第26話 そんなに私と行きたいんですか?

 翌日、5月を迎えた月曜日。


 目が覚めると真凛ちゃんはすでに起きているのか、体温計と替えの汗拭きタオルが用意されていた。


 俺は体を起こしベッドの側に置いてあるお盆から体温計を手に取り、熱を測ると37度2分と大分下がっていて真凛ちゃんの看病のおかげかななんて思うと少し口角が上がってしまう。


 チラッとカーテンの隙間から外が見ると、昨日と同じ天気が続いるのか全体的に暗くどんよりとしている。


「はぁ」


 昨日のことを思い出してため息が出てしまう。寝ている真凛ちゃんに思いを伝えてみたがよく分からなかった。


 真凛ちゃんといるとドキドキしたり、安心したり楽しいと感じたりと色んな感情が渦巻く。


 でも、付き合いたいか聞かれると今すぐには首を縦に振れそうにない。


 背に強く体重をかけて項垂うなだれるようにまた1つため息を吐く。


 真凛ちゃんと一緒に住み始めて明日で丁度1週間だ。それはつまり六花と別れてそれだけの時間が経ったという事になる。


 六花と別れた最初は多少なりとも悲しい寂しいと感じていたが、今自分の中にあるのは真凛ちゃんと過ごして来たこの数日の思い出ばかり。


 薄情だな俺は…嫌になるよ。


 自己嫌悪なんてしたって仕方ない事くらいわかっている。


 でも、今真凛ちゃんに向けているこの気持ちがどっちの好きなのかが分からないんだ。


 だって、10年以上の幼馴染で2年も付き合っていた彼女よりも1週間時間を共にしただけの真凛ちゃんの事ばかりを考えてしまうなんておかしいじゃないか。


 そりゃ真凛ちゃんは良い子で、なんでもしてあげたくなるのはわかる。可愛いし、抱きしめた時に感じた安心感や守ってあげたいと思ってしまう庇護欲も彼女の魅力だ。


 これまで学校の帰り道でたまに話す関係から、共同生活をするルームメイトに変わった。それだけ、それだけなのに…


 いつも1人になると真凛ちゃんのことを考えてしまう。今だって、コラボカフェ一緒に楽しめるかなとか、料理はなにを教えてくれるのかなとか…気を抜くと六花と付き合っていたことを忘れてしまいそうになる。


 もし、これが恋なのだとしたら六花に感じていたものとは全くの別物だ。


「…あれ、俺なんで六花と付き合ってたんだっけ」


 ふと思った事が口から出てしまう。


 理由なんて色々あったはずなのに、すぐには出て来そうにない。


 確か俺、六花と話すのが楽しかったんだ…真凛ちゃんよりもか?いや、いつも口が悪くて何かと文句を付けて来ていた。その中でも1番腹が立ったのは俺の仕事を馬鹿にされた事だ。俺もその時ばかりは切れたのを覚えている。


 じゃあ、他にはデートとかか?引きこもりな俺を外へ連れ出してくれていた…いや、今思うと買い物ばかりでそう楽しいものでもなかったような。唯一楽しい思い出といえば、高宮家と小林家で行った遊園地くらいだろうか。


 高過ぎるところが少し苦手なのに無理やりジェットコースターに連れて行ってはフラフラになった俺を笑っていた気がする。あの時の真凛ちゃんは無愛想で俺には寄り付かなかったな。


 だめだ、すぐに真凛ちゃんのことを考えてしまう。


 他に…他には…


「出てこないな…」


 強く目を瞑り、あるはずの記憶を引っ張り出そうと尽力するが点でダメだ。

 元々俺は立花のどこを好きになったんだろうか。完璧超人で見た目が綺麗だったからか?そんな性欲にまみれた選び方をしただろうか?


 いやそんなはずはない、一度もキスをしていないし、そういう事をしたいと思った事も無かった。あいつは家族みたいな存在だったから…家族、か。


「あ、思い出した」


 昔1番仲の良かった女の子、初恋だった女の子に指輪を渡した時。

 いつか家族になろうって子供なのに今思えばプロポーズみたいな事を言った。

 あの時見た無邪気に笑う笑顔を六花に無意識に重ねていたんだ。


 急に会えなくなったあの子の事を思い出すかのように…


 あの子は今何処でなにをしているのだろうか。顔も名前も何処に住んでいるのかさえ覚えていないけれど。


「もう一度会えるなら会いたいな」


 

*****

 


 俺が目を覚ましてから少し時間が経ち、作ってくれた朝ごはんを食べ終わりこれからについて話していた。


 なぜか真凛ちゃんは右隣に座っていて距離が近くてドキドキしてしまう。 


「ねぇ真凛ちゃん、カフェ週末の土曜日にでも行かない?」

「いいですね。週末なら蓮兄さんの体調も良くなっていると思いますし、ベッドも完成した後だと思うので心置きなく楽しめるかもですね。でも、今日も安静にしていてくださいね?まだ完全には治ってないんですから」


「そうするよ、これ以上心配かけさせるのも悪いから。それに約束したしね」


 昨日、真凛ちゃんに抱きつかれた時の事を思い出す。あの時の真凛ちゃんの声は震えていて、不安と恐怖が混じっていた。


 そりゃ、一緒に住んでいる人が急に倒れていたら怖いだろうし不安になるのもわかる。


 体調にはより一層気を付けないとな、もう真凛ちゃんにあんな思いはして欲しくないから。


 そう思っていると真凛ちゃんはもじもじしながら気になったことでもあったのか聞いてくる。


「蓮兄さんはそんなに私と行きたいんですか?」

「え?うん。2人で行きたいかな」


「そ、そうですか…」


 そう言うと真凛ちゃんは俺から顔を逸らし、飲み物の入ったカップを口に当てる。俺何か変なこと言っただろうか。


 それにしても真凛ちゃんはどうしてそんな事を聞いてきたのだろう?誘った時にも聞いてきたし…これは。


「真凛ちゃん、もしかして2人じゃない方が良かった?」

「え?い、いや…それは」


「いいよ?2人が嫌なら友達連れてきても」


 もしかしたら、そういうワイワイした場所は友達も居た方が楽しいかと思いそう聞いてみたのだけど。


「私、蓮兄さんと2人っきりがいいです」

「そ、そっか。わかった…」


 右隣に座る真凛ちゃんは俺の手を握りそう言ってくる。急なことに驚き、顔を逸らしてしまう。この時なんで真凛ちゃんが顔を逸らしたのかが少し分かった気がした。


 自分で言うのは大丈夫だが、言われる側になると…それに手を握ってくるのは反則というか。


 お互い食事中だと言うのに顔を逸らして手を繋いでいる、今どう言う状況なのだろうかと思わざるを得ない。


 このままでは黙ってしまいそうで話題を変えないと、そう思い逸らした顔を真凛ちゃんに向け話出す。


「そ、それよりさ。カフェの後とか行きたい所ある?」

「そうですね…」


 俺がそう聞くと手に持っていたカップを机に置き、ゆっくりをこっちを見上げて目が合う。少し顔が赤いのは多分飲み物が熱かったとかだろう。


「週末なら丁度マチアソビも開催してると思うので、色々見て回りたいです」

「あ、そっか。ゴールデンウィークだしね」


 マチアソビは徳島市を中心に行われるアニメやゲームなどのエンターテインメントが集う総合イベントの名称で、年に2回ゴーデンウィークと秋に一度ずつ開催されている。県外から来る人も多いのだとか。


 川沿いに並べられるカラフルなテントでは色んなグッズを買うことが出来たり、声優さんやコスプレされている人たちを見ることも出来るので非日常感を楽しめるのも良いところ。


 中学の時に数回友達と行った事があるが、男友達だったからと言うのもあり純粋に楽しめることが出来た。


 だが、真凛ちゃんと2人で行くとなるとハードルが上がると言うもの。


 真凛ちゃんは小さいし、可愛いから人混みに流されて迷子になる可能性もあるよな。ここは俺がリードできるようにしないと…


「蓮兄さんは行ったことあるんですか?」

「あー、うん、何回かね。真凛ちゃんはどうなの?」


「私も友達と行ったことあります。人が多すぎて迷子になったのを覚えてますね…」


 そう言う真凛ちゃんはその時のことを思い出しているのか少し体を震わせている。どうやら予想通り迷子になったことがあるらしい。


 となると俺と一緒に行った時も迷子になるかもしれないんだよな。


「じゃ、じゃあ、逸れないようにしないとね」

「そ、そうですね」


 そう言って握られていた右手を軽く握ると、真凛ちゃんも握り返してくれて俺の心音が聞こえてないだろうかと心配になるくらいうるさく鳴り始める。


 多分当日もこうやって手を繋ぐんだろうな。


 言葉にはしていないが約束がまた1つ出来た気がした。


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ここまで読んでいただきありがとうございます! 


次回:第27話 いつ雨止むんですかね


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『ブラコン妹の親友が、妹に隠れて部屋にいる話』こちらも現在連載中なので気になればどうぞ!


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