第9話 特別視

 私が肯定したあと、翔はスマホを片手にリビングを去っていった。

 別に、私が肯定しても、翔は何もしなかったと思う。実際何もしなかった。


 私が全面的に悪いのだから、愚痴の1つくらい零してくれてもいいと思うのに。

 そんな考えを胸に秘め、私は翔に言われた場所から包丁とまな板を取りだし、冷蔵庫から鶏肉を出した。


 少し、私の昔の話でもしようかな。

 私と翔が出会ったのは中学2年の春、私が転校してきて2週間が経った頃だった。


 転校したての私は、かなりの有名人になった。自分で言うのはなんだけど、スタイルもいいし、顔もいいからね。


 当然男もよってきたし、その男を好きな女子が、私に嫉妬の視線を向けてきた。

 正直、この手のことには慣れている。

 転校する前の学校でも、そういうのが多々あったからね。


 そんな中、彼が現れたのよね。翔という、私にとっては大きな存在が。

 でも、そんな大きな存在だということに気がついたのは、彼に好きだと言われた時だった。


 それまでは、ただ他の人よりも話しやすく、ただ他の人よりも頼りやすい男子だと思っていただけ。けど、明らかに他の異性とは違い、私は翔に、いつのまにか積極的に話しかけるようになっていた。

 きっと、その時からはもう、翔のことを特別視していたんだと思う。


 そして、翔に好きだと言われたのは中学卒業間際の2月頃だった。

 私はあの頃の返事をまだ返していない。……というよりも、先延ばしにしてもらっている。

 今思えば恥ずかしいけど、あの頃の私は自分の心境が分からず、思わず泣いてしまった。きっと、嬉しかったのだろう。でも、それぐらいにどうしようという感情が沸き上がってきてしまった。


 優しい彼は泣き出した私の心境に気づいたのか「今のはなかったことにしようか?」と提案してきた。

 また、好きだと言うから、心の準備をしとけよ、と言われた気がした。いや、私にはその言葉にしか聞こえなかった。


 私はもう、この一年……いえ、約一年半の時間を得て、心の準備は整っている。


「だから、いつでも好きだと言ってくれていいんだよ?」


 副菜をお皿に盛り付け終わり、最後の仕上げである鶏肉を揚げる油を見ながら、独り言。

 正直、私は臆病者だ。翔のいい所や、デレそうになるといつも小声になってしまう。なぜ、そうなるのかという理由もわかっている。


 軽蔑されるのを怖がっている。もう一年半もの年月が経っているのだから、翔はもう私のことが好きじゃなくなっているかもしれない。

 そんな邪念が脳裏を過り、口籠ってしまう。


 本当に邪念だ。こんなものは捨てたい。今すぐにでも捨ててやりたい。


「いい匂いするじゃーん」

「でしょ?私、料理上手だからね」

「だな。改めて実感する」


 中学の頃、私の家に翔を連れてきたとき、ご飯をご馳走してあげた。満足そうに私の料理を頬張り、何度も美味いと言ってくれた。

 嬉しかったなぁ。


「……なにニヤついてんだよ。俺の誉め言葉が効いたか?」

「なんでもない。もうすぐで出来るから、お味噌汁をついでもらっていい?」

「りょうかーい」


 翔はそう言い、棚から二つのお椀を取り出し、お玉で味噌汁を注ぎ始める。

 なんか、こう見ると夫婦みたい――って何考えてるの!?


 無意識に思い浮かんだ言葉に、思わず首を振って記憶から抹消しようと努める。

 付き合ってすらいないのに、そんな言葉が思い浮かぶのはダメよ!


「そんな首振ってどうした?ヘッドバンキングにでもハマったのか?」

「違うわよ!」

「なら、なんだ?」

「……あーもうそれでいいよ!ヘッドバンキングにハマったの!」

「それはそれで……いや、うん。いい趣味だよ」


 やらかしたー!

 本人に、褒められて嬉しいって言えるわけないじゃん!かと言って、ヘッドバンキングにハマったって言うのも違うじゃん!

 私のバカ!翔に引かれちゃったじゃない!バカバカバカバカ!


 頭の中の想像だけで、頭をポコポコと叩く私。

 もうやだぁ……。

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