第25話 今はお母さんが居ないですもんね

 真凛ちゃんに作って貰ったお鍋を食べて少し経ち、俺の部屋で勉強を見てあげていた。作った問題集を解いて貰っている状況だ。


「真凛ちゃん解けるようになってきたね」

「えへへ、蓮兄さんの教え方が上手なので、このままいけばテストもバッチリかもです!」


「あはは、そうだと…良いんだけどね」


 と若干乾いた笑いをしながら、真凛ちゃんの過去に受けたテストの解答用紙眺めている。真凛ちゃんの中学校は俺が通っていた学校とは違うので平均点が分からないというものあるので何とも言えないが、高校で取ったら確実にアウトな成績ばかりだ。


 真凛ちゃんは将来何になりたいとかはもう決まっているのだろうか、俺の場合は今の感じで貯金をしつつ、大学に行って普通に就職かな。


「真凛ちゃんって何かやりたい事ってあるの?」

「やりたい事ですか。うーん、そうですね…」


 真凛ちゃんは右手に持ったペンを顎に当てて何処か斜め上の方を見て考えている。この成績だと、やりたい事があっても相当勉強しないと行けないと思ってしまう。だから心配する気持ちも兼ねて質問してみたのだけど。


「特にないですね。のんびり生きていけたら良いかなと…あ、でも行きたい高校はありますね!」

「へぇ、何処なの?」


 この成績でも行ける所となると、選択肢は絞られるだろうが自分の希望する高校となれば少し上のランクくらいならやる気が出るかもしれない。それに真凛ちゃんの行きたい高校は素直に気になる。


「蓮兄さんの通ってる高校行きたいです!」

「無理だね」


「えぇぇぇ!?そ、即答…」

「う、うん。この成績だと流石にね、最低でも60、70点は取ってないと」


「そ、そんな…」


 俺がつらい現実を告げると真凛ちゃんは次は下を向いてブツブツ言い始めた。


「一緒に登校できると思ったのに…」


 何を言っているのか聞こえなかったが、俺と同じ高校に行きたいという事は何かしらしたい事でもあるのだろうか…例えば部活とか。


 あの学校では変な部活も多いから面白半分で入部している人も居て、帰宅部な俺は案外珍しかったりもする。部活目当てでこの学校を選ぶ人も居るし真凛ちゃんもそうかもしれない。


「そういえば、真凛ちゃん絵は勉強しないの?見せてもらったの凄く上手かったしお仕事に出来ると思うけど」

「一応、お母さんみたいに絵で食べていきたいって憧れというか夢はあるんですけど、自分の絵でお金を貰うって事にあまり自信が無くて」


 真凛ちゃんは少し俯き気味に話してくれる。なんだかその姿が昔の自分と重なるような気がした。


「その気持ち、凄く分かるよ俺もそうだったからさ」


 真凛ちゃんの気持ちは痛いほど分かってしまう。俺も前はそうだったから、私物を作るだけなら気にならないが誰かの為にお金という対価を貰って行う事がどれだけ重いプレッシャーになってしまうのかは、経験が無ければとても不安になる。


「蓮兄さんも…?」


 真凛ちゃんは下を向いていた顔を上げて少し驚いたように聞いてきた。別に同情しているとか慰めになればいいとかそういう事をしたいんじゃない。でも、今は知っておいて欲しかったから俺は仕事を始めた頃の事を真凛ちゃんに話しだした。


「うん、俺も最初の頃は不安でさ仕事を受けるって事に抵抗感あったんだよね」

「そうだったんですか、知らなかったです」


 それもそうだよな、真凛ちゃんが俺の仕事を知ったのはここに来た時だったのだから。今は仕事を受ける事に対して抵抗感もないし、作れるかという不安は多少あるが

始めた当初に比べたら無いにも等しい。


「それでね、趣味で色々作って自分の部屋に飾ったりしてもう倉庫みたいに物で溢れてさ、それを見兼ねた両親が売ってみたら?なんて軽く言って来て凄く悩んだんだ」


 真凛ちゃんは真剣に俺の話を聞いてくれているのか、頷いている。


「その頃は自分が作った物がお金になるなんて想像できなくさ、真凛ちゃんもそうなんじゃない?」

「蓮兄さんの言う通りですね、自分の描いた物がお金になるかもなんて考えた事無かったです。でも蓮兄さんは今お仕事にしてますよね、どうして出来るようになったんですか?」


「簡単だよ」


 真凛ちゃんは興味があるんだろう、次に来る言葉を待ちきれないのか机に手を付けて少し前のめりになっている。


 今言おうとしている答えは2つあって両方実体験からなっている物だ。もし真凛ちゃんにお金を稼ぎたいという思いがあるなら少しは参考になるかもしれない。


「それは、ちょっとした勇気と支えてくれる人かな」

「ちょっとした勇気と支えてくれる人…ですか」


「うん。説明すると、やってみたいって思う気持ちがまず必要でちょっとした勇気って言うのは小さな行動の事。俺の場合は物に溢れていた部屋の掃除としてフリマアプリに登録した事になるのかな、そこから案外売れるって気づいて今に至ってるんだ」

「へぇ、そんな取っ掛かりが」


「そうなんだよ、既に作っていた物ならいくらになるかって事だけを考えられるしそのおかげで相場に困ることも無かったしね。だから真凛ちゃんの場合だとホームページを作るかSNSに絵を投稿するかじゃないかな」


 真凛ちゃんの絵の実力だと、依頼の数件着てもおかしくないだろう。未だ依頼が来ていないという事は宣伝が出来ていないって事になるからここら辺だと思う。


「わ、分かりました。やってみます」


 真凛ちゃんは緊張でもしているのか表情が硬くなっている。別に今からやってくれと言っている訳でもないのに…


「まぁそんなに意気込まなくていいよ。過去に描いた絵を貼るだけでいいんだから」

「そ、そうですよね。落ち着きます…ふぅ、それでもう1つの方は…?」


「えっとね、一応こっちの方が大切かな」


 もう1つは支えてくれる人。俺の場合は家族だった、もともと俺に今の仕事を進めて来たのが親だったからというのもあるが、それでも今では支えになっていたと思う。


「辛い時とか自分に自信が無くなった時に、傍で大丈夫って言ってくれる人の存在は大きいと思うんだ。俺の時は認めてくれる人が身近に居たから良いけど、真凛ちゃんの場合は――」

「今はお母さんが居ないですもんね」


 遮るようにそう言って来た。クリエイターをするにはメンタルの安定が不可欠だ。真凛ちゃんは分かっているのだろう、一番いい相手は同業者か自分の事を理解してくれる人だという事を。


 この場合、絵描きでもあり真凛ちゃんの事をよく知っているお母さんが適任者になるのだけど、今は海外に居るらしいので相談するのも難しい。


 なら俺に出来ることはただ1つ。


「俺がなるよ。言い出したのはこっちなんだし、責任くらいは果たしたいからね」

「いいんですか?蓮兄さん、自分の仕事もあるのに」


「そこは大丈夫。少し減らすから」


 俺がそう言うと真凛ちゃんは焦る様子を見せ始め、顔と手を左右に振って断ろうとしてくる。


「そ、そんなの申し訳ないですよ。私の為にしてくれるのは助かりますが、そこまでして頂くのは…」


 と真凛ちゃんはなぜか身を引こうとしている。十分条件はそろっていると思うけど何かしら気になる事でもあるのだろうか。


「何か問題でもある?」

「え、だって。お仕事を減らしたら、お金が…私色々買って貰ってばかりなのに稼ぐ量を減らしてまでしてもらうのは蓮兄さんに迷惑が掛かるかなと」


 つまり、自分が居候してきた事により出費が多くなっているのに収入を減らすのは悪手だと、そう言いたいらしい。


 まぁ普通の発想だろう、まだ売れてもいない人に時間とお金を消費しようとしているのだから。はっきり言って博打ばくちだ。


 俺はギャンブルはしない、賭け事が苦手ということもあるが返ってくる可能性が低いものに出せる程お金に余裕がある訳じゃないから。


 でも、俺の仕事を凄いと言ってくれた君の、

 心細いと言ったら手を繋いでくれた君の、

 俺の事を特別だと言ってくれた君の、

 夢を叶えてあげたいと思う気持ちは間違いじゃないと思うんだ。


 だからこの行動がどれだけ自分に損なことだったとしても後悔はしない。


「真凛ちゃんは優しいね。でも気にしなくていいよ、俺がやりたくて言ってる事だから」

「そ、そうですか。でもお金の方は…」


「まぁ本当のことを言うと収入が減るのは痛手だけど…あ、じゃあ真凛ちゃんがその分稼いでよ」

「え…」


 俺が冗談でそう言うと真凛ちゃんは目を見開いて固まってしまう。ちょっと冗談が過ぎたかな。


 でも本当に真凛ちゃんに稼いでもらう必要はない、これまで仕事で学生にしては多いくらいの貯金はあるし、収入が少し減るくらいで夢が叶うかもしれないなら投資するべきだと思うから。


「ごめん、じょうだ――」

「わかりました」


「へ?」

「蓮兄さん、私頑張ってみます!」


 そういう真凛ちゃんはやる気があるのか胸の前で両手を強く握ってまっすぐと俺の事を見て来る。そんな真剣な顔をされたら冗談なんて言えないじゃないか。


 始めにお金を稼がなくてはと変にプレッシャーをかけるのはあまり良くない気はするが、逆にそれでやる気が出るなら良いのかもしれない。


「分かった、一緒に頑張ろうか」

「はい!」


 そう元気よく返事をする真凛ちゃんを見ていると、これから来るであろう不安も気にならなくなってくる。


 俺も真凛ちゃんの力に少しでもなれるように頑張らないとな。


「まぁそう言う事だから、勉強再開しようか」

「あ、そうですね…」


「分かりやすく、げんなりしない」

「…はーい」


 勉強を再開しようとすると真凛ちゃんはやる気なく返事をして、机に顎を付けて目を瞑ってしまう。


 暫くすると疲れてしまっていたのだろうか、可愛い寝息が聞こえ始めてきた。


「全く、もう少し勉強にも関心を持ってほしいな」


 俺は頭を掻きながらひとりごちり、夕方にした時と同じく真凛ちゃんの肩に毛布を掛け元の位置で再び座る。


 今日だけで真凛ちゃんと3つの約束が出来た。


 2人でお出かけをする。

 料理を教えてもらう。

 夢へのお手伝いをする。


 この3つが達成した頃、俺の真凛ちゃんへの気持ちはどう変化しているのだろうか。気持ちよさそうに眠る真凛ちゃんの口に入ってしまっている髪を掬いながら考える。


「好き」


 眠っている君になら言える。

 

 でも、この好きが六花に向けていた物と同じ好きなら絶対に起きている時には言えない。だってそれはLoveじゃなくてLikeだから。


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ここまで読んでいただきありがとうございます! 


次回:第26話 そんなに私と行きたいんですか?


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『ブラコン妹の親友が、妹に隠れて部屋にいる話』こちらも現在連載中なので気になればどうぞ!


https://kakuyomu.jp/works/16817330660041626971

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