第5話 今日帰り迎えに来てもらえないですか?

 夢を見た。


 あの日の夢だ。


 それは二年前、蓮兄さんとお姉ちゃんが付き合う前日の日。


 中学校に入学してからだろうか、学校の帰り何か視線を感じることがあった。私はその頃から他の子より胸が大きくて、同級生の男子からの視線も増え始めて付き合って欲しいとも言われたこともあったが、身体目的なんだとすぐわかるから絶対にハイなんて言わない。


 特に嫌だったのは大人の人からの気持ち悪い視線。そのせいで昔から男性の事を敵視するようになり、苦手になっていた。その頃は男性だからと言う偏見で蓮兄さんの事だって嫌いだったと思う。


 でも、あの日を境にその気持ちは真逆の物へと変わっている。


 あの日は日直で、いつもより遅く帰ることなったのだけど最近感じる嫌な視線を身に纏いながら家に帰っていた。でも、


『あ、シャー芯買わないと無いんだった』


 その日切れたシャーペンの芯のことを思い出し学校から近くのコンビニへと足を運んだ。


 家から少し離れたところにあるこのコンビニは夕方になると人気がなくガランとしている。無事、買い物を済ませ店を後にすると時刻は18時を回っていた。


 まだ春初めもあり、辺りはもうすでに真っ暗になった中私は一人家に帰る。


 そんな帰り道、私は少し違和感を感じ始める出来事が起きた。


 それは後ろから私の事を付けて来るような足音が聞こえてきたのだ。始めは気のせいかなと思っていたけど、足を速めても足音は遠ざからなくて…凄く怖かった。


 でも、このまま真っすぐ歩けば正面に家が見えてくる。私は少しほっとして歩みを進めるのだけど、家まであと少しの所にある踏切が下がってしまった。どうしようもなく不安な気持ちになり体が自然と震えたのは今でも忘れない。


 多分大丈夫、きっと汽車が通り過ぎる頃には…そう信じ踏切まで歩いていると。


『あれ、真凛ちゃんじゃん。今帰り?』

『あ、どうも…』


 踏切までの道にある角でばったりと蓮兄さんに出会ったのだ。


 あの時はそっけない態度を取ってしまったけど、内心凄く安心した。蓮兄さんとその角で出会ってから先程までしていた後ろの足音が聞こえなくなったからだ。


『こんな時間に一人じゃ危ないから、家まで送るね』


 そう言って蓮兄さんは私の隣を歩き、家まで送ってくれた。


 蓮兄さんにとってそれは当たり前の行動で、何気ない行動だったのも知っている。けどこの時から私は蓮兄さんを事を意識するようになったのだと思う。


 蓮兄さんは私がどんなに酷い態度をとっても距離を取ったり、変に意地悪をしたりなんて事はしてこない。むしろいつも優しくて、そんな蓮兄さんが他の男の人とは違うように感じた。


 初めて大丈夫な男の人に出会った気がして、その日寝る前にもしかしたら蓮兄さんとなら…そんな幻想を思い描いていた。


 けど、翌日にお姉ちゃんから蓮兄さんと付き合い始めたと聞いて、胸がぎゅっと痛んだ。その時までお姉ちゃんとは仲が良かったけど、蓮兄さんを取られた気がして話さなくなり、今では連絡を送り合うだけの関係になっている。


 それから二年、蓮兄さんとは帰り道にたまに会う事があり、感じる視線も減ってきた。

 私はお姉ちゃんと付き合っている事は知っていてももっと蓮兄さんと仲良くなりたくて頑張って普通に話せるくらいにはなれたと思う。


 自分の部屋にいる時のお姉ちゃんと仲よく話している蓮兄さんの声を聞いていると気分は落ち込む一方だったけど、ずっとそれでいいと思っていた。


 昨日までは。


「チャンスはあるよね」


 見慣れない部屋をいつもと違う布団を左肩に感じながら誰に向けるわけでもなく呟く。


 寝る前は気づかなかったけど、抱きしめている枕から蓮兄さんの匂いがしてくる。まるで一緒に寝ているみたいで、少し鼓動が早くなるのを感じる。


「はぁ、いつかこうやって…」


 そう呟き、私は枕を強く包み込むようにして抱きしめた。



*****



「さん…兄さん…蓮兄さーん!」

「ん…?あれ、真凛ちゃん…」


「早く起きてください。朝ですよ?」

「ふぁぁ、今何時なの?」


「今、朝の7時です。そろそろ朝ご飯食べないと遅刻しますよ?」

「マジで!?」


 目が覚めるとそこには白い制服に紺色のエプロン姿の真凛ちゃんが立っていた。


 昨夜は床にクッションを枕代わりに寝ていたから体が痛い。


 身体を起こしカウンターキッチンの上に吊るしてある落ち着いた色をしたダークオークの時計を見ると、真凛ちゃんの言う通り7時を短い針が刺している。


「ふぁぁ、まだ眠たいわ。あと身体痛い」

「だから昨日言ったのに。馬鹿なんですか?」


「目覚めの罵倒は初めてだよ…でもまぁそうだな、昨日は素直に一緒に寝るべきだったかもな」

「っ!…そ、そうですよ…?」


 冗談で俺は言ったのだが、なぜか俺から顔を背けてそう返してくる。


 まぁ一緒に寝るなんて今の所ありえないけど。


「あ、そんな事より朝ご飯作ったんですけど食べますか?」

「うん、食べようかな。ありがとね作ってくれて」


「いえいえ、私は泊めさせてもらっている立場ですから。これからは家事全般私がやってもいいんですよ?」

「いやいや、それは流石に申し訳ないよ。仕事の忙しいときは頼むかもしれないけど、普段は俺もやるから」


「遠慮しないでくださいよ、私家に居てもやる事少ないですし家事が趣味の一つみたいなものですので」

「そ、そうなの?負担にならない?」


「全然?頼って貰った方が私としても、住まわせて貰うお返しになると思いますし。体調が優れない時は事前に言いますから安心してください」

「わかった。そこまで言うなら、お願いしようかな」


 そう俺が言うと、ふふんっ満足そうに鼻を鳴らし両腰に手を当てている。頼られるのがそんなに嬉しいのだろうか。


 年下の女の子に頼るのは気が引けるが、自分からやりたいというなら変に断らない方が良いだろうし、正直家事は得意ではないから助かるんだよな。


 昨夜のオムライスだって美味しかったし、これから毎日美味しいご飯が食べられると思うと悪くないかもしれない。


 でも無理はさせてはいけないよな、週に数回は俺がやる日を作っても大丈夫かな。まぁそれは朝ごはん食べながら話せばいいだろう。


 そう思い、俺は着替えたり顔を洗ったりをして真凛ちゃんのいるダイニングへと戻って来た。


「おかえりなさい蓮兄さん、朝はサンドイッチです!一緒に食べませんか?」

「うん、ありがと。いただくよ」


 俺は真凛ちゃんの対面に座り、朝食のメニューを改めて見るとトーストサンドイッチだった。


 入ってる具材としては千切りキャベツにハムを乗せマヨネーズを掛けた物で、自分の冷蔵庫に唯一在る食材だ。


 二枚の食パンを使い、包丁で綺麗に四等分されているので食べやすい。


「美味しいよ真凛ちゃん。ほんとにありがとね作ってくれて」

「いえいえ、喜んで頂けて私も嬉しいので」


 そう言う真凛ちゃんは本当に嬉しそうに口許を緩めると一緒にサンドイッチを食べ始める。


 何口か口に入れ咀嚼していると、真凛ちゃんが話しかけてきた。


「あ、蓮兄さん。今日帰り迎えに来てもらえないですか?」

「え?うん。布団買わないといけないと思ってたから、そのつもりだったけど」


「そうでしたか、私は冷蔵庫の中身が寂しすぎるので買い物に行きたいなと思ったんですよ」

「わかった。荷物持ちくらいにはなれると思うから」


「ありがとうございます!じゃあ、学校が終わる時間に連絡しますね…って連絡先交換してなかったですよね」

「あー、そう言えばそうだったかも、じゃあ交換しようか」


 これまで真凛ちゃんとは何度か会って会話することがあったけど連絡先を交換していなかったんだな。


 そもそもここまで関わる事も無かったわけだし、当然と言えば当然なのかもしれない。


 でも同居をして、連絡先を交換して…前よりも距離が近くなった気がする。振られたばかりだって言うのに、なんだろうこの気持ち…真凛ちゃんだからだろうか。


 少しだけ安心する。



*****



 時は過ぎ、放課後。


 今日も特に何かがあったわけではないが、朝に前の席の赤城せきじょう かなめと隣の席の南野みなみの とおるに幼馴染と別れたことを話すと凄い顔をして驚かれたくらいかな。


 この男子生徒二人は俺のこの学年唯一の友達で高校から知り合ったのだけど、ノリが良くて一緒に居て楽しいのだ。


 要は明るい茶髪に染めてある髪を簡単にセットして学校に来ているのだけど、それだけでもモテる容姿をしている。ぱっと見、陽キャの部類に入りそうだが女性経験が無くいつも女子を前にするときょどったり俺の背中に隠れたりするような奴だ。


 こいつが好きなのは女子ではなく男の娘だと聞いたときは驚いたが、人の好みにとやかく言える人間ではないので黙っている。


 そして右隣に座る徹は俺と同じ黒髪でショートボブの低身長の美少女…いや、美少年。顔は童顔で女の子と間違えられるのでは?そう思ってしまうほどに可愛い見た目をしている。しかも趣味が女装という事もあり学校の制服もスカートを履いて登校しているのだ。


 そんな二人は、俺と後輩友達には教えてくれた秘密で。どうやら付き合っているらしい、見た目はお似合いなのだがBLと考えると受け入れがたいものがある。


 別に偏見があるとかでは全くないのだが、クラスで唯一の友達二人がそう言う関係というのはあまり考えたくない。


「蓮くん辛かったらボクにいつでも言ってね!」

「そうだぜ、徹ちゃんの言う通りだ。何ができるか分からないが慰め会くらいは開いてもいいしな」


「おお!要くんいい案出すね!今日でも3人でカラオケ行こうよ!」

「今日は…ちょっと用事があるんだ、ごめん。だからまた今度でも頼もうかな」


 そう言った俺に二人は何かを察したようで「頑張れよ!」「頑張ってね!」となぜか応援される始末。


 今からただ、買い物に行って布団買うだけなんだけどなぁ。そう思っていると、『学校終わりました、校門で待ってますね』というメッセージが送られてきた。


 まだ時間としては余裕はあるが、布団選びに時間がかるかもしれない事を考えると少し急いだ方が良いかもと急ぎ足で真凛ちゃんの待つ中学校へ向かうのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきありがとうございます!


次回:第6話 蓮兄さんは大丈夫です


応援、☆☆☆レビューよろしくお願いします!励みになります。


『ブラコン妹の親友が、妹に隠れて部屋にいる話』こちらも現在連載中なので気になればどうぞ!


https://kakuyomu.jp/works/16817330660041626971

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