第35話 可愛くなりたい

 今日も湯船に浸かり、物思いに耽っていた。


 蓮兄さんとデートの日までが着々と近づいている水曜日の夜。1日を通して全体的に暖かい風が吹き、室内で作業をしていても少し汗を掻く程度で済んでいる。


 朝から慣れない事をしたせいか、多少足が痛いけど理想のお部屋に近づいていると感じるから苦痛だとは思わない。


 今日も蓮兄さんに料理を教えて午後には壁と机を作って貰った。


 椅子は良いものを買った方が、体への負担が減少するらしく近い内に観に行こうと話し、今に至る。


 今日はもう予定も無く寝るだけ。疲れた事もあり、晩御飯は軽く済ませて教えるのも後日にして貰った。


 明日は特に予定もなくやる事もないなら、椅子を観に行くのもいいかも。


「そんな事よりも、土曜日だよね」


 私は湯船に肩まで浸かり、立ち込める湯気の行き先を追う様に上を見る。


 服は蓮兄さんが着て欲しいって言っていた白のワンピースにデニムのジャケットを着て、1日歩く事になるかもだから履き慣れたスニーカーにするとして。


「お化粧か…」


 金曜日は友達のあやちゃんのお家でメイクの練習とお買い物に行く予定。


 初めはグループの全員で行くなんて言ってたけど、流石に集団でお邪魔したり買い物をしたりするのは迷惑になるという事で厳選された1人。


 どうやら高校生の兄が居るらしく、昔から遊びで兄にメイクをしていたから慣れているのだとか。


 自分にするのは出来るが、人にするのはみんな未経験らしく経験のある綾ちゃん1人になったのだ。


 綾ちゃんに頼めばメイクは上手く行くと思うけど、自分でも出来るのかが不安…


「可愛くなりたい」


 言葉にすると自然と蓮兄さんの事を考えてしまう。

 もっと私の事を見て欲しい。

 蓮兄さんをもう他の誰かに取られるのは嫌だ。


 そんな気持ちが立ち込めてきて、少し息を吐く。熱くなりすぎると上手くいかないと思うから、今からでも落ち着かせようと深呼吸をする。


 どれだけしていたのかは分からないが、長くなってしまった風呂を出る。



*****



 俺はご飯を食べ仕事をしていた。熱が下がっての仕事は凄く久々に感じる。


 2日も全く触らないと、感覚が鈍ってしまっているのか思うように作れない。一応形にすることは出来たが、何かが足りたいと感じてしまう。


 作業の出来なかった日は空いた時間を使い勉強の為インプットをしようと、人の作品を見まくった。


 そのせいで目が肥えてしまい、手が追いついていない状況なのかもしれない…通称スランプというやつだ。


 こうなったら、今している作業を遠ざけて一度感覚をリセットするという方法か、成長の期間と見込んで我武者羅がむしゃらにやり続けるか。


 無論いつもの俺なら後者を選ぶが…


「蓮兄さん、お風呂お先です」

「うん、分かった」


 今は真凛ちゃんが居るから、後者は選べそうにない。


 前まではやる事も今程多くなかったから、倒れる勢いで追い込み技術を高めて来たが、そんな事をしたら絶対に怒られてしまう。


 まぁ、怒られるのは別に良い。でも、不安にさせるような事は絶対にしたくない。真凛ちゃんの焦り、不安に心配が入り混じったようなあんな顔はもう見たくないから。


 そんな事を考えていると真凛ちゃんは俺の仕事が気になるのか近寄ってくる。


 お風呂上がりの真凛ちゃんは、同じシャンプーを使っているとは思えない程良い匂いがして作業中の隣に来るだけでも少し胸が高鳴ってしまう。


「今回も綺麗ですね」

「そ、そうかな…まだ少し納得が行ってなくてさ」


「どこがですか?」

「うーん、どこって言われると難しいかな。雰囲気というか時間帯で感じ方も変わってくるから、少し待ってみたら見えてくるかも」


「行き詰まった時はそういうのも良いかもですね。私の場合は違う絵を描いてみて、クオリティを見比べるとかしてます」

「クオリティの見比べか…」


 俺は少し真凛ちゃんの手法を考える。


 これまでの2択とは違い別の作業をする事によって感を鈍らせずに、何が足りていないか客観視出来るかもしれない。


「良いかも、でもそうなったら何作ろうかな」

「何が良いですかね」


 俺は少し考えるようにして真凛ちゃんを見る。お風呂上がりで血流が良くなっているからか、いつにも増して色気を感じてしまう。


 それに、真凛ちゃんは他の人よりも大きめだからか張りがすごい。


 だ、だめだ。この前一緒に寝た時の感触を思い出してしまいそうになる。


 一旦邪な思考を排除する為首を大きく振り、真凛ちゃんを見ると不思議そうに見ていた。急に首を振ったら、そりゃそんな顔になるわ。


 質問されて答えられる内容でもないから、何か早く作るものを見つけないと。


 そう思っていると俺はふと真凛ちゃんの髪に目を落とす。


「その髪飾り寝る前なのに着けてるんだね」

「あ、これですか」


 真凛ちゃんは左手でヘアピンに軽く触れて話し始める。


「私、凄く気に入ってるんです。蓮兄さんに貰った物ですからいつも着けていたいなって」

「真凛ちゃん…」


 そういう真凛ちゃんは少し恥ずかしそうに微笑む。

 凄く嬉しい。俺の作った物じゃないけど、喜んで貰えていた事が。


 もし、俺の作った物でもこんなに喜んでくれるのだろうか。


 俺の作った物…?


「そうだ、真凛ちゃんに何か作る約束してたんだったよね」

「え?あー、ここに来た時に言ってたのですか?」


「そうそう。リクエストあれば好きに言っていいから」


 真凛ちゃんを拾った日の夜にした約束。


 部屋を作ったり、熱が出たりと忙しくてつい忘れてしまう所だったが、1度した約束はきちんと守りたい…それが真凛ちゃんなら尚更。


 俺がそういうと真凛ちゃんは考えているのか顎に手を当てる。


「あの時作っていたのは夏のハーバリウムですよね。じゃあ、春をイメージしたハーバリウムを見てみたいです!」

「春か、分かったやってみるよ」


「やった!楽しみです」


 真凛ちゃんは相当嬉しいのかぴょんぴょんと跳ねてその大きな双丘を揺らす。俺は座っているから目の前で揺れられると少しだけ目で追ってしまった。


 すると、数回跳ねた真凛ちゃんは飛ぶのをやめ、俺の事を呼んでくる。


「れ、蓮兄さん…その」


 俺は急に呼ばれ、真凛ちゃんの顔を見ると少し顔が赤くなっていた。


「見てました?」

「……」


 そう言われ黙ってしまう。何を?なんて言わなくても分かっている。


 だって真凛ちゃんは、手をクロスさせて胸を手を隠す様な仕草をしているからだ。


「み、見てましたか?」

「あー、いや。これはその…」


 良い言い訳が思いつかない。変なことを言ってしまって真凛ちゃんに嫌われたら次は違う意味で寝込んでしまう。


「正直に言ってください、見てたんですか?」

「…はい」


「そ、そうですか…」


 そういう真凛ちゃんは顔を逸らし、俺から見えないように体を横に向ける。


 若干顔を逸らす瞬間嬉しそうにしていたように見えたが、多分気のせいだろう。それよりも、俺はこれから真凛ちゃんになんて思われるんだろうか、そっちの方が気になる。


 そんな事を思っていると、真凛ちゃんは此方に顔を向けずにこう言ってきた。


「それじゃあ私は寝ますね。おやすみなさい」

「え、あ、うん。おやすみ」


 それを聞くと真凛ちゃんは部屋を後にする。

 1人残されたこの空間で思ってしまう。


 今日、心地よく眠るのは難しそうだな。


 そう思い小さくため息を吐く。



 ∩ ∩

(・×・)



「えへへ、やっぱり最近感じてた視線は気のせいじゃなかったんだ」


 私はお布団の中で、さっき蓮兄さんに聞いた事を思い返しニヤニヤしていた。


 後、少しな気がする。


 このまま行けばいつかは…そんな事を思いながら呟くのだった。


「このまま何も起こらなければいいな」


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ここまで読んでいただきありがとうございます! 


次回:第36話 嘘、だよね…


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『ブラコン妹の親友が、妹に隠れて部屋にいる話』こちらも現在連載中なので気になればどうぞ!


https://kakuyomu.jp/works/16817330660041626971

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