったでしょ。食べれるか食べれないかどっち?」
「食べれます」
「了解」
さっきまで泣いてたとは思えないほどに強気だなこいつ。目の周りも真っ赤にして気まずさか知らんけど、俺の方全く見てないくせに。
まぁこんな文句、日彩に直接言ったらリンゴどころか、日彩すらも帰ってしまいそうだから言わないけどな。
「あ、さらに今更だけど――」
次はなんだ?
俺の好きな食べ物なら中学の時に行ったはずだが。
「自分一人で食べれる?」
「……そこまでの重症に見えるか?」
「見えないね。でも、甘えたいんじゃない?」
「リンゴくらい俺一人で食えるって。甘えたいかどうかは別として、一人では食べれる」
「甘えたいなら私が食べさせて――」
「――うっま。久しぶりにリンゴ食ったかもしれん」
「……際ですか」
手掴みでリンゴを頬張ると、なぜか日彩が不服気に頬を膨らませてくる。
「日彩も食いたいなら食べれば?」
「別にそんなんじゃない。今だけは許すけど、次そんなことしたら叩くから」
「そんなこと……ってなんだ?」
「もういい!早く食べて寝て!」
「お、おう?」
どうしたんだ?頬を膨らませてリンゴを食べたいのかと思ったら、早く食べて寝ろって……いやまぁ、食ったら安静のために寝るけども。
とりあえず今は、日彩との有意義な時間を過ごせるだけで俺の心は休まるからなんでもいいや。
「あ――」
「え、なに?」
多分、今考えるべきではないだろうけど、俺って一人暮らしになるんじゃ……?
「日彩って一人暮らしの基本ってわかる?」
「あぁ……あーそっか」
きっと、俺の言葉で全部察してくれたのだろう。
少し考え込んだ日彩は腕を組み、自信満々気に言い出す。
「全くないね」
「ですよね分かってましたよ」
「……なんか気に食わない」
さて、どうしようか。
家事全般はできるけど、これからのことを考えたらバイトの数も増やさないといけないし、なんなら高校もあるから時間もないし。それに付け加えていきなりの一人暮らし……?
……さて、どうしようか。
それに、今は日彩がいるから精神状態がまだ安定してるだけであって、一人になるとまた考え込んでしまうし、死に至るかもしれない。そんな精神状態でバイトなんてできるわけもないし、目的も特にないからやる意味もない。
なら、家事もする意味ないんじゃ?誰のために高校に通っている?広い家を一人で管理できるのか?
あー……もうダメだ。思考がネガティブな方に行ってしまう。
今、先のことを考えてしまったら全部マイナス思考になりそうだ。
今は生きることだけを考えよう。目的なんてその辺の草みたいに生えてるだろ。絶対に。
「翔?どうしたの?」
「いや、少し考え込んでいた」
「そう?」
「そう。それでだけどさ――」
俺には少し、時間が必要だ。だが、一人暮らしをして高校に通ってバイトもしていたら時間なんて生まれない。
睡眠時間を削れば時間ができるかもしれないが、睡眠時間を削ったら帰って鬱状態になりそうで怖い。
だから、今の最善の策。俺の目の前にいる女は幸運なことに料理ができる。
この料理の時間だけでもいいから減らせれば、数時間だけだが時間が余る。
……非常にダメ元だが、それも元好きな人に頼むべきことではないとは思うが、俺の精神安定剤でもあるわけだし頼んでみるか……。
「――俺の家でさ、晩御飯作ってくれないか?」
「いいよ」
「え、いいの?」
これが始まり。俺こと岩瀬翔と、女もとい、同じクラスの女子もとい、元好きな人の夢咲日彩との半同棲……とまではいかないが、一日のほとんどを一緒に過ごすきっかけとなった出来事だ。
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