第49話 見習うべき

 洗面所から出てリビングへと戻ると、日彩と花梨さんはソファーで仲良くテレビを見ていた。

 噂は日彩から聞いていたが、本当に仲がいい親子なんだな。

 後ろ姿見るだけで微笑ましいよ。


「上がりましたよ」

「あら、もう上がったの?」

「長風呂はあまり得意ではないので」

「そうなの?」

「そうですね」


 俺が長風呂を苦手としているのが以外だったらしく、花梨さんは相当驚いていた。

 けどその隣の女子は、俺の知らないことを知って満足そうに頷いていた。

 ……本当に変わってるな。前なら「あっそ?で、それがなに?」って言ってたはずなのにな。

 いやそう考えたらめちゃくちゃ変わってるな。


「じゃあ次は日彩が行って来たら?私は最後でいいよ」

「言われなくてもそのつもり。行ってくるね」

「おう」


 俺の隣を通る日彩に軽く返事を返した後、俺はソファーの上で不敵な笑みを浮かべる花梨さんと目を合わせていた。

 日彩が洗面所に入る音がした途端、花梨さんは口を開いた。


「こっちに来ないの?」

「嫌な予感しかしないので、行きたくはないですね」

「そんなこと言わないでよー」

「そんなことをしてたから言ってるんですよ。まぁですが、このままだと話が進まなそうなので行きます」

「ありがと~優しいね~」

「ありがとうございます」


 このまま立ってるだけだと俺も疲れるし、ソファーで後ろを振り向いている花梨さんの腰にも負担がかかるだろうから、素直に座ろう。

 何かされたら何かされた時に反抗しよう。

 そう考え、俺は警戒しながらも花梨さんから少し距離を置いて腰を下ろした。


「なんでそんなに距離取るの?」

「警戒してるからです」

「変なことしないよー」

「……本当ですか?」

「ほんとほんとー」


 あまり信じたくはないけど……いや、別に変なことしようがしまいが、この距離でもよくないか?


「寄りませんけど」

「意地悪だねぇ」

「ですね」


 花梨さんの言葉に素直に頷いた俺は、未だに警戒しながら手が伸びてきたら距離を離し、花梨さんに細い目を向けるばかり。

 それに花梨さんは苦笑を浮かべた後はもう、手を伸ばしてくることはなかった。


「それで、何の用なんですか?」

「ただお話がしたいだけだよー」

「お話ですか?」

「そうそう。最近頑張りすぎてるんじゃないかなーってね」

「まぁ頑張らないといけない時ですからね」

「それはまぁ……そうかもしれないけど、周りの大人も頼っていいのよー?」

「周りの大人っすか」


 俺の周りの大人と言えば、それこそ花梨さんが真っ先に思い浮かぶ。

 けど、花梨さんは頼りないというか……頼っても「そんなの笑って吹き飛ばしちゃえー」とかふわふわしながら言ってきそうで、頼っても無駄というのを勝手に思ってる。

 まぁこんな花梨さんを見れば分かる。あんまり頼りにはしない方がいい。


「……なにか、失礼なこと思ってない?」

「いえ?何も思ってませんよ」

「それならいいんだけど。私の勘違いかしら?」

「きっとそうですよ」

「私の女の勘は特に当たるはずなのだけれどね」


 ……あぶね。

 女の勘ってやつは凄すぎないか?

 心の中の言葉まで反応するって、その能力欲しいな。

 男の勘ってやつはないのか?聞いたことないからないのだと思うけれど。


「まぁいざという時は周りの大人にも頼りますよ。多分」

「絶対ね?」

「頼れない大人もこの世にはいますから」

「……それ、誰かに向けて言ってる?」

「いえ?決して花梨さんに向けてなんて言ってませんよ」

「その言い方だと、私に向けてるって言ってるものじゃない」


 今度は逆に花梨さんが俺に細い目を向け、俺は口笛を吹いて知らないふりをする。


「けどまぁ、花梨さんと一緒にいるのはストレスもなく話し合えるので、頼らないということはなさそうです」

「ほんと?」

「ほんとですよ」


 これは事実、偽りの言葉でもなんでもない。

 花梨さんと話しているときはなにもストレスを感じない。

 花梨さんもちゃんとした大人だからか、人にストレスを感じさせるようなことは言ってこない。

 人のことをちゃんと見れてて、素直にすごいと思う。

 そこだけは俺も見習うべきことだ。

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