第28話  手のひら

『好き』

「全然大丈夫だよ。ありがとうね」


 この言葉はまだ口にはできない。

 私の心はまだ弱いままだから。

 もっと強くなって、昨日誓った通り、翔を落としてから、この言葉を口にする。

 翔の右手の手のひらに、ロマンチックにキスしながら、この言葉を口にする!


 もう泣いたりなんてしない。翔がどんなに私を突き放そうとしても、私は絶対に離れない!

 絶対に落としてやる!


「あ、ありがとうだけど……なにか書いたか?」

「気づいてないならいいですぅ」

「そうか?」


 自分の右手を見ながら、翔は問いかけて来るけど、当然私が言うわけもなく、自然と私の表情には笑顔が浮かび上がってきた。


 この笑顔は、中途半端な自分の気持ちとおさらばしたからなのか、それともただ翔と一緒にいるのが嬉しいからなのか。

 うん、この気持ちはどっちもだ。

 私の心にくよくよとしていた自分はいないし、翔と一緒にいるから素直に嬉しいと思っている。

 ほんと私は、いい男を好きになったなぁ。





 頭を上げた俺は手のひらと、目の前の笑顔になった日彩の顔を交互に見る。

 俺の手に何かが書かれたのは確かだ。

 だけど、ミラー文字だったから何書いたのか分かんねぇ!

 日彩がなんで泣いてたのかも気になるのに、こっちも気になるじゃねーか!


 悶々とした気持ちを抑えるために、正座を解いて、前に座る花梨さんの方を見つめる。

 花梨さんは花梨さんで、微笑ましいカップルを見るような目になってるけど、付き合ってないからな?


「あ、そういえばここに来た目的がちゃんとあるんだよ」


 思い出したかのように言った俺は、ポケットに手を入れ、長方形型の機械を握り、机の上に置く。

 そう、俺が持ってきたのは日彩のスマホだ。

 日彩を見送った後、家に帰った時に見つけた、現代人には欠かせない道具だ。


「わざわざ、スマホの為に来てくれたの?」

「わざわざって……スマホは今生きていく上で最重要道具だと思うけどな」

「それはそうかもしれないけど……でも、ありがとね」

「全然いいぞー」


 何にそんな感謝しているのか分からないが、胸に抱えるように、大事にスマホを受け取った日彩は、どことなくかしこまってこっちを見てくる。


 日彩が珍しくかしこまったということで、俺も思わずかしこまってしまうが、日彩の目には感謝というよりも、挑戦を挑んでいるような炎が宿っている気がする。


「改めて、翔。さっきは本当にありがとう」

「おう」

「そして、これからもよろしくお願いします」

「逆によろしくしてくれるのか?」

「ずっとよろしくする」

「大きく出るな……」


 流石にずっとはないと思うが、日彩もこう言ってくれていることだし、高校卒業までは晩御飯作ってもらいたいな。


「実際その気だからね」

「そか?まぁ嫌になったらいつでもやめていいからな」

「絶対にやめない」

「おぉ……そうか」


 なんだ?すっごい意志が固いな。

 俺の言葉に即答で返事を返してくる日彩に少し動揺をしてしまうが、日彩の意思は本当に硬く、俺の目から視線を逸らすことはなかった。


 ……けど、なんかこう。じっと見つめられるとなんか恥ずかしいな。

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