引きたくない気持ち
第44話 は、初めてのデートですから
俺はパンの焼ける美味しそうな香りで目を覚ました。
「今、何時だ…?」
ベッドの傍に置いてあるスマホを手に取り画面を付けると、7時半過ぎていた。コラボカフェの開店が10時なのでまだ出発には余裕がありそうだ。
俺は少し大き目のあくびをしながら身体を起こし、軽く伸びをしてから自室の戸を開ける。
「おはよう」
「あ、おはようございます。まだ、朝食の用意出来てないのでもう少し寝てても良かったんですよ?」
真凛ちゃんはキッチンで朝食の準備をしてくれていたようだ。
「ううん、真凛ちゃんにばかりさせるのも悪いから。顔洗ったら手伝うよ」
「分かりました。じゃあ待ってますね」
そう言った真凛ちゃんは、機嫌が良さそうに朝食の準備に戻る。俺も早く手伝おうと、洗面所に向かい顔を洗う。
最近、真凛ちゃんの手伝いや教えて貰ったりする機会が増えたおかげか多少料理が出来るようになって来ている。
まだ、少し慣れない朝の会話に新鮮味を感じるがいつか慣れてしまうんだろうな。ちょっと楽しみな反面、そんなに上手くいくだろうかと不安に思う事もある。
ゴールデンウィークも今日を合わせて残り2日。
学校が始まれば、すぐにテストがあってそれが終われば真凛ちゃんが此処に来てから丁度2週間だ。
妹がそれだけの期間家に帰らなければ、姉の六花が俺に接触を図って来るかもしれない。面識のある俺なら捜索に適しているからって…
もしそうなったら、どうすればいいんだろうか。
正直に言ってしまえば…いや、誰に断りもなく男の家で一緒に住んでいるなんて常識的に考えて親に報告される。
そうなれば、今の真凛ちゃんとの生活は確実に壊れてしまう。
「隠すしかない…か」
俺はタオルを顔に当てて、水分をふき取り洗面所を後にする。キッチンに繋がる戸は閉めておらず、部屋に踏み入れると真凛ちゃんが楽しそうに朝ご飯を作っていた。
考えるのは辞めよう。今は、この時間を楽しむべきだな。
それに今日は、
「あ、蓮兄さん。おかえりなさい」
「うん、なんだか楽しそうだね」
「えへへ、だって楽しみなんですもん。は、初めてのデートですから」
そういう真凛ちゃんは照れくさそう人差し指を合わせて、頬を染めていた。
俺もこんなに楽しみなデートは初めてで、それに好きだと分かったせいか真凛ちゃんのちょっと仕草で前以上にドキッとしてしまう。
「な、何か出来ることある?」
このままではデートに行く前にどうにかなってしまいそうで、落ち着きを取り戻そうと言葉を振り絞る。
「そ、そうですね…じゃあこっちに来て貰えますか?」
「わ、分かった」
鍋の火を止めた真凛ちゃんは俺にそう言って手招きをしてくる。
何を手伝えばいいのだろうか、と思いながら前に進む。
「もう少し、近くに…」
「え、もう少しって」
真凛ちゃんから人1人分離れた位置で足を止めると、そう言われてしまう。これ以上近くとなると昨日の事を思い出してしまいそうになる。
真凛ちゃんとは何度かハグをしたが、それは場の雰囲気や流れという奴で今の俺には到底出来そうにない。
でも、そんな俺の内心など知らない真凛ちゃんはこう言って来る。
「ぎゅっとしてくれませんか?」
それを聞いた俺は唾を飲み込んでしまう。朝からそんな事を言われて狼狽えていてはこの先大丈夫か不安になってくる。
「昨日、してくれたみたいに…ダメ、ですか?」
徐々に大きくなる鼓動が耳に響く。もしまた昨日みたいに抱き締めたら、ドキドキと鳴る胸の音が聞こえてしまうかもしれない。
「えっと…ダメではないんだけど、その…」
「もしかして、嫌…ですか?」
真凛ちゃんは上目遣いで悲しげな表情で俺の事を見てくる。そんな表情をされたら、断れないじゃないか。
「嫌じゃないよ」
「じゃあ、いいんですね」
そう言った真凛ちゃんは少しずつ近付いて来ると、ポフっと胸に柔らかい感触が伝わってくる。
何度か触れたこの柔らかさが今はとてもいけないもののように感じてしまう。
さらさらな髪から漂ってくるシャンプーの香りも、真凛ちゃんが来てから変わった家の雰囲気も、何もかもが俺を惑わしているみたいだ。
『誰かに取られちゃうかもよ』
ふと、昨日徹に言われた事を思い出してしまう。
今、俺の胸の中いる真凛ちゃんが誰かに…
俺は抱き付いている真凛ちゃんを優しく、でもしっかりと包むように背中に手を持っていく。
「真凛ちゃん…」
「どうしました?」
そう言う真凛ちゃんは顔を傾けながら、俺の事を見上げる。
「俺、真凛ちゃんが――」
チンッ
「あ、パン焼けたみたいですね」
言おうとした所でタイミング悪くトースターからパンの焼ける音が鳴り、言葉を遮られてしまう。
「…そ、そうだね」
「えっと、蓮兄さん何か言いかけてました?」
「あー、忘れちゃった」
俺が誤魔化すように軽く笑いながらそういうと真凛ちゃんは「そうですか…?」とまた顔を傾けていた。
いつか絶対に言葉にしないといけないけど、それは別に今じゃなくていい。
「思い出したら、言うよ。それよりもご飯にしよ、ゆっくりしてたら出る時間になりそうだし」
「それもそうですね」
これからいつだって言う機会はあるから、言わなきゃいけないと思った時にでも言おう。
「それで、朝ごはんは何なの?」
「そういえば言ってなかったですね」
そう言った真凛ちゃんは俺から離れるとトースターの方へと向かう。やはり、この温もりが去っていく感覚は少しだけ寂しさを感じてしまうな。
真凛ちゃんはパカッとトースターを開け、焼き上がった物をお皿によそうと見せてくれた。
「えっと、明太フランスかなこれ」
「そうです!蓮兄さん食べた事ありますか?」
「まぁ、コンビニで何回か買って食べたかな」
俺がそういうと真凛ちゃんは少し呆れたようなジト目をしてくる。
「蓮兄さん、コンビニ行き過ぎじゃないですか?」
「い、いや…たまに行くくらいだったよ…?」
「ふふ、目が泳いでますよ。蓮兄さんってほんと分かりやすいですよね」
そう言って真凛ちゃんは可愛い笑みを浮かべた。
なんだか、この笑顔を見ていると嘘が下手なこの性格も悪くないかもと思えてくる。でも、恥ずかしいから直したい。
「そ、それより俺は何を手伝えばいいの?」
「そうでしたね、じゃあ」
真凛ちゃんと話していると、楽しくてすぐ脱線してしまいそうになる。
じゃあと言った真凛ちゃんは、台所にお皿を置き鍋に火を掛け始めた。そういえば朝挨拶した時から鍋で何かを作っていたけど、何を作っているのだろう。
「何作ってるの?スープ?」
「いえ、チーズ溶かしてるんですよ」
「チーズ?」
なぜチーズ?朝から鍋で溶かすほど作るとなると、何かもう一品作るのだろうかと考えてしまう。
「そろそろですかね。持ってもらえますか?」
そう言った真凛ちゃんは、少し火を弱め明太フランスの乗ったお皿を手渡してくる。持って行けって事なのかな?
そう思っていると、真凛ちゃんは小さなお玉でとろとろに溶けたチーズを掬い一つの明太フランスに掛け始めた。
「どうぞ」
「え?」
「食べて下さい」
「ここで食べるの?」
「はい、ちょっとお行儀は悪いですが、食べちゃってください」
「う、うん」
俺はそこまでに気にしないが、立って食べるのはあまり習慣がない為、戸惑ってしまった。
真凛ちゃんは俺の感想を待っているのかチーズの無くなったお玉を握って、こちらをまじまじを見詰めている。
見られると食べづらいが純粋に味も気になるのもあり、チーズの掛かったバケットを手に取る。
たまにコンビニで食べていたから、味は予想が…
「うっま…」
それはバリっと心地よい音を立てて口の中でゆっくりと咀嚼し、最初に出た感想だった。
パリパリとした焼きたてのバケットと明太子のちょっとした辛み、上にまぶしてあった海苔の塩気がトロットロのチーズによって1つレベルが上がったような…いや、これはもう別物。
「本当ですか?」
「うん、これはハマる」
「ですよね!私も、実家では家族に隠れてたまに食べてました。大好物です」
そう言った真凛ちゃんは思い出しているのか涎が出てしまっている。隠れてって事は真凛ちゃん一人で食べてたって事になるよな、食いし…
少し良くない事を言いそうになったがこれだけ美味しいんだ、独り占めしたくなるのも納得。だが、もしそうだとしたらどうして俺に教えてくれたんだろう。
「真凛ちゃんなんで家族にも隠してるのに俺に作ってくれたの?」
「え、だって蓮兄さんにも食べて欲しかったので。他の人には内緒ですよ?」
そう言うと真凛ちゃんもバケットにチーズを掛けて美味しそうに食べ始めた。
俺も手に持っていた残りのバケットを口に入れる。
「うん、美味しい」
また真凛ちゃんとの2人の秘密が出来てしまった。
「作り方教えて?」
「ふふ、良いですよ」
美味しそうに食べる真凛ちゃんを見ていると、自然と口角が上がってしまう。それに今はこの雰囲気も好きになっている。
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
次回:第45話 綺麗ですね…
応援、☆☆☆レビューよろしくお願いします!励みになります。
近々、新作投稿します!
『毒親から逃げた俺と捨てられた義妹は一つ屋根の下で大人になる。』新作始まりました!是非!
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