第38話 イルカショー

「あ、そろそろイルカショー始まるじゃん」

「もうそんな時間なのか?」


 スマホを取り出して時間を見る日彩につられ、俺もスマホの画面を見る。

 俺たちが水族館に入ったのは13時30分、そして今の時刻は16時26分だった。


 時が流れるのは、楽しければ楽しいほど早いな。

 俺の体内時間だと、まだ14時30分だぞ?


「16時30分からって放送で言ってたよね」

「あーそんなことも言ってた気がする」

「……記憶力落ちた?」

「歳かな?」

「まだ17でしょ」

「まぁね」


 日彩に言われて思い出した。

 16時ぐらいに放送で『16時30分からイルカショーが』なんちゃらって言ってたな。

 最近本当に記憶力が落ちた気がするな。

 別に今は私生活に全く支障がないからいいんだけど、記憶力低下は普通に不便だな。


「翔?早くいかないと場所なくなるよ?」


 クイクイと手を引っ張られて我に返った俺は「だなー」って言葉を返して日彩の後ろをついていく。


 さっきも言ったけど、私生活に支障をきたしてるわけじゃないし気にしなくていいか。

 そう結論付け、特に気にしないままイルカが泳ぐ水槽に到着した。


 今はまだ準備中らしく、飼育員さんがイルカにエサをあげ、準備体操中なのか少しジャンプさせたり泳がせたりしていた。

 時間ギリギリになったせいで席が後ろの方しか空いてなく、水が掛からないというポジティブな考えをお互いに言い合いながら、腰を下ろす。


 すると、ちょうどステージに司会者が現れて喋り始めた。

 小さなものは風に飛ばされないようにしっかり持っていてくださいという注意や、プログラム中は席についてくださいという注意、そして水しぶきが飛ぶ可能性があるので気を付けろという注意を言い渡される。


 そして司会者が後ろに下がると愉快な音楽が流れ始め、リズムに合わせてイルカが飛び始めた。

 一頭が飛ぶと歓喜の声が上がり、子供がはしゃぐ。二頭や三頭も同時に飛び始め、水面を尾びれだけで進むイルカも現れる。


 初めてイルカショー見たけど、思ったよりすごいな。

 飼育員さんの説明と飛ぶイルカもすごいし、ちゃんと指示ができている飼育員さんもすごい。

 ネットで見たことあったけど、イルカって本当に頭がいいんだな。


 隣からはパシャパシャと写真を連写する音と「すごー!」という声が聞こえてくる。

 前の方にいる子供がすっごい騒いでくれているから、あまり日彩の声は目立ってはいないけど、いつもとのギャップを感じる俺からすれば一番目立つ。


 プログラムの最後の方につれて、イルカの技が激しくなり、フィナーレでは4頭のイルカが大きくジャンプして観客に水しぶきをかける勢いで着水した。

 今のフィナーレの大ジャンプがネットで有名になった、夕日をバックで撮れば超インスタ映えのやつか。


 フィナーレが終わり、それぞれの飼育員さんの前へと移動したイルカは、飼育員さんと合わせてお辞儀する。

 その瞬間、観客席からは大歓声と拍手。

 思わず俺も日彩から手を放し、拍手をする。


「すげーな。最近のイルカは俺よりも頭いいんじゃないか?」

「かもね」

「否定してくれよ」


 隣で俺と同じように拍手する日彩に冗談で言ってみたのだが、速攻で否定の言葉じゃなくて肯定の言葉が返ってきた。

 さっきまでの子供っぽいはしゃぎっぷりはどこへ行ったのやら。

 これこそ写真を撮っておくべきだったな。

 題名『子供っぽい日彩』で花梨さんに渡したら大笑いしそうだ。


「周りの人も帰ってるし、俺たちもそろそろ行くか?」


 どこどこがすごかったねーとか、あの飼育員さんイケメンだったねとか、それぞれの感想を言い合いながら席から立つ人たちと一緒に、俺も立ち上がりながら言う。

 だけど、日彩は立ち上がらず、目を細めてくる。

 ――まだやるのか……。


「ほら、行くぞ?お土産ショップでなんか買ってやるよ」

「じゃあ私も翔に買ってあげる」


 手を差し出すと、嬉しそうに右手を握って立ち上がる。

 そんなに朝の逆ナンがまずかったのか?

 今日は一日中手を繋ぎそうだな……。


「ありがと」


 一言お礼を返し、俺たちはお土産売り場へと向かう。

 時刻は16時45分と、15分間のイルカショーだったが非常に満足だ。

 それに、時間帯的にもちょうどよくて助かる。

 次に行く場所は、本当に時間が命の場所だからな。

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