第3話 病室
真っ暗な視界から目を覚ますと白い天井が視界に入って来た。
闇の中からの光は流石に目が応え、無意識に薄く目を閉ざしてしまう。
光に目が慣れ、やっとまともに開けられることを何度かの瞬きで確かめ、ゆっくりとベッドから体を起こす。
別に周りを見ずともこの状況だけでも現在どこにいるかぐらいわかる。
病院のベッドの上だ。数日間眠っていたのか、腕には点滴を刺されており、体は少し重い。
周りには暇つぶし用なのか、テレビが一つと花瓶に一輪のスカビオサが飾られている。
次いで俺が寝ている病室の入口であろう場所に目を移すと、看護師さんらしき女性が立っていた。
タイミングが良かったのか、ドアが開く音がなかったからきっと俺が起きる前からいたのだろう。
すると、俺と目があった事で、看護師が口を開いた。
「医者の方を呼んできますね」
「お願いします」
俺が起きたことを医師に報告しに行ったのだろう。
そのついでに、母さんと由比のことも話されるだろうな。俺の体に特に目立った痛みもないし、手足も動かせてるから母さんと由比も無事なことだろう。
待つこと数分、病室に40代ぐらいの医師と先程の看護師さんが入ってきた。
今思えば、母さんと由比が大丈夫なら看護師さんが言ってくれたはずだ。だが、看護師さんは医師を連れてきた。このときの俺は自分が無事だったことで気が緩んでいたのかもしれない。
医師はベッドの横にあった椅子に座り、俺を落ち着かせるようにゆっくりと、優しい声で話し始めた。
「体は大丈夫かい?」
「はい。大丈夫ですよ」
「そうか。ならよかったよ」
なぜ悲しそうな目をしてるのか、なぜ言いたい言葉を言おうとしないのか不思議に思う。
膝の上で握りこぶしを作ってまで俺に言いたくないことがあるのか?俺の体に特に異常はないはずだけど……。
「岩瀬紗夜さん、岩瀬由比さんはあなたのご家族で間違えありませんね?」
「そうですけど」
「初めに言います。これは現実です。そしてしっかりと受け入れてください」
「はい」
「――
「…………は?」
頭が追いつかない。今返した俺の言葉が何だったかも分からないぐらい、俺の脳が思考を停止させようとしている。
視界が揺れる。焦点が合ってないのが自分でもわかる。
そんな目で医師をもう一度見る。
「非常に苦しいと思いますが、これは現実です」
現実?これが?死んだ?誰が?母さんが?由比が?いつ?どこで?どうして?
「あなたは、事故にあったんです。逆走してきた車があなた達の車に正面衝突したんです」
頭が追いつかない。視界にも自分の両手しか見えない。耳からは次から次へと情報が入ってくる。さっきまで感じていた病院の独特の匂いも、服の摩擦も、舌の感覚すらも感じない。分からない。何も分からない。
「病院まで運ばれる前にはもう、息を引き取られていました」
息を引き取られた?息はあげれないし、もらっても価値はないぞ?何を言ってるんだよこの医師は。
「大まかに説明しますとこの様になります」
ダメだ。何も考えられない。本音で話し合った母さんが息を引き取った?大好きな妹が息を引き取った?分からない……分からない。
「…………………………一日。整理します」
「分かった」
医師の了承の言葉だけが素直に頭に入ってくる。それ以降も何かを言っていた気がするけど、俺の思考はとっくに周りなど見ていなかった。
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