第42話 海
運転手にそう言われ、慌てて日彩から手を放し、財布を取り出しながら運転手に目を向ける。
「金額は7400円です」
「あ、ありがとうございます」
少し動揺しながらも、財布から取りだしたお金をカルトンに置く。
……めっちゃ恥ずい!
水族館までは恥ずかしいだとかあんま思ってなかったのに、意識しだしてからすっごい恥ずい!
今になって手汗の心配だとか、握り返して嫌じゃないのかだとか、色々考えだすし!
「あぇ?そ、そんな高いの一人で払わなくても……」
「気にしなくていいよ。バイト戦士だからお金はある」
節約してるやつが言うセリフではないと思うが、それよりも日彩と目が合わせられない。
無駄に意識してしまう。
失恋した相手を意識してしまうのは、未練タラタラってことか……?
いや、それはないね。
この思いは振り切ったはずだ。日彩が泣いたあの日から。
だから、目を合わせるなんて楽勝だ。
「いや……でも」
「まぁまぁ。その分はまたどこかで返してくれ」
日彩に言いながらタクシーを降り、俺は日彩の目を見た……のだが、日彩の顔は真っ赤で、俺と目が合ったからか目を左右に泳がせている。
そんなのを見てしまったら、無意識に俺も目が泳いでしまう。
人間というものは、相手に意識されたらなぜか、自分も意識してしまう傾向があるらしい。
だから、ずっと好き好き言ってたらいつの間にか相手が意識し始めるとかなんだとか。
って、今はそんな話はいい。この気まずさを何とかしないとな。
と、その前に。
「すみません、数十分したら戻って来るんですけど、待つことってできますかね?」
「分かりました」
「ありがとうございます」
日彩が下りた後、俺はタクシーの運転手にそうお願いして了承を得た。
後で電話でタクシーを呼ぶよりも、こうした方が早い。あと、俺はなにも気にしてないよという、日彩へのアピールにもなる。
……まぁ、実際はめちゃくちゃ気にしてるんだけどもね。
「んじゃ、行くか」
「うん」
俺が声をかけても、やはりどこか気まずげな日彩はか細い声で返事を返してくる。
気まずさの原因は日彩にあるとも思ったのだが、俺も無言で握り返してしまったのにも落ち度がある。
だから決して責めるつもりはない。だが、どういう理由でつないだのかは気にはなる。
けど今聞いたら気まずさが悪化しそうだから、今日泊まった時にでも聞くか。
コンビニの駐車場で降ろされた俺たちは手を繋ぐことなくタクシーから離れ、もうすぐ夕日が沈みそうな海へと足を運ぶ。
時刻は17時50分、かなりの時間タクシーに揺られていたからか、少し眠気がある。
だけど、胸壁を超え、砂浜に足を踏み入れた瞬間そんな眠気はどこかへ行ってしまった。
「……綺麗」
「わかる」
無意識に口が開いたのか、海を見つめる日彩にたった一言だけ言葉を返した俺も、海に見入ってしまう。
潮は引き、砂浜の所々で水溜りができている。
逆立ちして海の方を見れば、砂浜と海の境界線が分からないほどの平面。昼間は快晴だった空は、今では雲が2割現れている。だが、風は一つもなく海に波はたっていない。
そのおかげで、海には鏡のように夕日と雲、そして水色と橙色が混ざった空が映し出される。
例えるなら、ボリビアのウユニ塩湖のような場所だ。
俺たち以外の人たちは逆光で水面に映し出された自分のシルエットと一緒に写真を撮り、まるで鏡の世界の自分と足を合わせているような、幻想的な写真を撮っている。
本当に日本なのかが疑われるほどの絶景、そして幻想的な場所に、海が好きな人はもちろん、苦手な人も思わず惚れてしまう場所だ。
「私、写真撮るの下手だから、翔が撮ってほしい」
「了解」
海に見惚れる日彩はぽつりと呟くように頼み、空を見上げては海を見下ろし、人の影が水面に映っているのを見ては、逆光でシルエットになっている実物を見る。
海好きな人や、景色を見るのが好きな人はこんな反応をすると思う。
というか、初めて来たときの俺もこのような反応をした。
ポケットからスマホを取り出し、海全体が入るように、かつ夕日が中心になるような写真だったり、海が中心になるように写真を撮る。
別に俺は写真を撮るのが得意ってわけではない。
だけど、少なくとも日彩よりかは上手いはずだ。
ぶれていないかの確認のため、今とった写真を見る。
うん、我ながら完璧だ。
一応立体感をだすために、パノラマでも写真を撮っておこう。
出来るだけ人が動いてないことを願いながらシャッターボタンを押し、ゆっくりとスマホを左から右へと動かして海が見切れたところでシャッターボタンをもう一度押す。
そして今撮った写真を見ると、
「おぉ、すごいなこれ」
思わず口に出してしまうほどの写真が撮れてしまった。
雲が夕日に吸い込まれるような写真。今ですら幻想的だというのに、立体的に撮影したからか、更に幻想的なものがカメラに収まってしまった。
今この瞬間だけは、夢よりも綺麗で、なによりも見惚れるものが、この場所だと俺は思う。
日彩も、小声だったとはいえ、俺の声が聞こえてないほどにこの絶景に見入っているしな。
うん、連れてきてよかった。
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