第6話 シャバの空気

 8月5日。体に何も異常がないことが確認され、俺は退院した。

 俺が事故にあったのは8月1日で、どうやら丸一日は眠っていたらしい。


「シャバの空気うめぇー」


 今度は腕を頭上にあげて蹴伸びしながら言う。

 また前になんかに伸ばして、事故にあったら大変だからな。


 あーそうそう。この前、医師に丸一日考えさせて欲しいって言ったろ?

 あれだがな……今、俺の隣にいるやつのおかげで、現実としてみることが出来た。


「別に病室と変わらなく無い?」

「分かってねーな。雰囲気が違うんだよ、雰囲気が」

「分からない……けどまぁいいわ。まずは退院おめでとうだね」

「まじ感謝。ほんとありがとな」


 こればかりは素直にお礼を言わない他はない。

 なぜ病院にいたのか、とか俺の入院理由知ってるのか、とか色々聞きたいことはあるが、今だけは本当に頭が上がらない。


「……やけに素直だね」

「なるほど、日彩は人の感謝も素直に受け取れないと……メモメモっと」

「いや違うじゃん!話さない間に変わったなって思っただけ」

「だろ?かっこよくなっただろ」

「……やっぱり変わらない」


 少しぐらい頷いてくれても良くないか?

 なんてことなど元好きな人になど言えず、夕日に照らされる道を横並びで歩く。


 夕日に照らされながら歩くと、中学の頃を思い出す。

 日彩に荷物を持って欲しいと頼まれて、2人で並んで学校から帰る。あの時は、両思いだと思ったんだけどなぁ。


「家まで送っていこうか?」


 俺の家に到着しても、毎回のようにこの言葉を言った。

 そうすることで、数分でも一緒にいられるから。

 実際、本当に数分なのだけれども。


「え?晩御飯作らなくていいの?」


 いつもと違う答えに、本当に恋が散ったのだなと再度認識し、俺は横に首を振る。


「今日はワクドナルドでも食べに行くからいいよ」

「それはダメ。ちゃんと健康的な食事を取らないと」

「1日ぐらいいいだろー?」

「あなたが良くても、私が許さないからダメ。買い物行くから着いてきてね?」


 これで俺のことが好きじゃなかったんだぜ?

 飛んだ思わせぶりだよほんと。

 まぁもう、今では慣れたもんだけどさ。


「はいはい、また荷物持ちね」

「おーよく分かったね。褒めてあげる」

「どうも」


 一応、俺退院してすぐなんだけどな?

 いやまぁ別にいいんだけど、少しぐらいは心配してほしいよな。

 ……それに、褒めてあげると言っといて、何もしてくれてないし。

 まぁそれも慣れてるけどさ?精神面的に慰めて欲しいよね?


「もの言いたげな顔だね?」

「……別になんもなんでもないよ」

「なに拗ねてるのよ」

「なーんでもないって。早く買い物行こうぜ」

「ふーん」


 未だに気になっているのか、手を後ろに組んでチラッチラッと俺の方を見てくる。

 思わせぶりな態度が本当にうまい子だ。この態度に何度騙されたことか……。


「そんな態度されようが言わないぞ?」

「なーんでよ」

「なんでもだよ」

「けーち」

「それでいいよ」


 そろそろスーパーに着きそうだし、もうそれでいいや。このまま言い争っててもらちが明かなそうだしな。


 やはり、どこか不服気な日彩だったが、スーパーに入るとそんな表情は消え、一段と真剣な表情になった。

 どうしたのか気になったが、今の状況で話しかけてもまともに返事が返ってきそうにないので、俺は黙って荷物持ち係に徹するとしよう。


 ……と、そんなことを思わずにでも日彩が籠を渡してきた。

 本当に退院明けの俺に雑用を任せる気だな。まぁ別にいいけど。

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