第24話 お野菜沢山入れたので一杯食べてくださいね

 私が体を起こし伸びをして目を開けると前に蓮兄さんがいた。一瞬夢かと思い、混乱していると「おはよう」と優しく挨拶してくれる。


「あ、おはようございます」

「まだご飯までは時間あるし、もう少し眠っていても良かったんだけど…」


 と蓮兄さんは何かを書いた紙を手に持って、角を合わせるように机でトントンし始める。まだ起きたばかりで今が何時なのかも把握していないし、自分が何をしていたのかも分かっていない。


「蓮兄さん今何時ですか?」

「えっとね、今は7時前だね」


 机の隅に置いていたスマホで時間を確認すると教えてくれた。7時…朝の?いや夜だよね。


 私は今一度身の回りを確認する為に机の上に目をやると、開かれた教科書とノートがある。あ、そうだ宿題してたんだった。

 それで蓮兄さんが目の前にいるって事は…っ。


「れ、蓮兄さんもしかしてノート見ましたか?」

「あー、うん。ごめん、勝手に見ちゃったわ」


 という事は蓮兄さんに頭が悪い事がバレてしまったと…最悪だ。1番知られたくない人に見られてしまった、思い返すと今日は色々やらかしている。


 憂鬱だ、そう思っていると蓮兄さんは持っていた紙を私に手渡してきた。


「なんですかこれ」

「えっと、真凛ちゃんが寝ている間に作ってみたんだ。対策として使って貰えたらと」


 そういう蓮兄さんは「テスト近いでしょ?」と付け足して作ってくれた理由を話してくれた。


 凄くありがたい。そうだよね、蓮兄さんは勉強出来ないくらいで幻滅したりしないよね。それに、熱があるっていうのに時間を使ってこんなに丁寧に書いてくれるなんて…そういえば。


「蓮兄さん、熱は大丈夫なんですか?」

「ん?うん。大分下がってると思うよ、朝に比べたらだるさとかもマシになってるし。少しくらいは動いていたいというか」


「だ、ダメですよ。今日は安静にしてないと…それに作って貰えたのは嬉しいですがまだ寝てて欲しいです」

「そ、そうだよね。ごめん」


 素直に謝る蓮兄さんを見ていると、少しだけ申し訳なくなってくる。安静に、今日はじっとしていて欲しい、そんなの私個人の願いに過ぎない。元々仕事を集中的にしている人で家具だって1人で作れるんだ、1日中眠っていたから体力が有り余っているに違いないのに。


 私はなんて自己中的な人間なんだろう。


 そう思っているとでもね、と蓮兄さんは続ける。


「自分でもよく分かってないんだけど、真凛ちゃんの為にって思ったら自然と体が動いてって…あぁ、ご、ごめんね。気持ち悪いよねこんなの」


 そういう蓮兄さんは顔を私から逸らしてしまう。


 ずるいよ、そんなの。私の為になんて言われたらもう怒れないじゃん。自分の体は大切にして欲しい、でも辛くても私のことを考えてくれるのがとても嬉しいと感じてしまう。


 私が蓮兄さん、と名前を呼ぶとこちらに顔を向けてくれた。


「謝らないでください。あと気持ち悪くもないです。そ、その嬉しかったので、私の為にって言うのが」

「そ、そっか。それなら良かった」


 またしても蓮兄さんは顔を逸らしてしまう、でも少し耳が赤くなっているからさっきとは違う意味なんだとすぐに分かった。


 でも、なんか自分でいうのも恥ずかしくなってきてしまい、机の上の教科書に視線を落とす。


 いつものあれに入りつつある。何か話さなくては、そう思うと緊張してますます話題が出てこない。


「れ、蓮兄さん!」

「は、はい」


「食欲ありますか?」

「うん、少しお腹空いてきたかな」


「わかりました、今作ってきますね」

「ありがとう」


 そしていつものように逃げてしまう。キッチンに向かい、冷蔵庫の中を確認しながら逃げてしまった事に悔やみ始める。


 もう一種のルーティンに近いかもしれない。いつか克服して蓮兄さんの隣にずっといられるようにならないと。



 *****



 真凛ちゃんがキッチンに行ってから30分程してご飯が出来たと部屋に入ってきた。ご飯ができるまでゴロゴロしているのもと思い、数学以外の苦手な箇所をまとめていたのだけど、高校の基礎に近い内容なので案外俺の勉強にもなるから助かっている。


 呼ばれた事でリビングに行き、真凛ちゃんとダイニングテーブルを挟んで座ると今日の献立を紹介をしてくれるようだ。


「今日は蓮兄さんが熱を出したので、出来るだけ栄養のあるものを作りました。生姜たっぷりお鍋です!ハンバーグは完治したら作りますからね」

「ありがとう凄く美味しそうだよ。ハンバーグは期待してたけど、体調崩した俺の責任だからね…」


「もう、そんなに食べたいなら次作る時はとびっきり美味しいものにしますから。今日は我慢してください」

「いや、我慢って。真凛ちゃんの作ってくれるものは全部美味しいからそんなこと思わないよ。毎日楽しみにしてるんだから」


「え、そんなにですか?」


 少し驚いたように目を見開いているが、俺が真凛ちゃんのご飯を美味しくないと思ったことは一度だってない。それはここに来て貰う前から思っている事だ。


 それが最近になって強くなって来ているのを実感する。自分の舌が求めてしまっているのかもしれない。


 コンビニお弁当にない温かみを感じるし、俺の体調に合わせて作るものを考えてくれる。こんなにもできた子はそう居るもんじゃない、そんな真凛ちゃんが俺の事を気に掛けてくれているんだ。


「うん、嘘なんてつかないよ」

「そ、そうですか」


 真凛ちゃんは嬉しいのか安心したのか綺麗な笑顔を見せてくれた。その表情を見ているとこっちまで口角が上がってしまう。


 こんな事は六花の時は一度もなかった、この違いと特別な感情はやっぱり俺が真凛ちゃんの事を…


「蓮兄さん、食べましょう。冷めちゃいますよ」

「え、あ、うん。いただきます」


 真凛ちゃんにそう言われ、俺の考えは阻まれてしまう。まぁいいや、今じゃなくても。いつかこの気持ちがはっきりと言葉に出来る時が来たら、その時は折り合いを付けよう。


 そう思い手を合わせてお互いにご飯を食べ始めた。


 今日のご飯はお鍋で生姜が沢山入っているからか仄かに香りもしてくる。スープをお玉で掬い、自分の器に入れ具材も取っていく。


 中に入っている物はネギや豆腐に肉団子、そして大量の白菜。昨日、野菜が安いと言って色んな物を買っていたが早速使っているようだ。


 具が入った器を両手で持ち、まずスープからいただく。ゴクッと一口喉を通るとよく溶け込んでいるのか野菜と生姜の香りを感じ、体の内側から温まっていくようだ。


「美味しい」


 そう自然と口から出てしまう程には俺の舌を唸らせていた。


「良かったです、そう言って貰えて。お野菜沢山入れたので一杯食べてくださいね」

「うん、いただくよ」


 そう言いネギを口に入れると、シャキシャキしているのかと思っていたが柔らかくて甘みを感じ、少し驚いてしまう。


 自分でも鍋をした事があり、十分美味く出来たと自負していたがネギを食べただけで完敗だとはっきり分かってしまった。


 そもそもスープが美味しすぎるんだよな。野菜のエキスがしみ込んだ生姜スープとかまずいわけがないし、子供の頃風邪の時に作って貰えていたらなと自分の料理センスの無さを親のせいにしてしまいそうになるくらいには衝撃を受けている。


「真凛ちゃん」

「どうしました?」


 俺は技術を極める者として、今は目が肥えてしまった状態…ならどうするか。


「俺に料理を教えてくれないかな」


 そう言うと真凛ちゃんは食べる手を止めて、驚いた顔をして質問をしてくる。


「え、蓮兄さん料理に興味あるんですか?」

「う、うん。真凛ちゃんのご飯美味しいしさ、自分でも作れるようになったら真凛ちゃんの負担も少しは減らせるんじゃないかなって…ダメかな?」


「ダメ、と言いたい所ですけど蓮兄さんがやりたいと言うのなら良いですよ。いつか私も蓮兄さんみたいに倒れるかもですし」


 ふふっと笑みを零し、俺が倒れた事に対して何か言いたげな含みを感じた。俺は倒れた事に対して多少は引け目を感じているから目を逸らしてしまう。


 今回倒れて、真凛ちゃんに看病して貰って普段の家事も任せてしまっている。いつ俺と同じようになってもおかしくないのだから少しでも負担を減らしたい。そう思い今回の提案をしてみた。


 でも、それだけが目的じゃない。


 俺も君の事を支えられる人間になりたいから。

 守られる存在じゃなくて守れる存在に。


 そんなことを考え、俺は真凛ちゃんに向き直り「お願いするよ」小さく笑みを浮かべてそう返すのだった。


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ここまで読んでいただきありがとうございます! 


次回:第25話 今はお母さんが居ないですもんね


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『ブラコン妹の親友が、妹に隠れて部屋にいる話』こちらも現在連載中なので気になればどうぞ!


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