第42話 分かってたんだ

「……」


 私は、蓮兄さんと腕に抱き着いている知らない女の人を遠目で眺める事しかない出来ないでいた。


 楽しそうに話している2人を見ていると、自然と手が震え始め息が荒くなってしまう。


 私の見たくない物、それは蓮兄さんに彼女が出来てしまったのかもしれないというその事実を目の辺りにする事だった。


 前から蓮兄さんに彼女が出来てもおかしくないとは思っていたけど、それが私じゃないという事をどう受け入れればいいかが分からない。


 諦めなきゃ。


「綾ちゃん、今日はありがと。ちょっと用事思い出したから先帰るね」

「え、小林さん――」


 私はそう言って袋を拾い綾ちゃんを残し、入口の方へと走ってしまう。


 分かってたんだ、私には蓮兄さんは勿体無さすぎる。優しくて、気配りが出来て誰かの為に身体を張れる、そんな人がモテない訳が無かったんだ。


 あぁ、悔しいなぁ。


 最寄り駅の近くに着くと私は感情が抑えられなくなり、目に熱が集まっていく。


「私じゃダメなのかな…」



*****



「いやぁ、美味しそうな物を買って貰って申し訳ないね」

「そう思うなら、1番高いのを選ぶなよ」


「人のお金で食べるご飯は美味しいんだよ蓮くん!」

「はぁ、2人分買うなんて言わなきゃよかった」


 俺は徹と要の分を買い、真凛ちゃんの為にもと思い購入すると財布がだいぶ軽くなってしまった。


 徹の奴、好きなケーキを2種類選べるからと店の中でも値段の高い物を選ぶなんて容赦がない。


 誕生日プレゼントだから多少お金が掛かるのは目に見えていた事だ、そう思う事にしよう。


 俺が持ち金の事を気にしていると、隣を歩く徹は何かを見つけたのか袖を引っ張ってくる。


「ねぇ蓮くん、ボク服みたいな」

「……お金ないぞ」


「いや流石に服をおねだりなんてしないよ。ちょっと見たいなって」

「まぁ、見るくらいなら…」


「やった!じゃあ先に見ておくね」


 そう言った徹はケーキを奢った事が相当うれしかったのか、スキップをしながら1人服屋へと入っていった。


 俺はケーキの入った箱を2つを持っているからゆっくりと歩き、徹の後ろを付いて行く。


 店の中に入り徹を探すように見渡すとメンズ、レディース拘わらず子供向けから大人といろんな種類の服を取り扱っているお店のようだった。


「わぁ、これ要くん喜んでくれそう。いやいや、こっちかな?」


 少し店内を見回し徹を見つけたと思ったらなにやら楽しそうに服を選んでいる最中だった。


 これは邪魔しない方が良いかな、そう思いこっちはこっちで見て回る事に。


 いつも仕事をする為に、引きこもりがちになっているから同年代でどういう服が流行っているのかが分からない。


 明日真凛ちゃんと色々回るのだから、それなりの服を着ていきたいがどういうのが良いんだろうか。


 何着か手に取っては、頭を傾げて戻す。


 最近服を見ていなかったから、たまにはいい刺激になるかもと思ったが、知識がないとただ戸惑うだけで選びようがないな。そもそもお金がないから良い物が見つかっても買えないんだけど。


「あ、居た居た」


 そんな風にどれがいいのか見ていると、肩を叩かれてしまう。振り向くと何も持っていない徹の姿が。


「あれ、もういいのか?」

「うん!何か買おうかとも思ったんだけど、蓮くんの服を選ぶ方が楽しいかなって。それに蓮くん自分で服選ぶの得意じゃないでしょ」


「う、うん。良く分かったな」

「少し遠くから見てたからね。どれにしようか悩むのは良いけど、鏡で見てなかったから慣れてなさそうな感じが滲み出てたよ」


 徹はなんでもお見通しなのか、単に観察力が凄いのか。少し困っていた所だったから助かるが。


「明日、何を着ればいいか迷ってて。長時間歩き回ったりすると思うから動きやすい服の方が良いんだけど、何かおすすめある?」

「ふふ、任せなさい!ボクが蓮くんの希望に合った服を選んであげようじゃないか」


 徹はやる気があるのか得意げに鼻を鳴らしている。選んでくれるのは嬉しいが、問題もある訳で。


「選んで貰えるのは嬉しいけど、俺ケーキ買ったせいでお金もうないんだよ」

「あらら、それは大問題だね…うーん」


 流石にお金が無いと今すぐは買えない為、徹は腕を組んで悩んでいるようだ。まぁ、家にある服の中から多少マシな物で見繕えばそれでも良いんだけどな。


「決めた!」


 そんな事を考えていると徹は少し声を上げて俺に向かってこう言って来た。


「ボクが買ってあげるよ!」



*****



「本当に良かったのか?買ってもらって」

「いいのいいの、今日付き合って貰ったしケーキ買ってくれたからね」


 俺たちは服屋を出て話していた。


 あの後いくつかのお店を見て、俺に似合いそうな服を2着程選んで貰ったのだけど、最終的に買ってもらうという形になってしまった。


 比較的安い物にしたのだが、2着も買うとなるとそれなりにするわけでケーキと変わらないくらいの値段になってしまい、申し訳なさが押し寄せてくる。


「あと蓮くん明日デートなんでしょ、ちゃんとした服を着ないと幻滅されちゃうかもよ?」

「あの子はそんな事で幻滅なんてしないよ」


 俺はなぜかそうキッパリと言えた。まだまだ真凛ちゃんの事は知らない事だらけなのに彼女なら、服だけで幻滅したりはないと思える。


 この1週間で真凛ちゃんの優しい性格を知る事ができて、もし俺にセンスがないと知っても一緒に見に行きましょうとか言ってくれる気がするんだ。


「ふふ、えいっ!」

「ちょ、何急に」


 声と共に腕が重くなったと思ったら、徹が腕に抱きついて来た。


「蓮くんも変わったなって思ってさ。ボクと要くん見てんだ」


 そう言った徹はさっきまでの明るい声とは違い少し落ち着いてたような、暗い雰囲気の感じる声で続ける。


「昇降口の所で蓮くんが六花ちゃんとその彼氏さんの帰る姿を見て、辛そうな顔してる所をさ」

「見て、たのか…」


 六花と別れてすぐの頃だろうか、まだ現実を受け止められなくて自然と目で追ってしまっていた。


「うん、それから要くんも前に比べると元気なくなっちゃって。友達の蓮くんが元気ないと要くんも悲しんじゃうから…出来れば笑顔になって欲しい、そう思ってたんだ」

「……」


「でもね、最近の蓮くんなんだか楽しそうで。前よりも断然、生き生きしてるように感じるよ」


 徹は足を止める。


「だからさ、蓮くんには幸せになってほしい、今の好きを大切にしてあげて?笑ってる蓮くんがボクたちは大好きなんだから」


 そう言った徹は腕から離れると、自分たちのケーキが入ったを箱を持ち「それが言いたかっただけ」と俺にだけ聞こえる声量で言うと、先ほどまでの明るい声に戻る。


「蓮くん、ボクは応援してるよ。明日のデート頑張ってね!」

「あ、あぁ」


「それじゃ、ボクは妹迎えに行かなくちゃいけないので!バイバーイ」


 徹はそう言うと足早に去っていってしまう。

 俺は今日のお礼も言えなくて、さっき聞いた要たちの気持ちにも何も言えなかった。


「デート、か」


 1人取り残された俺はそう呟きポケットからスマホを取り出す。


 まだ、真凛ちゃんには言えていない。明日が当日だというのに…


 家に帰ってからでも遅くは無いだろうか。


 そう思い、帰る事を真凛ちゃんに送る。


 駅まで約10分ほど掛かるが、着いてもまだ返信は返ってこないのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきありがとうございます! 


次回:第43話 それって…


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