第11話 東京の父さん
「ご馳走様、ほんとありがとな」
「お粗末さまでした、私は気にしてないから全然いいよ」
日彩からレシートを貰い、食材分のお金を払い終え、食事も食べ終えて背もたれに体を預けていた。
まじで美味しかった。日彩はいいお嫁さんになるだろうな。
「んじゃ、ゆっくりしたら家まで送るよ」
「あー……んー。あ、洗い物ぐらいするよ?」
疑問形?なんで疑問形なんだ?
いやまぁ、有難いから止めることはしないけど、変に動揺してるような……?
「ありがと、じゃあ俺もそれ――」
手伝う、と言おうとしたタイミングで、ポケットに入っていたスマホから、電話の音楽がなり始める。
「あーすまん、父さんからだ」
「大丈夫大丈夫、私一人でやってるから」
「まじでありがとな」
それだけを言い残し、俺はもう一度自分の部屋へ歩き出す。
父さんから、という事はもう知ってるんだろうな。
離婚して、東京に住んでいるとはいえ、親は親だし、たった1人の父親だ。
多分、色々と長くなるだろうな。
部屋に戻り切る前に、ポケットからスマホを取りだして通話ボタンを押す。
スマホの中からは、落ち着いていて、優しい声が俺の耳を懐かしさに浸らせてくれる。
「久しぶり」
「前の旅行の時に、あってるじゃん」
「確かにそうか」
冗談も交じり、楽しく会話をしてくれる。
だけど、すぐに本題に入りだす。
「翔は大丈夫?」
「うん、今は大丈夫」
「今は?」
父さんが知りたいのは俺の生活のこととか、精神面のこととか――まぁ、全部だろうな。
だから、今はという言葉を使った。
精神面も、生活面も、本当に今だけは大丈夫だ。
今後の行動しだいでは、一気に崩れるかもしれないが。
「今は、だね。バイトも増やして、電気代とかガス代とか、ちゃんと払えるようにするよ」
「うーん……1ヶ月で、給料が8万を超えだすと、103万の壁を超えることになるから、高校生1人だけで一人暮らしの資金を稼ぐってのは難しいと思うよ?」
「なるほど、そんなものもあるのか」
非常にめんどくさいものがあるものだ……。
さて、どうしようかな。
ベッドに腰を下ろし、頭を抱えて考えていると、再度スマホ越しに俺の名前を呼ぶ父さんの声が聞こえてくる。
「翔は、そっちの学校では楽しくしてる?」
「ん?うん、してるけど。どしたの?」
「なら良かった」
どうしたんだろう?いきなりそんなことを聞くなんて。
俺が首を傾げながら言葉を返していると、父さんはさらに言葉を紡ぐ。
「もしさ、翔がいいって言うのなら、東京で一緒に住まない?」
「東京に住む?結婚してるんじゃないっけ?」
「翔のこと話してみたら、いつでもウェルカムって言ってたから大丈夫だよ」
そのための質問だったのか。
俺が……東京ねえ。
「それについては少し、考えたいって気持ちがある。だから、後日にまた言うよ」
「わかった。翔の今後の人生にも関わるから、ゆっくりでいいからね」
「……ありがと」
本当に優しい父さんだ。
正直、一緒に住んでもいいと思うけど、転校する不安と、父さんの家に馴染めるのかという不安といったものが色々とある。
それに、せっかく日彩が晩御飯を作ってくれるのに、東京に行くというのは少し、勿体ないとも思う。
まぁ、このことはあとから考えよう。
「今って夏休み中だよね?」
「あー……うん。そうだよ」
まずい、これ来るわ。
泣きそうになるってこれ。
父さんのあまりの優しさに、思わず溢れ出しそう涙しそうになるのを堪え、何とか言葉と声を絞り出す。
「どこか行くつもりはあるの?」
「バイトかな」
「バイトねー。あまり無理はしないで、ちゃんと休みなよ?」
「うん、週休1日制ぐらいにできるよう頑張るよ」
「めっちゃブラックじゃん!」
やばーなんて言う言葉を付け加えて冗談げに笑う父さん。
父さんや母さんは、2人とも決まって子供の意見を第一にしてくれていた。
だから、今回の件も、俺が決めたのなら父さんは何も口出ししない気なのだろう。
ほんと、いい親の元に生まれてきたと思うよ。
「父さんは、最近どうなの?」
「んーこれと言ったことはないかな」
「そうなんだ。何事もなくてよかったよ」
自分の心が明らかに弱まっているのが分かる。口調が、思ったことが全て口に出てしまう。
思ったよりも早かったけど、そろそろ切った方がいい気がする。
本当に心の余裕が無くなる。
「それじゃあ、これから俺、洗い物とかするから切るね」
「できるのかー?」
「流石にできるよ。じゃあね」
「はいはーい」
この電話で、シリアスな雰囲気にならないためか、雑談になってからの父さんの声色が明るくなり、大分心に余裕が出来た。
今は、シリアスよりも明るい方がいいと言うのを、しっかり理解している父さんは、最高の親だ。
通話を終了した俺はベッドに横たわり、顔の上に腕を置く。
「あっぶないって」
危うく零れそうになる涙を何とか堪えた俺は、そう呟く。
目元赤くなってるかもなぁ。
そんな考えもあったが、日彩を送らない訳にも行かないので、体を起こしてリビングへと向かう。
その時に、チラッと洗面台で目元を確認したが、少しだけ赤くなっていた。
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