第34話 もう少し傍に行っても…良いですか?

 材料を持って帰ってきた翌日の水曜日は、午前中から作業をしていた。もちろん真凛ちゃんの部屋作りである。


 まず床の模様替えから始めようと思う。


「それじゃあまず物を移動させようか。大きい物は任せて」

「分かりました!」


 部屋はある程度広いが、入り口や廊下は人が2人ギリギリ通れるくらいの幅しかないので、前が見えなくなるような大きな物から運んでいく。


 もしマットレスを運んでいて、真凛ちゃんとぶつかってしまったら怪我をさせてしまうかもしれないからな。


 そう思い、大きな物を先にリビングの広い空間に移し真凛ちゃんの手伝いを始める。


 真凛ちゃんの服を仕舞っている薄ピンク色の可愛いカバンは思っている以上に重く、前こんなにも持って帰って来たかななんて思ってしまう。


 そんな事を思いながら作業をし、真凛ちゃんの部屋の物が綺麗に無くなった。


「それじゃあ始めようか」

「はい、まず何すれば良いですか?」


「そうだね、最初は床を張って行きたいからマスキングテープ貼っていこうか」


 俺は真凛ちゃんにそう言い、自分の部屋からこの前買ったマスキングテープを持ってきて床に貼っていく。


「蓮兄さん、これってどう言うふうにすれば良いとかあるんですか?」

「うーんそうだね、床を大きく二つ分けたいからまず端には貼って欲しいかな。一応見せるね」


「はい!」


 俺は一度見せた方が早いと思い元気な声を聞いたのち、部屋の角に沿って貼っていく。少し貼り真凛ちゃんを見ると「なんとなく分かった気がします」と言って二つあるマスキングテープの片方を受け取って貼り始める。


「うん、そんな感じ。上手だよ」

「ほんとですか?良かったです」


 そう言った真凛ちゃんは指示通り端に綺麗に貼って行ってくれた。それを見た俺は、端だけでは浮く場所が出来てしまうので軽く四分割するように追加して貼る。


 真凛ちゃんは端を端を張り終ったのか聞いてきた。


「ここも貼った方が良いですか?」

「うん、そうだね。お願いできるかな」


「はい!」


 真凛ちゃんは次にする行動を読み取ってくれたのか、四分割した一マスに格子状にテープを追加してくれるみたいだ。


 俺も最終的にはそうしようと思っていたので、説明もなしにしてくれるのはありがたい。真凛ちゃんは料理の時もそうだったが、よく周りを見ているなと実感する。


 そんな真凛ちゃんに少し驚きつつ、作業を続けマスキングテープを張る事が出来た。


「次はマスキングテープの上からこの両面テープを張って床は終わりかな。これはちょっとコツが必要だから俺がやっておくよ」


 そう言うと真凛ちゃんは「分かりました」と言って廊下の方へ歩いて行った。真凛ちゃんが部屋を出るのを確認し、作業を開始する。


 床は真凛ちゃんの言っていたネイビーのクッションフロアで、角の出っ張った所などは専用のカッターを使う。以前、自分の部屋を作った時に使用したクッションフロアカッターがあったので今回は案外早く終わる事が出来た。


 床が貼り終わり真凛ちゃんを呼ぶとイメージ通りになったのか嬉しそうに床を見ている。


「床だけでも印象がガラッと変わるよね」

「そうですね、ちょっと感動しちゃいました!」


「あはは、まだ床だけだけどね」


 まだ始まったばかりだというのにはしゃぐように喜ぶ真凛ちゃんを見て少し笑ってしまう。


 おっと、雑談もいいがあまりゆっくりしていると午前中に予定していたところまで進まなくなるのでこの辺りにしようかな。


「床も貼れた事だし、次は壁行こうか」

「分かりました!えっと、これって直接貼るんですか?」


 俺がそういうと真凛ちゃんは壁紙を持って先程よりもウキウキした様子で聞いてくる。


「そうだね。壁紙用の糊があるんだけど、それを使おうかなって」

「そんなのがあるんですね」


「ちょっと待ってね、取って来るから」


 俺はそう言って自室へ糊を取りに行く。模様替えをしたのは一年近く前なので、保管場所はうろ覚えだ。


「確か、ここに…あった」


 クローゼットの中にある収納に入っていた糊と塗る時に使うローラー、長さを合わせる為のカッターを手に持つ。そして、真凛ちゃんの部屋に戻ろうと思った所で作業台に置いておいたスマホからピコンッと通知音が鳴った。


 なんだろうと思った俺はスマホを手に取ると、金曜日予定していた買い物に関してのようだ。


『金曜日、午後一時でいいかな?』


 そういえば真凛ちゃんに話していなかったな。


 俺は『その時間で』と送って作業に戻る為に部屋に向かう。


「お待たせ」

「あ、いえ。全然待ってないですよ」


「それなら良かった。えっと、真凛ちゃんにちょっと聞きたいんだけど…」

「なんですか?」


「金曜日って予定あったりする?」

「ありますね、もしかして蓮兄さん何かありましたか?」


「特に何かがある訳じゃないけど。俺ちょっと出かけるから、もし真凛ちゃんも出かけるなら合鍵渡そうかなって」

「合鍵…」


 俺がそういうと真凛ちゃんは動きを止めて、こちらを見てくる。真凛ちゃんが出かけるなら帰る時間がズレると家に入れないからな。


 そう思っていると、真凛ちゃんは少し動揺を見せた後両指を合わせ俯き気味にこう言ってきた。


「あ、合鍵は…その、もう少し仲が良くなってから欲しい…です」

「え?まぁ、分かった」


 受け取ってくれると思っていたので少し驚いてしまう。

 俺はまだ真凛ちゃんとそこまで仲が良くなかったんだと知りちょっと傷付きつつも、頷いておく。


 真凛ちゃんにとっての仲の良いとは何処くらいのラインを指すのだろうか。


 少し気になるものの、金曜日の事を無事伝えることが出来た。帰る時間は当日連絡して調整すればいいか。


 俺は次の作業に移るように真凛ちゃんに話しかける。


「それじゃあ、始めようか」

「そ、そうですね。早く終わらせたいですもんね」


 真凛ちゃんは少し照れくさそうに、顔を逸らしながらそう言ってくる。


 俺も早いところ作業を終わらせてあげないと真凛ちゃんの寝る場所がないので、説明を軽くしつつ、壁紙を2人で貼っていった。



*****



「ふぅ、疲れました」

「まぁ慣れてないとね」


「いや、蓮兄さんが凄いんですよ、私より作業しているのに汗1つ出てないじゃないですか」

「たまに家具作ると無駄に体力着いてくるからね、仕方ないかも」


「それはそうかもしれないですけど…」


 完成したソファベッドに隣合わせで座り、話していると真凛ちゃんの視線が俺の顔から下の方へと移って行く。


「蓮兄さんって筋肉ありそうですよね」

「え?そんな事ないと思うよ、ボディビルダーと比べたら全然だし」


「どこと比べてるんですか」


 ちょっとした冗談を言うと軽くツッコミを入れてきて、少し笑ってしまう。真凛ちゃんも連られるように笑みを零す。


 その笑顔を見て、やっぱり真凛ちゃんの隣にいるのは楽しいと感じる。土曜日のお出かけはいいものにしたいな。


 そんな事を考えていると真凛ちゃんは、俺の左手にそっと手を乗せこう言ってくる。


「もう少し傍に行っても…良いですか?」


 その言葉に少しドキッとしてしまう。でも、もう少しだけ近くに来て欲しいと思い手を握ると肩が触れ合う距離まで近寄ってきてくれた。


 触れる手と手の感触が、温もりが最近になってとても愛おしいものになっているのを実感する。このなんとも言えない感情はきっと真凛ちゃんとでしか起きない。


 この気持ちがもしそうなら、いつか折り合いを着けて行かなきゃいけないだろう。失敗した時は今度こそ俺はどうにかなってしまうかもしれない。


 怖い…


 そう思い、俺は真凛ちゃんの小さな手と指を絡ませお昼までの数分をゆっくりと噛み締めるように過ごすのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきありがとうございます! 


次回:第35話 可愛くなりたい


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