第45話 綺麗ですね…

「楽しみです」


 隣に座る真凛ちゃんは言葉通り楽しみなのか足を揺らし車窓の外…山の方

を見ていた。


 今向かっているコラボカフェは山の山頂にあり、歩いていくと相当な時間が掛かってしまう。勿論、車は持っていないから今回は山頂まで行けるロープーウェイに乗る。


「俺も楽しみだよ。行った事無い場所だし」

「良かったです、蓮兄さんと初めての事が出来て」


 真凛ちゃんはそう言うと先ほどまで山を見ていた視線がこちらに向き、汽車の中だと言うのに手を添えてくる。


 車内は今日がマチアソビだからか普段よりも、乗っている人の数が多い。偶然座れたが、目的地の市内まではそれなりに掛かってしまう。


 以前、手を繋ぐような約束をしたがそれは今からなのだろうか。


 いやあれは迷子にならようにって話だったから、確実に今からじゃなくても良いはずだ。そう、今じゃなくてもいいはず…


 俺は添えられた手を握る。


 すると真凛ちゃんは少し微笑むとまた山の方へと顔を向けた。


 これが正しかったのかは分からないけど、別に今からこうしていても良い気がする。汽車の中も人が増えて来ているし、逸れないとは言えないのだから。


 俺は自分にそう言い訳をし、到着までの時間左手に伝わる温もりと柔らかくて小さい感触を決して離さなかった。


 特に話すこともなく、真凛ちゃんと同じように山を見ていると目的の駅へと辿り着いてしまっていた。


 体感では数分のように感じたが、時間を確認すると30分経っている。人間は楽しいことをしていると、時間の流れが早く感じるというが今の俺は無自覚にもそうなっていたと言う事か。


 ただ真凛ちゃんと手を繋いでいただけなのに…


「「あっ」」


 俺はふと真凛ちゃんの方を見ると、いつから見ていたのか目が合ってしまいお互いに声が出てしまう。


 気まずい…そう前までなら思っていただろうが不思議と今はあまり感じなかった。これがどういう変化なのかは分からないけど、これから先も同じ事が起きても真凛ちゃんとなら自然と話せそうだ。


「もう少ししたら降りよっか、今は人が多いし」

「そうですね、もう少しだけ」


 真凛ちゃんはそういうと、繋いでいる手に力が入ったのが分かった。もしかしたら真凛ちゃんも、俺と手を繋ぐことが嬉しかったりするのだろうか。


 そんなことを思っているとゾロゾロと人が流れ、目の前に居た人達が下車し歩けるスペースが出来上がった。


「真凛ちゃん降りようか」

「はい!」


 俺はそう言い、真凛ちゃんの手を引いて立ち上がる。すると、ひらひらと白いワンピースを靡かせて隣に立つ。


 真凛ちゃんは、以前着て欲しいと言った白のワンピースにデニムのジャケットを羽織っていて普段よりも大人っぽく感じる。


 綺麗という言葉が今日はとても似合いそうで、いつもの可愛い真凛ちゃんとのギャップに不覚ながら少し高揚してしまう。


 俺は真凛ちゃんの手を引き、汽車から降りる。


 少しずらして降りたからか、改札までの道をスムーズに進むことができ駅を出るとバス乗り場に丁度バスが止まろうとしていた。


「えっと、真凛ちゃんバス乗っていく?歩くと10分くらいは掛かるし」

「そうですね…どうしましょうか」


 ロープーウェイのある施設はここからそう遠くはないが、早くカフェに行きたいとなるとバスを利用した方がいいだろう。


 真凛ちゃんは繋いでいない手の人差し指で顎辺りに触り、少し考えるような仕草をしたあと見上げるように俺の顔を見てくる。


「いつもなら乗りたいって思うはずなんですけど、今は何だか歩きたい気分です」

「そう?真凛ちゃんがいいならいいけど」


「はい!ただ移動するだけよりも蓮兄さんと色々見ながらの方が楽しそうですし」


 真凛ちゃんのその言葉に少し恥ずかしさを感じるも納得してしまう。


「そうだね…」


 俺は少し顔を逸らし、歩き始める。繋いだ手をしっかりと握りながら。



*****



「わぁ、見てください蓮兄さん!あれ坂鍋さかなべさんじゃないですか」

「え、誰?」


「有名な声優さんですよ。『かわいいお兄ちゃんと着せイチャしちゃってます』の兄役の!」

「ごめん、分かんないや」


「え、じゃあその隣にいるカワセ瑠美るみさんは?」

「申し訳ないけど、知らないかな」


「えぇ…」


 真凛ちゃんが歩くついでに少し見て回りたいですと言ったので、橋の上からでも見えるコスプレイヤーさんや声優さんが雑談したり今日のマチアソビの紹介をするちょっとしたステージを見ていた。


 だけど、声優さんをあまり知らない事を知ってか驚きの声をあげて俺の顔を見ている。


 俺は引きこもりがちだが、別にそう言う文化に秀でているわけではないので知らないのも仕方がない。


 でも、真凛ちゃんの興味あることを一緒になって楽しめないのは少し悲しく思えてくる。


「家に帰ったら何か見ようかな」

「その方がいいです、絶対損してますから」


 そこまでなんだ、そう思いながら苦笑いし、視線をステージに目を向ける。


 そこでは今期放送しているアニメの声優さんや、そのコスプレイヤーそして原作者さんまで登場していた。


 半分以上見ていない作品なので隣で「おぉ」とか「すご」と歓喜の声を漏らしている真凛ちゃんと比べると感動が薄い気がする。


 だけど、楽しそうにする真凛ちゃんを見ているだけで今日は来て良かったと思える。


『続いてはこの作品です!』


 司会の人がマイク越しに次の作品の紹介に入る。


 その言葉に呼応するようにコスプレをした声優さんが登場し、原作者がステージに上がってきた。


 それを見た真凛ちゃんは、


「蓮兄さん、この作品はですね」


 と楽しげに説明し始める。半分聞き流す形になってしまっているのは申し訳ないが、この作品も家に帰ったらちゃんと見ないとな。


『今回はスペシャルゲストとして原作者ならび、作品のイラストを手掛けた有名イラストレーターさんにお越しいただいております!』


「へぇ、絵描きさんも来るんだ」

「…そ、そうみたいですね。あっ、蓮兄さんそろそろ行きませんか?このままだと本来の目的を忘れそうですし」


「え?う、うん」


 俺は真凛ちゃんが絵描きを目指していると聞いていたからか少し興味が湧き、つい口に出すと熱心に布教?していた真凛ちゃんが話すのを辞め、手を引いてそう言ってきた。


 真凛ちゃんの少し焦るような様子に違和感を感じながらも頷き、目的のコラボカフェに向かう。



*****



「綺麗ですね…」

「そうだね」


 真凛ちゃんに何か違和感を感じていたが、ロープーウェイに乗り目的地に着くとケロッと表情を変え楽しそうに景色を眺めていた。


 ここ眉山は、標高290mあり山頂の眺めが美しいことで知られる絶景スポットだ。日本の夜景100選にも選ばれているらしいので、いつか真凛ちゃんと夜に来てもいいかなと思ってしまうほど綺麗な眺め。


 だが、


「蓮兄さん、手震えてますよ?」

「うん。高いところはちょっとね」


 そう言って心配そうに俺の事を見てくる。情けないが、俺は高いところがあまり得意ではない。


 子供の頃だって、いやいや遊園地のジェットコースターに乗っていたくらいだし、景色なら大丈夫だろうと過信していたがロープーウェイからダメなのは分かりきっていた。


 なのに、俺はなんで…


 景色から目を逸らし真凛ちゃんを見る。


「どうかしました?」

「ううん、行こっか」


「え、はい。大丈夫ですか?」

「立ってられない程じゃないから」


「それならいいですけど、無理はしないでくださいね」


 そう言って真凛ちゃんはしっかりと手を握ってくる。


「うん、ありがと」


 君の為なら、少し嫌な事でも我慢できてしまう自分が1番怖いなと思ってしまったのは心の中だけにしまっておこう。


 それにしても、高い場所でも真凛ちゃんと手を繋いでいるとなぜか少し恐怖が薄らいでいる気がする。


「楽しもっか」

「ふふ、そうですね」


 俺の顔を見た真凛ちゃんは少し微笑むと、力強く引いて先導する。


 変な顔していただろうかと繋いでいない方の手で触るが、イマイチわからない。


 でも、こうやって真凛ちゃんと一緒に居られるだけで今の心は暖かくて何かが入る隙間などないように感じる。


 俺は真凛ちゃんに連れられるようにして、コラボカフェの列に並び始めるのだった。


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ここまで読んでいただきありがとうございます! 


次回:第46話 あ、あんまり見ないでください…


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『毒親から逃げた俺と捨てられた義妹は一つ屋根の下で大人になる。』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665223226103


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『ネット彼女な妹に彼氏が俺だと気付かれるまで』

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