第35話 優しい好きな人

「逆になんで分からないのよ……!」


 私はそう言い、強引に翔の右手をとって、左手で握る。

 翔ってこんなに鈍感なの!?

 逆ナンの嫉妬とか腕に抱き着いていたこととか、それこそ手をつないでいるという行動で、もう気が付いているもんだと思ってたのに!


 いやでも、気が付いたところでなんて言えばいいんだろう?

 初めての恋だから、どうやってアタックすればいいか分からないし、こんなに積極的でいいのかな?なんて思うけど、気が付かれたら気が付かれたらで、なんて言えばいいのか分からない。

 告白しても、どうせ「無理だ」の一言で終わらされそうだし。

 でもまぁ、本人は気が付いてないっぽいし、いっか!


 手繋ぐの嬉しいし、気持ちが満たされるからずっと繋いでいたい……というのは、流石に甘えすぎていると思うけど、それぐらい好きな人と手を繋ぐのは嬉しいものなのだ。


 そして、その好きな人である翔はというと、私に強引に手を繋がれたことと、理由が未だにわからないため、首を傾げていた。


「そんなに気にしなくていいから、早くいこ?」

「めちゃくちゃ気になるんだけど……まぁ行くか。後で考えればいいしな」

「そうそう」


 どうやら翔は、このデートでは私のことを真っ先に考えてくれているらしく、私がおねだりすればすぐに聞いてくれそうだ。

 実際、今おねだりしたら、すぐに聞いてくれた。


 最初に、これは恩返しだからって翔が言ってくれたから、勘違いしなくて済んでいるけど、あの言葉がなかったら私、勘違いしちゃってたよ?


 入口にいる係の人にチケットを見せ、早速水族館へと入っていく。

 記念のために、私はチケットを財布の中に入れようと……チケット?


「――あっ、チケット代」


 完全に手を繋ぐことで忘れていたことを思い出し、思わず口から言葉を零す。


「っち、忘れてなかったか」

「今思い出したのよ。チケット何円だった?」

「無料だったよ」

「それは絶対にない」


 翔は否が応でも言わないつもりらしい。

 じゃなきゃ、無料なんて嘘をつくわけがない。


「翔が言わない気なら、後で値段見るよ?」

「……そんなに払いたい?」

「私も翔に、恩返ししたいからね?」

「なるほどな。じゃあ、600円だ」

「……それも噓でしょ」

「…………1200円だ」


 水族館でそんな安くないとは思ったけど、まさか半分も安くしていたとは……。

 優しいと言いたいところだけど、というかすっごく優しいんだけど、私も翔に優しくしたい。


 私は、翔に言われた通りの値段を出そうと財布をカバンから取り出し、チャックを――開けようとしたけど、片手がふさがっているから無理だった……。

 この場合、さっき翔がやったみたいに手を放せば簡単なんだけど、また繋いでくれない可能性もあるし……どうしよう。


「手なら繋いでやるから、財布開けていいぞ。俺も預かったお金を財布に入れたいし」

「ほんと?」

「また0.01ⅿ信じてないのか?」

「今回は1ⅿ信じてない」

「大分増えたな……。でも、大丈夫だ。俺は嘘はつかない」

「さっきついたくせに」

「あれは優しさだ」


 どうも信用しがたいけど、一先ず今は翔を信じるしかない。

 繋いでくれなかったら、次はハグでもしてあげようかな。……恥ずかしいけど。

 でも!手を繋いでくれなかったら、それぐらいのことはしてあげるからね?


 そんなことを目線で訴え、私は翔から手を放した。

 そして財布を開け、記念用のチケットを財布に入れ、代わりに1200円を取り出す。

 すると翔はさっきまで私と繋いでいた手を出してくる。


「ありがと」


 私がその手にお金を置くと、お礼を言って翔は自分の財布にお金をしまった。

 本当に、翔は言い育ちをしてると思う。

 なにに対しても、感謝するべきことはすべてにありがとうと言って、謝るべきことにはすぐにごめんなさいが口から出てくる。

 当たり前のことかもしれないけど、その当たり前のことを自然にできるのはすごいことだと私は思う。


「私の方こそありがとね」

「なぜ日彩がお礼を言うんだ?」

「だって、私が気が付いたからこうしてお金を返してるけど、気が付かなかったら翔のお金で水族館に入ってるんだよ?」

「まぁ確かに?」

「だから、お礼を言ったの」

「……日彩も、変わったな」

「いつも言ってたわよ!」


 子供が成長したような目で見てくる翔は、また右手を私の方に寄せてきて、自然に私の左手を握った。

 一瞬紳士か何かかと思ってしまった。

 こんな自然に女の子の手を握ることある?約束してたとはいえ、話しながら自然に手を握ってくるのはドキッとしちゃうじゃん。


 私も翔に負けじと手を握り返し、もう一度お礼を呟いた。


「約束は破らないからな」

「ほんと、かっこいい」

「……?なんて?」

「流石だねって」

「あーね?」


 ……口が勝手に動いちゃう癖、どうにかしないといけないかも。

 そろそろ不自然だと思われてそうだし、いつしか聞こえてしまうかもしれない。

 聞こえちゃったら私、絶対恥ずか死しちゃう。


 心の中で悶えながらも、私は翔の手をしっかりと握って、魚が沢山いる水槽を見回る。

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