第21話 蓮兄さんはほんと馬鹿ですね
「うぅ、頭いてぇ」
俺は激しい頭痛で目を覚ました。久しぶりの不快な目覚め。
去年もこんな感じだった気がする…あれは夏休み初日に熱が出て、1人寂しくアニメか動画を見漁るだけ。六花も心配していなかったのか連絡も何もなかった。
繊細な作業が必要な仕事はやろうにもミスをしそうで出来なかったし、今日もそんな感じなのかな。風邪とか熱が出るなら休みの日は辞めて欲しい。
別に学校に行きたくないとは思わないけど、休日に仕事が出来ないと言うのは何か損をしている気分になる。
とりあえず身体を起こそうと手をつくとカタンッと何かに左手がぶつかった。
「お盆?それに薬も…」
あぁそっか今は真凛ちゃんと一緒に住んでいるんだっけ。目が覚めて倒れたのは微かに覚えてる。頭痛が酷いから記憶はぼんやりだけど真凛ちゃんが用意してくれたんだろう。
俺はお盆の上に目を向けると、薬とスポドリ以外に体温計、タオル…手紙があった。
「なんだろ…?」
身体を少し動かすのでもしんどいが、読んでみようと2つ折りになった紙を開く。
『すごく心配しましたよ、部屋に行ったら倒れているんですから。
きを付けて下さいね?私が居なかったらあのまま体調悪化してたかもですし。
でも今回は私が居て良かったですね、これは貸し一つです。
すこしは自分の体調にも気を遣ってくださいね。』
と書かれていた。俺は紙の端に描いてある兎の絵を親指で撫でる。こういう手紙は初めてでなんだか自然と口元が緩む。
「温かいな…」
1人で居た去年とは違い、心配してくれる人が居ると言うのは有難い。部屋で独りなのは変わらないが、今は前程寂しさを感じない。
「蓮兄さん起きてますか?」
「うん、起きてるよ」
手紙を読んでいると後ろの戸をゆっくりと開けて心配そうに名前を呼んでくる。そして俺が起きているのを確認すると「おはようございます」と少し安心したように笑みを零し挨拶をしてきた。
ゆっくりと近づいて来て目の前に座る真凛ちゃんに俺も挨拶しようと口を開く。
「おはよう真凛ちゃん。ごめんね、朝から色々と…」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも体調どうですか?体温とか」
「そう言えば測ってなかった」
俺はお盆の上に置いてある体温計を手に取り電源を付けて、脇に当てる。大分辛いが、倒れてしまう程ではないので熱も下がっているのではないだろうか。
ピピピッ
風邪なんて滅多に引かないから聞きなれない機械音に少し驚きつつ、表示された体温を確認する。
「何度ですか?」
「38.2℃…だね」
「高熱じゃないですか…。今日は安静にしてくださいね、仕事なんてしたら怒りますから」
そう言う真凛ちゃんは可愛しく頬を膨らませている。なぜか今日は真凛ちゃんの顔を見ていられる気が…
「あとお外は雨降っているので作業はまた今度で大丈夫です、自分のせいでとか思わないで下さいね?」
「うん、分かった。ありがとね心配してくれて」
「いえ。蓮兄さんには元気で居て欲しいですから」
俺がお礼を言うと真凛ちゃんは微笑みながら返してくれる。その笑顔を見ていると改めて去年とは違うんだなと考えてしまう。
去年、熱を出した日は1人だった事もあり心細くて、寂しくて誰か傍に居て欲しいと思っていた。
でも今は違う。
目の前には真凛ちゃんが居て、心配もしてくれている。この瞬間の気の迷いかもしれないけど、俺は真凛ちゃんに縋る思いでお願いした。
「真凛ちゃん、今日は傍に居て欲しい」
年下の女の子になんて恥ずかしいお願いをしているんだといつもの俺ならそう思うだろうけど、今は離れて欲しく無くて真凛ちゃんの手を握った。
握った瞬間ビクッと震えて驚いた顔をしていたが、少しすると優しく両手で握り返してくれる。
「はい、今日だけじゃなくても傍に居ますよ。蓮兄さんは私にとって特別なので」
そう言う真凛ちゃんと目が合う。いつも恥ずかしそうに目を逸らしていたのに、今日の真凛ちゃんは顔も逸らさない。
そのせいかその言葉に冗談のようなものが含まれていない様に感じてしまう。熱があるからそう思わせているのかもしれないが、俺が君の特別になれている事が嬉しいと思ってしまった。
徐々に俺の中でも君が特別な存在になりつつある。でも喉に何かがつっかえる感覚があり喋ろうとして、口を閉じる。
風邪じゃなければ、そう自分に言い訳をして。
喉は、痛くないのに…
*****
あれから真凛ちゃんに食欲の有無を聞かれ、あまりないと答えると「暖かい飲み物用意しますね」と言って部屋を出て行ってしまった。
窓の外を見ると、真凛ちゃんの言った通り雨が降っていてさっきよりも音が大きくなっている事から今日は止みそうにないのだろう。
俺は重い身体を動かして立ち上がる。流石に床に寝ていると体のあちこちが痛くなりそうだし、真凛ちゃんにだけ用意させるのも良くない。
多少、熱の状態にも慣れてきたのかふらつく事は無さそうだ。ゆっくりとした足取りで開いていた間仕切りを抜けリビングに入ると、キッチンで作業していた真凛ちゃんと目が合う。
「あー、ちょっと顔洗いたくて」
「そ、そうですか。びっくりしましたよ、何かあったのかと思っちゃいました」
「あはは、ごめんね。でも、少しなら動けるから手伝える事があれば言ってね」
「何言ってるんですか?」
そう冷たく言う真凛ちゃんはキッチン越しに俺の事を睨んでいた。俺は睨まれた事に気づき足を止めてしまうと真凛ちゃんは手を止めて、目の前まで近づいて来る。
「蓮兄さんは病人なんですから、素直に私に看病されてください」
「い、いや俺は真凛ちゃんの負担になるのはと思って…」
「蓮兄さんはほんと馬鹿ですね」
「え…」
真凛ちゃんは呆れたような声でそう言って来る。
なんで俺は罵倒されたんだと戸惑っていると、真凛ちゃんは急に抱き着いてきた。急な事に驚いていると、胸のあたりから震えるような声が聞こえて来る。
「ま、真凛ちゃん?」
「蓮兄さんは本当に馬鹿です。変な事して症状が悪化したらどうするんですか。これ以上心配掛けさせないで下さい。倒れてるの見た時、凄く怖かったんですよ…」
そう言うと真凛ちゃんは抱きしめる力を強め、小さく続ける。
「私の気持ちも考えてよ…ばか」
か細い声ではあったが俺の耳にはっきりと届いてしまった。
ばか…か、真凛ちゃんからそう言われて少しずつ自分の発言が愚かだった事に気づき始める。
体調を崩したのは真凛ちゃんの為にとやって来ていた事で知らぬ間に疲労が溜まっていたからかもしれない。楽しいからとは言え少しは休む事も視野に入れないとな、休み明けにはテストも控えているんだから。
でも、きちんと伝えないとな。
「ごめん、心配してくれていたのに軽率な発言だったわ」
「ほんとですよ。私じゃなくて、蓮兄さん自身の事を考えてください」
「うん。でもね…」
俺も真凛ちゃんの事を抱きしめて言っておきたい事を伝える。
「真凛ちゃんの事も心配なんだよ。今回は俺が体調を崩したけど、真凛ちゃんもそうならないとは言えないと思うから」
「そ、それはそうかもですけど…」
俺は気まずそうに返事をする真凛ちゃんに、だからさと続ける。
「だからさ、週に1度でいいから何処か遊びに行かない?2人の休日として」
俺がそう言うと真凛ちゃんは抱き着いたまま顔を上げて目が合う。
「…それって2人でって事ですか?」
「え、うん。そのつもりではあったんだけど、どうかな…?」
前にどこかに行くみたいな事は言っていたがはっきりとは決まっていなかった。だからと言うのもあるが、それだけじゃない。
真凛ちゃんは暫く考えているのか黙ってしまう。少しドキドキするな。
「凄く行きたいです!でも、きちんと治してからですからね?治っても1日は安静にしてて下さい。これが守れるなら約束します」
「良かった。絶対に守るよ」
「ふふ、じゃあ楽しみにしてますね」
そう言って笑う真凛ちゃんは、熱があろうとなかろうとやはり可愛いものだった。
いつまでもその笑顔が見れるように頑張らないとな。
俺はもう少しだけ自分の気持ちに素直になれる様に心掛けようと思う。多分こんなにも俺の事を心配してくれる人は滅多に居ないのだから。
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
次回:第22話 ハッ!何をやっているの私は
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『ブラコン妹の親友が、妹に隠れて部屋にいる話』こちらも現在連載中なので気になればどうぞ!
https://kakuyomu.jp/works/16817330660041626971
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