第43話 それって…

ガタンゴトンッ


ガタンゴトンッ


 揺れ動く汽車の中いつもより遅い返信を待っていた。


 ゴールデンウィークと言うこともあり、乗っている人が多いかと思ってたが、朝に比べるとそうでもなくまったりと外を眺めていられる。


 外は、徐々に夕暮れ色へと変わり、開くドアからは冷たい風が頬を撫でる様に当たる。


「懐かしいな」


 1人この時間に帰るのは久しぶりで、少しだけ感傷に浸ってしまう。


 真凛ちゃんと出会った日からは毎日迎えに行って、寄り道をしたり晩御飯の買いものに行ったりもした。


 慣れていたはずの会話のない帰宅にも少しばかり寂しさを感じてしまう。


『次、阿波阿波ー』


 窓の外を見ていると、車内放送で降りる駅の名前が呼ばれる。


 降りる準備をしないと、そう思うが俺の意識は未だ返信の無いスマホへ向かっていた。


 いつもなら3分もしない間に返信が来るのに今日は30分待っても返ってこない。


 ちょっと手が離せない用事に取り掛かっているとか…いや、何かあったんじゃないか。


 考えれば考える程、悪い方に思考が行きそうで手に持っていたスマホをポケットにしまう。


 多分大丈夫。


 俺は落ち着きを取り戻す様にケーキの箱と服の入った紙袋を強く握り、降りるまでの僅かな時間をただ待っていた。


 やがて汽車の動きが止まり、音を立てながら扉が開く。


 それに合わせて体を起こし、汽車から降りると全身に冷気を感じる。


「寒い」


 今晩は暖かい物が食べたいな。


 そんな事を思いながら、駅員さんに定期券を見せて駅の中に入る。


 駅の中には掲示板らしきものが壁掛けられており、普段なら素通りしてしまうが1人という事もあってかつい見てしまった。


 そこには猫の捜索や、空き巣被害など色んなポスターや注意喚起の文字が。その中で俺はある物に目が止まってしまう。


『ストーカー被害、未だ犯人は捕まっていない』


 この記事は2年前の日付になっており、まだ外されていないという事は解決していないのか。


 その時、ある事を思い出す。


 今から丁度2年前、真凛ちゃんと偶然角で出会った時の事を。


「まさかな…」


 でももし、あれがここに載っている物と同じだとすれば。


 何か胸騒ぎがする…


 俺は、早く帰ろうと自宅まで少し早歩きになる。


 家まで10分も掛かるのが今はもどかしくてしょうがない。それにケーキを持っているから走る事も出来ないでいる。


 家の前に居ればいいけど。


 そう囁かな願いを心に秘めて歩いていると、丁度公園に差し掛かりチラッと中を見て足を止め、また歩き始める。


 硬い足音から、ざくざくという土を踏みしめる音へと変わっていく。


 まるであの日を繰り返しているかのように、ベンチの前で立ち止まる。


「真凛ちゃん何してるの?」

「蓮兄さん…」


 真凛ちゃんはあの日とは違い、段ボールではなくベンチに座っていた。


 そう聞くと、俺の顔を一度見て下を向いてしまう。


「心配したんだよ、ほら帰ろ」


 無事で安心した俺は真凛ちゃんに手を伸ばす。


 が、握られることは無かった。何かあったのだろうか、いつもは距離が近いくらいなのに今の真凛ちゃんは少し遠くに感じる。


 そんな事を思い、不安になっていると真凛ちゃんは下を向いたまま話し始めた。


「蓮兄さん、少しお話しませんか?」

「え、ここで…?良いけど冷えるし家に帰って――」


「ここで話したいんです」

「…そっか、分かった」


 そういう真凛ちゃんは一度も俺の顔を見ないで遮るような話し方をする。いつもの真凛ちゃんではしない事で、動揺を隠せないが従う事に。


 俺は、話すなら立っているのもあれと思い真凛ちゃんの隣に座る。公園のベンチに座った俺たちは人一人分の距離が空いており、この距離を詰めていいものか迷ってしまう。


「真凛ちゃん、話って何かな」

「ちょっと、確認しておきたい事、というか…」


 何か言いずらそうに、歯切れ悪く言う真凛ちゃんはまだ顔を下に向けている。


 確認しておきたい事、それは何だろうか。

 ここでなければいけない事なのだろうか。


 いつもとは違う真凛ちゃんの雰囲気からは分からないが、楽しい話では無い事は明確だ。


 そう思っていると予想だにしない質問をされ驚いてしまう。


「蓮兄さん、好きな人…出来ましたか?」

「え…?」


 今、真凛ちゃん俺に好きな人が居るか聞いてきたのか…?そりゃ、出来たって答えたい。君だって事を言いたい。


 でも、どう答えればいいんだろうか。


 いきなり好きだって言うのは、拒絶されるかもしれないし、怖くてできそうにない


 告白をするなら、デートを重ねて真凛ちゃんの気持ちを知ってからじゃないと…お互いの気持ちが合致していないと、それはただの賭けになってしまう。


 相手の気持ちを考えられていない人間にだけにはなりたくない。六花で経験したからこそここは慎重にならなくてはいけないと思う。


「それって答えないとダメなのかな」

「……出来れば、答えて欲しいです」


 真凛ちゃんはなぜか引こうとしない。こんな彼女は初めてだ…それだけ聞きたい事なんだろう。


「分かった。うん、出来たんだ最近」

「っ、そ、そうですか」


 下を向いた真凛ちゃんは俺がそう言うと、両手を握って震わせ始める。その姿はまるで怯えているような、聞きたくないものを聞いてしまったように俺の目には映ってしまった。


 俺は何か間違えてしまっただろうか、そう思わざるを得ない。


「真凛ちゃん、なんで急に聞きたくなったの?」

「それは…」


 気になった俺がそう聞くと、真凛ちゃんはゆっくりとこちらに顔を上げる。やっと見えた彼女は目の近くが赤くなっていた。


「怖かったんです、蓮兄さんが居なくなってしまうんじゃないかって」

「居なくなる…?」


「今日、蓮兄さんが女の人と腕を組んで歩いているの見ました。あの人、彼女なんですか?」


 それを聞いた俺は軽く思考停止してしまう。女の人?誰だ。今日は一日男友達と居たはずだけど…


「あ、もしかして徹の事?」

「へ?」


「えっと、真凛ちゃん驚かないで聞いてほしいんだけど」

「は、はい」


「あいつは、男の娘なんだ」

「え、え?」


 真凛ちゃんはまだ理解できていないのか、眉をひそめて頭を傾けている。まぁ、急にそんな事を言われても分かるわけないよな。


「えっと…つまり蓮兄さんはその男の娘が好きなんですか?」

「どうしてそうなる…。ただの友達だよ、俺は女の子が好きだから。そこだけは勘違いしないで欲しい」


「そ、そうなんですね…じゃあこれ私の早とちりだったの…」

「何か言った?」


「な、何でもないです!」


 そう言った真凛ちゃんはさっきまでの重々しい雰囲気は無く、いつもの可愛い少女へと変わっていた。


 俺が顔を見ると恥ずかしいのか顔を逸らされてしまう。でも、今は嫌な感じはしない。誤解が解けたってっことかな。


「よし、帰ろうか」


 俺は立ち上がり、ここに来た時と同じで真凛ちゃんの方へと手を伸ばす。


「はい」


 次はその小さな手が俺の手に触れる。握ると、冷たくずいぶん前から外に居たんじゃないかと思ってしまう。


「蓮兄さんの手、温かいです」

「真凛ちゃんの手は冷たいね」


「冷えますからね」

「明日もこれくらい寒いのかな」


「どうなんでしょう、でも寒かったら今みたいに蓮兄さんが温めてくれますよね」


 そういう真凛ちゃんはもう一つの手も持って来て俺の右手を両手に握り始める。冷たいけど、嫌な気はしない。


 俺ももう片方の手を持って来て真凛ちゃんの両手を包むように握る。


「うん、離したりしないよ」


 君が、居ないと俺の心が不安で冷めてしまいそうだし、握っていないとどこかへ行ってしまいそうだから。


 でも、こうやって真凛ちゃんに触れているとさっきまで抱えていた不安や心配の気持ちがすっと溶けて消えていくような感覚になっていく。


 これから先、また不安になったり冷めるような経験をした時はこの手を握りたい。 

 真凛ちゃんに、傍に居て欲しい。


「ねぇ真凛ちゃん、明日のお出かけなんだけど…」

「はい」


 言うなら今だと思う。

 この手を握っていられる今なら。

 押したいと思う気持ちがある今なら。


「デートだと思って欲しいんだ」

「え、それって…」


 真凛ちゃんはそう言うとまた下を向いてしまう。


「うん」


 多分もう、気付いたんじゃないかな。好きな人が居て、真凛ちゃんにこんな事を言っているんだから。


 いや、気付いて欲しいんだと思う。


 俺は少し緊張しているのか、心臓の鼓動音が耳まで届いてくる。


 暫くすると、下を向いていた真凛ちゃんは顔を上げて一粒の雫を流しながら聞いてくる。


「……私でいいんですか?」


 そう言った真凛ちゃんの手は少し震えていて、俺はその手を安心させるように強く包む。


「うん、真凛ちゃんじゃなきゃダメなんだ」


 俺がそう言うと真凛ちゃんの顔からぽたぽたと手に落ちて来る。


「う、嬉しいです。これ、夢じゃないですよね」

「うん、夢じゃないよ」


「じゃあ蓮兄さん、私を抱きしめて貰っていいですか?」


 真凛ちゃんはまだ信じられないのかそう言って来る。俺は握っていた手を放し、その小さな身体を包むように抱きしめた。


「暖かいです。本当に夢じゃないですね」

「うん…暖かいよ」


 俺も真凛ちゃんが泣き始めてのを見て一瞬夢なんじゃないかと思ったけど、この温もりは確かにそこにあって、離しがたい物のように感じる。


 ずっとこうしていたい、心から思う。


 でも…


「寒いね」

「は、はい」


 日も暮れて来て、風が吹くと軽く体が震えてしまいだ。


「そろそろ、帰ろうか」

「そ、そうですね」


 抱きしめるのを辞めると、さっきまであった温もりが消え少し名残惜しさを感じてしまう。


 でも、そう感じたのは俺だけではないみたいで。


「蓮兄さん、帰るまでこうしてても良いですか?」


 そう言った真凛ちゃんは俺の腕に抱き着いてくる。


「う、うん」


 少し恥ずかしくなりつつも、腕に真凛ちゃんを感じるこの状況が今はとても幸せに感じるのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきありがとうございます! 

第三章 押したい気持ち 完です


次回:第44話 は、初めてのデートですから


応援、☆☆☆レビューよろしくお願いします!励みになります。


『毒親から逃げた俺と捨てられた義妹は一つ屋根の下で大人になる。』新作始まりました!是非!


https://kakuyomu.jp/works/16817330665223226103

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