第16話 また明日も

 真凛ちゃんの彼氏になった俺は手を繋ぎ下着選びを手伝っている。まぁ彼氏と言っても護衛としてだけどな。


 今だけという制約の元、ランジェリーショップに入って来たのだけど、彼氏役という立場が何処までしていいのか分からない。


 真凛ちゃんから手を繋いできていると言う事は、パッと見カップルに認識してもらえるくらいの行動がベストなのだろうか。どうして俺がこんな事を考えているのかというと、


「蓮兄さん、私にどれが似合いそうですか?」


 付き合ってもいない女の子の下着を選ぶのは彼氏役護衛の役目なのだろうかと悩んでいたからだ。


 うん、考えなくてもダメだろう。そもそも、付き合っていた六花ですらこんな提案してこなかったぞ。


「えっと自分の好みで選んだらいいんじゃないかな」

「えー、せっかく蓮兄さんと来てるのに勿体ないです」


 何が勿体ないんだ?と思うが、人の意見を聞いておきたいと言う事なのだろうか。お洒落が好きな子は見えない所にも力を入れるのか、感心してしまうな。


 真剣に考えていると言う事なら俺もそれ相応の返答をしないと失礼に当たってしまうだろう。まず考えないといけない事は、何を重視しているかだ。


 部屋着の場合ゆったりしている方が着心地が良いだろうし、運動したりする時などはずれない様な物が良いだろう。


「真凛ちゃんは何用で買うの?普段着用?」

「いえ!勝負下着です!!」


「なぁ真凛ちゃん?」

「じょ、冗談ですよ…だからそんな目で見ないでください」


「ごめん、怒ってるわけじゃないけど場所が場所だからね、考えて物言って欲しいかな」


 たまに真凛ちゃんは声を張るので店員さんや他のお客さんから視線が痛い。今は彼氏として役目を果たしているが、正直な所早くここから出たい一心だ。


「ち、因みに蓮兄さんの好みってどれですか?」

「好みね」


 好みと言われても困るな。ブラジャーの好みなんて考えた事が無かったからというのもあるが、ここで好みを言って真凛ちゃんに変なイメージを植え付けられるのは恥ずかしい。


 だが、とりあえず答えないといけない。そう焦っていると繋いでいる右手をにぎにぎしてくる。


 早く答えろと言う事なのだろうか、でも急かすなら口で言って欲しい、ただ可愛いだけなのよ。


「じゃあ取り敢えずこれとか?」

「ふーん、蓮兄さんはこういうのが好きなんですね」


 とりあえず選ばないとと思い、目の前にあった白いレースの入ったブラジャーを指差した。俺的には変な印象を持たれないように、他の物よりもシンプル且つ無難に白にしたんだけど、真凛ちゃんの反応がイマイチ分からない。


「ちょっと試着してきますね」

「え、真凛ちゃん自分で選ばないの?」


「あー、彼氏が選んでくれた物をまず着ないと!」


 役だけどね?そう言おうとした所で真凛ちゃんは繋いでいた手を放し俺が選んだ物を手に持つと、近くに居た店員さんの元へ行ってしまう。


 真凛ちゃんが目の前に居なくなってふと繋いでいた手を見る。先程までの温もりが徐々に無くなっていく感覚に少し名残惜さを感じてしまう。


 今はただの役なのに、まだ繋いでいたかったなんて言えるわけがないよな。


 そんな事を考えていると試着室を借りに行っているのかと思っていた真凛ちゃんが、暫く店員さんと何かを話して此方に戻って来た。


「あれ真凛ちゃん、試着しに行ったんじゃないの?」

「あ、えっと…その」


 恥ずかしそうにする真凛ちゃんは少し俯くと小さな声で「しゃがんで下さい」と言って来た。俺は意味が分からず指示通り少し屈むと耳元に顔を近づけて来て囁いてくる。


「その、サイズが…合わなかったので、変えて貰ってました」


 それを聞いた俺は屈むのを辞め顔を覆うように手で隠した。

 分からなかったからとはいえ、少しは察するべきだ。気まずさが押し寄せて来る。


「…なんかごめん」

「い、いえ…」


 軽く謝罪はしたが状況は変わらないので今すぐにでもこの場から離れたい、そう思ってしまうが護衛の任務を放棄してまで逃亡を図る訳には行かない。


 こういう時年上の俺が気の利いた言葉を言わなければ…でも、なんて言えばいいのだろうか。以前まで気にしたりしてなかったのに、今は少しだけ怖いと思ってしまう。


 だが、この物凄く気まずい空気を破ったのは、真凛ちゃんだった。


「蓮兄さん、気にしないで下さい。それよりも試着しに行くので付いてきて欲しいです」

「う、うん」


 そういうと俺の手を握り、お店の奥へと連れて行ってくれる。情けない、今回も真凛ちゃんに助けられてしまった。


 真凛ちゃんを拾ったあの日から、朝は起こしてくれるしご飯も作ってくれる。たまに口が悪くなる事もあるけど、傷つける為に言ってるんじゃないと分かるからその温かさがとても有難い。


 今だって真凛ちゃんと手を繋げて嬉しいと思ってしまう。

 何かが少し満たされるような、胸に開いた穴が徐々に塞がっていくかのように…



 ∩ ∩

(・×・)



「真凛ちゃん他のも試着しなくて良かったの?」

「はい、付けた時の締め付け具合とか問題なかったので」


「し、締め付け具合って。俺はデザインのこと聞いたんだけど…」

「あっ…そ、そうですよね!大丈夫です気に入ったので!」


「そ、そうなんだ」


 蓮兄さんとデートしてるのが嬉しすぎて、つい変なこと言ってしまった。だって今は彼女で手も繋いでる。好きな人とこんなにも距離が近いと気分が高揚するのも無理はない。


 買い物を済ませたから、この後は作業に戻る。ランジェリー専門店を後にした私たちは入り口まで歩き軽い雑談を交わしていた。


 作業に戻れば、もうこうやって手を繋ぐ事も無いのかな。今だけと言ったあの時の自分に勇気が出せたと褒めてあげたいけれど、終わりが近づくと今日だけと言ってしまえば良かったと、そして明日もと関係がずるずる続けばと考えてしまう。


 このまま歩けば、左手を優しく握ってくれる蓮兄さんとの彼氏彼女ごっこも終わってしまう。一言、好きだと言ってしまえばごっこを本物に変えられるかもしれない。


「れ、蓮兄さん」

「ん?どうかした?」


 足を止めて隣にいる蓮兄さんを見上げる。

 勇気を出すんだ。あと一歩、その一歩を踏み出せば…


「私…蓮兄さんの――こ…と」

「真凛ちゃん?」


 続きを言おうとした所で背筋が凍るような嫌な視線を感じ言葉を詰まらせた。


 呼び止めた私を蓮兄さんは不思議そうに顔を傾け見て来る。


 いつもなら見詰められるだけで恥ずかしくなり、顔を逸らしてしまう。でも今は違う意味で蓮兄さんの顔を見れない。唇が微かに震えているし、鳥肌も凄いから心配されてしまう。


 私は蓮兄さんの呼びかけに答えず、視線の感じる後ろの方をゆっくりと呼吸が少し荒くなるのを感じながら振り返る。


「お姉ちゃん…」

「え?…ほんとだ」


 私はお姉ちゃんが見え、つい呼んでしまった。すると隣から私と同じく振り返ったのかそんな声が聞こえて来る。2人組のカップルが仲良く買い物をしていた。一見するととても仲が良く見えるが、お姉ちゃんの隣に居るその人は…


「真凛ちゃん」

「は、はいっ!」


 お姉ちゃん達を遠目から見ていると急に蓮兄さんに名前を呼ばれ、少し肩が跳ねてしまう。蓮兄さんはいつの間にか離れてしまっていた手を再度握ると私の顔を見て口を開く。


「今日はこのまま帰ろうか」

「へ?」


 私は予想外の事を蓮兄さんに言われ、変な声が出てしまう。この後はベッド作りを再開させるのにどうしてだろうか。

 

「…どうしてですか?」


 私は良く分からず、意図を尋ねるように聞く。すると蓮兄さんは握っていないもう片方の手も握り答えてくれた。


「真凛ちゃんの手、震えてるよ」


 頑張って隠しているつもりだったけど、バレてしまったようだ。

 蓮兄さんはまだあるのかそれに…、とお姉ちゃん達を横目で見て続ける。


「それに…今見つかる訳にはいかないからね。まだ真凛ちゃんには俺の傍に居て貰わないと」

「え…」


 私は蓮兄さんの言葉に呆気と取られていると蓮兄さんは片方の手を離し、さっきと同じように歩き出す。少し速足で、お姉ちゃん達から逃げているようにも思える。


「あっ」


 歩幅が違うせいで暫く歩いて居ると自然と手が離れてしまった。


「ごめん真凛ちゃん、早かったよね」

「い、いえ。大丈夫です」


 運動不足か少し荒い息を整え後ろ振り返ると、もうお姉ちゃん達の姿は見えない。ホッと胸を撫で下ろし前を向き直すと、蓮兄さんは右手をこちらに差し出していた。


 もう既にお店は出ているし、蓮兄さんにとって彼氏役はする必要はないのに。でも今だけはその手に触れたくて左手を伸ばす。


「帰ろ、俺たちの家に」

「…はい」


 そう小さく返事をして手を握る。私よりも一回り大きいその手には小さく固い豆があって男らしく、とても頼もしく感じた。


 また明日も繋げたらいいな。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきありがとうございます! 


第一章 繋げたらいいな 完結です


次回:第17話 蓮兄さんが付けてくれませんか?


応援、☆☆☆レビューよろしくお願いします!励みになります。


『ブラコン妹の親友が、妹に隠れて部屋にいる話』こちらも現在連載中なので気になればどうぞ!


https://kakuyomu.jp/works/16817330660041626971

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