第53話 タオルを巻いた女

 会話のない部屋には時計の針の音が響き、無駄に耳に残る。

 さっきの言葉はもしかしたらフラグだったのかもしれない。

 多分、後ろに日彩がいることや、いつもと違う環境だとかで寝付きにくいのだろう。

 部屋が真っ暗なのにも関わらず全く寝れん。眠たいし、寝たいのは山々なんだけど、寝れん。


「日彩?」


 少し会話でもして気を紛らわそうと声をかけるが、返ってくるのは寝息だけ。

 いつの間に寝てたんだ?あれから時間が経ったとは言え、日彩は俺がいても簡単に寝られるのか?

 ……もしかしてだが、他の男を連れ込みすぎて慣れてるんじゃなかろうな。


 不思議と俺の胸中には嫉妬?のようなモヤが現れ始めた。

 嫉妬なんてするつもりはないし、させられるつもりもなかった。じゃあなんで嫉妬をしてるんだ?


 今日、日彩に対してなぜか嫉妬することが多かった。

 理由を突き止めようとしても分からない。


 もしかしてまだ好きなのか?

 いやいやいや、ないない。あんな振られ方したのに、もう一度好きになれという方が難しい。


 静かな部屋で誰の声もしないベッドの上で俺は無意識にそんなことを考えていた。

 視覚も聴覚も働かさなくていい状況になれば、自ずと思考に集中するのは当たり前。

 だからか、俺はベッドから立ち上がって日彩の部屋を出た。


 あまり、好きとか嫌いとか考えたくない。

 黒歴史を掘り返しているみたいで胸が苦しくなる。

 完全な自業自得だということは分かっている。けど、思い出したくないものは思い出したくない。


 廊下を歩き、まだ電気がつくリビングへと足を踏み入れた俺は、キッチンでコップを片手に持つ、タオルだけで身を隠している花梨さんと目が合った。


「あれ?寝てなかったの?」

「平然と話しかけないでくださいよ」

「なに、私の姿に魅了されてるの?」

「されてません。服はどうしたんですか?」

「ソファーの背もたれにかけてあるわ」

「なら早く着てくださいよ」

「長いことお湯に浸かっちゃったから、少しのぼせちゃって~」


 確かに、俺と日彩が部屋に行く前から風呂に入って、それから1時間40分ぐらいお湯に浸かってたってことになるか。

 ……シャワーの時間を含めても、凄い時間お風呂に入ってたな。

 でもだ。それでも――


「服は着るべきです」

「えー?男の子なんだから服着ないでください!って堂々と言えばいいのに」

「言いませんよ。廊下にいますので、早く着替えてくださいね」

「はいはーい」


 まるで子供かのように返事した花梨さんを後に、俺は廊下に出てなにも見なかったと自分に言い聞かせる。

 日彩とは見合わない胸だとか、本当に一児の母なのか?と思うぐらいの肌の綺麗さだとか、俺は何も見ていない。

 うん、なにも見ていないぞ。


 花梨さんはゆっくりと着替えたのか、数分後にやっとリビングの扉を開いて俺のことを呼んでくる。


「待ってたのに」

「なにがですか」

「私が裸の時に除くんじゃないかな?って」

「そんなことするわけないでしょ」


 元々は頭を冷やしに水を飲みに来ただけなんだ。

 それでこんな事件に巻き込まれるとは……ラッキースケベというやつか?


「……私の体、そんなに魅力ない?」

「イェスとは言いませんけど、ノーとも言いません」

「即ち?」

「いい方だと思います」

「やった。私ってまだ若いのね」


 こんな俺の意見でガッツポーズをしてまで喜ぶのか。

 変わった人だ。まぁ、男子高校生にこんなことを言う人が、まともな人なわけないよな。


「今、私に対して何か失礼なこと思った?」

「いえ、特に何も」

「そう?」

「そうです」


 ほんと女の勘というやつは鋭いな。

 ポーカーフェイスが得意じゃなかったら一瞬でバレてたぞ?


 なんとか誤魔化しきれた俺は元々の目的である水を取りに行くためにキッチンへと向かい、コップを……コップを――


「コップなら今私が使ったやつ使っていいよー」

「ありがとうございます」


 間接キスだとは全く気にしてないのか、ソファーの上で胸を張るようにぐでーと背もたれにもたれかかる花梨さんが言ってきた。

 が、当然俺は気になるので、一度水道でコップを濯いでから水を灌ぐ。


「私の唇は汚くないわよー」

「女性と間接キスするのが気になるだけです。汚いとか思ってません」

「あらそうなの?男子高校生って、誰それ構わず間接キスするんじゃないのね」

「それは人によるかもしれませんが、少なくとも俺はしません」

「律儀だねー」

「ですかね」


 相変わらずソファーでくつろぐ花梨さんからすっと目を逸らして会話をする俺は、コップ一杯の水を飲みほしてリビングから出ようと扉へと向かう。

 だが、花梨さんが俺の行動を止めるかのようにソファーから手を伸ばして、


「ちょい岩瀬君。こっちに来なさいな」


 と指で俺を誘うように招いてくる。

 何か裏があるのじゃないかと目を細めたが、雰囲気なのか、花梨さんに俺をからかうような素振りは見えなかった。


「ソファーに座ればいいんですか?」

「そうそう」


 指示を受けた俺は多少の警戒心を持ち、花梨さんと距離を取ってソファーに座った。


「……私、まだ警戒されてるの?」

「めちゃくちゃしてますよ」

「解いてくれたと思ったのになー」

「解くわけないですよ」


 苦笑を浮かべた花梨さんは、背もたれから背中を離してきちっと座り直した後、俺の目をまじまじと見てくる。

 ここまで真面目に女性に目を見つめられたというのが初めてだからか少し照れ臭い。

 罰が悪くなった俺は目を泳がせながら口を開いた。


「なんですか。顔をまじまじと見られるの、あまり慣れてないんですよ」

「岩瀬君の様子を見ればわかるわ」

「……っすよね」


 だよな。

 目を泳がせてたら誰だって気が付くよな。


「けど、今はそんなことじゃなくて岩瀬君は大丈夫なの?」

「俺がっすか?」

「他に誰がいるのよ」


 いきなりの会話の展開に思わず動揺してしまう俺だが、今までに見たことがない花梨さんの真剣な顔を見て、そんな動揺はどこかへ吹き飛んでしまった。

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