第8話 帰りたくなったら、帰るかもしれません

 真凛ちゃんの寝具が届いた翌日。放課後に真凛ちゃんから連絡が来て迎いに行くところだったのだが、肘くらいまで伸ばした髪を揺らし、隣にいる人に笑顔を向けるある女が目に留まった。


「楽しそうだな…」


 イケメンと嬉しそうに腕を組み、校門へと歩いている女。

 その女は幼馴染で元彼女の小林 六花だ。髪の毛は綺麗に水色のメッシュが入ったホワイトに近いプラチナブロンド、毛先にはふわっとパーマが掛かっていて容姿だけを見ると学校でも人気上位には入る。身長は俺と同じ位の170㎝で真凛ちゃんと比べるには烏滸がましいド貧乳。


 そんな女は今俺が一番見たくない人。


 後ろ姿を見るだけで胸が痛くなって来る。


 楽しそうに一緒に帰る二人を見ていると、自分が前までは六花の隣に居たんだよなと昔の事を思い出してしまう。


 でも、現実を見なければ…あの女とは終わった関係、これから始まる関係を大切にし六花との縁を切ってしまえばいいだけの事。


 だがそれが出来るなら、幼馴染をやっていない。家族ぐるみで仲がいいのだからそう簡単に縁を切るなんて出来やしないのだ。


「最後に嫌なもの見てしまったな…」


 二人は校門を後にすると小林家のある駅の方とは逆の道へと歩いて行った。帰りにどこか遊んで帰るのだろうか。


 もし、そうならこちらとしても都合がいい。今から小林家に行き真凛ちゃんの普段着から寝間着などを回収する予定になっているからだ。


 万が一鉢合わせになったら、なんて考えていたがその心配は要らなさそうで安心している。


 だが、油断はできないし真凛ちゃんが怯える程の視線を送ってきたという奴があんな優しそうなイケメンだなんてにわかには信じ難いが俺は真凛ちゃんの味方なので、もし何かあった時には絶対に守ろう。


 そう強く決意し、真凛ちゃんの待つ中学校へと足を運んだ。出来るだけ心を落ち着かせて…


 真凛ちゃんは校門で俺の事を待ってくれていて、姿を見つけるや手を振って駆け寄ってくる。


「ごめん、待たせちゃったね」

「いえ、大丈夫です。それでは行きましょうか」


 寄り道はせず、1駅先の小林家へと向かう。


「久しぶりに来たな…」

「そういえば、最近家に来てなかったですよね」


「うん、1人暮らしを始めたからね。こことは少し距離が離れてるし、年末とかは仕事が忙しいって言ったら両親がこっちの家に遊びに来たくらいだし」

「いいご両親ですね。私も記念日とか何かイベントの時はいつも祝ってくれますね」


「そっちの両親も優しいじゃん」

「でももう、祝われる事も無いんですよね」


 それは家出をして、この家にもう二度と帰ってこないという意思表示だと受け取れる。


「真凛ちゃんは帰りたいって思うかもよ?その時はどうするの?」

「そうですね。もし帰りたくなったら、帰るかもしれません」


 当たり前の事を返される。


 帰りたくなったら帰る、そんなの至極当然。それなのに少しだけ俺の中で、もやっとする何かがあった気がした。


 そんな違和感を感じていると真凛ちゃんはでも、と続ける。


「もう、私の帰る場所はここではないので帰って来ても一時的な物ですけどね」

「え、それって…」


「蓮兄さん、私の事を拾ったんですから最後までちゃんと面倒見てくださいね。それが拾った者の責任です」


 真凛ちゃんは自分の事を捨て猫の様にいい、俺に責任を持って欲しいと言ってくる。


 それが拾った者の責任、簡単には手放してはいけない。


 俺も手放したいとは思わない、ただのお節介で拾った彼女をきちんとした大人になるまで傍で見届ける。その義務があると言われたら、従うだろう。


「面倒を見るって、俺が真凛ちゃんにお世話される対象じゃなかったっけ?」

「あっ、そうでした」


「もう忘れてるのな」


 真凛ちゃんの少しお茶目な一面を見て軽く笑ってしまう。真凛ちゃんと話していると、少しは気が紛れる気がしてくる。


 そして、彼女を拾ったその日に持っていた紙を思い出す。


 『お世話します、拾ってください』あの文字をもう忘れているなんて、記憶力大丈夫だろうかと少し心配になるよ。


「まぁそんな事よりさっさと、荷物まとめよう。ゆっくりしてたら帰ってくるかもだし」

「そうですね!パパッと終わらせちゃいましょう!」


 そう言うと真凛ちゃんの持っていた鍵を使い小林家に入り、2階にある『まりん』と可愛い丸文字で書かれた木のプレートを揺らし部屋に入る。


 真凛ちゃんの部屋はとても女の子らしい雰囲気を漂わせて…はおらず、普通の部屋だった。


「蓮兄さん早くしないと…これ使ってください」


 意外な真凛ちゃんの部屋の雰囲気に立ち尽くしていると、先に入っていた真凛ちゃんに呼ばれ一緒に服を大き目のカバンに詰め始める。


 タンスを開けると中には真凛ちゃんが普段着ているのか、可愛らしい服が沢山入っていた。


 俺は真凛ちゃんの可愛いらしい服を見て、似合いそうだなと1つ白いワンピースを見つめてそう思う。


 俺の知っている真凛ちゃんは主に制服くらいだったのでこういう外行き用の服を見るのは初めてだ。


 昨日どこかに遊びに行く約束をしたから、その時にでも着ている姿を拝めるのだろうか。


「蓮兄さん、なんで私のワンピース見て固まってるんですか?」

「え、あ…えっと、真凛ちゃんに似合いそうだなと思って」


 真凛ちゃんは自分の方が終わったのかワンピースを見て固まっている俺に話しかけてきた。急なことにうまく返事が出来ずさっき思っていた事を言ってしまう。


「そ、そうですか…蓮兄さんが着て欲しいなら今度着てもいいですよ?」

「え、いいの?じゃあ、どこか遊びに行くときにでもお願いしようかな」


「…わかりました!」


 そう言う真凛ちゃんは始め若干俯き気味に話していたが、今度着て貰いたいとお願いすると顔を上げて元気よく返事をする。


 相当遊びに行くのが楽しみなのか、昨日もテンション高かったよな。さて真凛ちゃんはどこに行きたいと言ってくるのだろうかと考えつつも、服を綺麗に畳みこの部屋に在った薄ピンク色をした可愛いカバンに仕舞っていくのだった。



 ∩ ∩

(・×・)



 今日は湯船に入りたい気分だと蓮兄さんに言うと沸かしてくれた。


 ゆっくりと身体の芯から温まっていくのが分かる。


 基本蓮兄さんはシャワーのみで済ませるらしいのだけど、私は湯船に浸かりたい派なのでたまにはお願いしてもいいよね。


 私はふと下を見ると胸の上には黄色いアヒルさんが乗っている。これは今日服と一緒に持って帰って来た物の一つ。


「最近蓮兄さんにちらっとだけど見られてる気がする…」


 前まではそんな事無かったのに、お姉ちゃんと別れたから少し意識して貰えているのかな。いや、私が距離詰め過ぎなのかも…昨日の夜も一緒に寝るのが出来ないからって抱き着くのは流石にやり過ぎだよね…今思い出すとまた顔が熱くなる。


 髪で顔は見えないようにしてるけど、私表情に出やすいから変な顔になっちゃってたかも。髪を伸ばし続けてるのも蓮兄さんとお姉ちゃんが楽しそうにしてる所を見て、不機嫌になった顔を見られたくないからって理由だし。


 あれ、もしかして今なら髪切っても良いのかな。いやいや、急にイメチェンなんてしたら「髪どうしたの?」って聞かれて「蓮兄さんに意識してもらえるように」とか言ったら引かれるちゃうかも。でも、逆に「ただの気分です」とか適当に返したら、興味なくなっちゃうだろうし…それはそれで悲しい。


 はぁ、私ってめんどくさいな…やっぱり変にイメチェンするより今のままでいいよね。良いように捉えて貰えるかもしれないけど、ただの理想論でしかないし。


 こんな無駄なことを考えるのは辞めようと、頭を左右に振って思考を切り替える。


「明日は何をするのかな」


 蓮兄さん曰く、ベッド作りはゴールデンウィークに入ってから開始するみたい。まだどんなのが出来るのかも分かっていない。


「それに、遊ぶ約束もしてあるんだったよね」


 胸の上に置いているアヒルの頭を突つきながら、寝具専門店での事を思い出し呟く。


 蓮兄さんとどこかに遊びに行くなんて経験無いからどんな所に行くのが正解なんだろう。行く場所は私も決めていいらしいけど、そもそも蓮兄さんの事を私はあまり知らない。


 ここに来るまでアクセサリー作ってたりしてるのも初耳だったし、家具も作れるなんて凄過ぎだよ。


 私もたまにSNSで綺麗な物とか見ると何か作ってみたい気持ちが出て来るけど作った事はない。


「言ったら教えてもらえたりするのかな」


 蓮兄さんは優しいから教えてくれそうだよね。となると増々、お返しが難しくなっていく…


「何か明日からでも出来る物で…何かないかな。うーん」


 私は頭をフル回転させて考える。


「あっ!あるじゃん!」


 今の私なら別に変に思われない物でお礼にもなる事。


「よし!明日がんばろ!」


 また一つ蓮兄さんの為になる事を見つけた私は、気合を入れつつ晩御飯の準備をしようと浴室を後にするのだった。


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ここまで読んでいただきありがとうございます!


次回:第9話 前まではそうだったかもしれないですね


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『ブラコン妹の親友が、妹に隠れて部屋にいる話』こちらも現在連載中なので気になればどうぞ!


https://kakuyomu.jp/works/16817330660041626971

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