センスが解決

「プレゼントには押さえなければならない三つの点がある。分かるか?」


「相手が欲しい物を渡すじゃダメなのか?」


「ダメとは言わないが、それで選べないって言ってるのはお前だろ」


「なんか、すみません」


 俺の様子に呆れるとグイッとグラスを傾けて飲み干し、赤くなった顔を近づけてくる。


「相手を楽しませられるエンタメ性、相手の予想を上回る意外性、そして、相手の好みや趣味に合わせた関連性だ。最低でも二つを満たしていれば、俺はいいプレゼントになると思っている。もちろん、気持ちを込めるのは大前提だがな」


「値段とかは考えるべきなんじゃ…」


「そのくらいは自分で考えろ」


 合わせて五つじゃないかと思うが、そんなことを言ったところで酔っ払った佐藤が聞く耳を持つわけがない。


「まあ、俺の弟に頼めばエンタメ性と意外性は担保されるだろうな」


「さすが佐藤の弟だな」


「ああ、人脈の多さは俺の五倍以上はあるだろうな。なんでも手に入ると思うぞ」


「なんでもって――」


「メイド服とか? バニー、ナース、スク水、逆バニーとかも――」


「そんなの渡したら余計に嫌われるだろ…………逆ってなに?」


「くくっ。逆ってのはな、要するに見えている部分と見えていない部分が――」


**


 余計な事まで思い出してしまった。


 凛へのプレゼントを相談した時、行きつけのバーでベロンベロンになりながら佐藤が教えてくれた“プレゼントの必勝法(笑)”。


 あの人に相談すれば、良さそうな物は手に入りそうだが、そこまでのことでは無いような気がする。


 プレゼントを何にするかは置いておくとして、今はガラス越しの女の子に集中しよう。


 緊張と期待でドクドクと高鳴る心臓。


 ガラスにできるだけ近づき、様々な角度からじっくりと観察する。


 二枚も溶かしたからには絶対に損をしてはいけない。


 その思いが棒を握る力と女の子への執着を強くする。


 約20分に渡る長期戦のせいで滑る右手を必死に動かし、ついにその時は訪れた。


「隣いいですか?」


 ガコンッ!!と音を立てて箱が落ちると同時に後ろから声が掛かる。


 わざわざ声を掛けるということはこの台をやりたいのだろうか。


「すみません、退き…………サボりか?」


 電話越しで使うような取り繕った優しい声で応対しようしたが、後ろにいたのは気の知れたイケメンだった。


「今日は顧問が出張行ってるから、部長が彼女とデートしたいってオフにした」


「なんだそれ」


 イケメンは俺に構うことなく、俺が頑張っていたバニーちゃんではなく、隣のメイド服を着たフィギュアを獲得すべく百円玉を入れ、慣れた手付きでクレーンを動かし始める。


「今回も顧問に感謝されたぞ」


「ちょうど半分だったからな」


 クレーンの操作に集中しているせいか反応が薄い。


 今回の期末テストで健は順位を大きく上げた。


 健自身が進んで勉強した結果なので十分な成果ではあると思ったが、彼にとっては満足のいく結果ではなかったらしく、順位を見て顔をしかめていた。


「テスト期間中は聞かなかったけどさ、何かあったのか?」


 健の勉強への熱意を切らさないために敢えて聞いていなかったが、傍から見ていても異様なほどだった。


 クラスの連中もそれを実感しており、男子からは揶揄いや驚愕の声が、女子からはこれを機にお近づきになろうと勉強会のお誘いなどの声が上がっていたほどだ。 


「特に何も。ただ、将来考えたら勉強しないとな〜って」


「バスケは?」


「高校までのつもり。俺より上手い奴ばっかで現実見えてくるって感じだな」


「そっか……」


 健が将来に対して向き合おうとすることに感心する一方で、バスケを辞めるという発言は残念だった。

 

 まだ一年生なのだから……と思うが、プレイヤーにとってプロになることに果てしなく高い壁を感じているのかもしれない。


「それは?」


「あぁ…………景品で手に入ったんだよ。入口で抽選会やってただろ?」


 学生用鞄とは別でピンク色の紙袋を持っていた。


 少し戸惑っているように見えるのは女性物の景品が当たってしまったからだろうか。


「それにしても、悠誠が一人でクレーンゲームやってるのは珍しいな」


「クリスマスイヴにクラスで集まることになっただろ。それのプレゼント何にしようか迷ってたら、ここにいた」


「悠誠らしいな」


 終業式がクリスマス・イヴと重なっていることから、教室を借りてクラスでクリスマス会をしようということになった。


 参加自体は任意によるものであったが、ほとんど全員が参加することとなった。


 下心によるものが大きいだろう。


 俺は断ったのだが、由依から『私に何をされてもいいなら』と脅されたので行かざるを得なくなった。


「なあ、千円以内に取れたらいいんだよな」


「遠足のおやつかよ」


「デケェお菓子取りに行こうぜ」


 メイドちゃんを早々に諦めた健は巨大なパッケージが目を引くお菓子コーナーへと向かう。


「神崎さんと何かあったか」


「……なにもないよ」


 予兆もなく問われたせいで言葉が詰まる。


「嘘つくなよ。どう見ても何かあっただろ。あの二人は誤魔化せるかもしれねぇけど、俺はそんなに甘くないぞ」


 あの勉強会以来、神崎さんと話すことは無く、それに伴ってナギちゃんや蒼井さんとも疎遠になっていった。


 自分の選択に後悔はない。


 けれど、寂しいなと思ってしまう面倒くさい自分がいる。


「……もう少し素直になってもいいんじゃないか?」


「お前に言われてもな」


「俺の場合は嫌な目に遭ったけど、その経験のお陰で判別できるようになったからな」


 判別という言い方にひっでぇなと突っ込みたくなるが、彼の人生を考えれば妥当な発言だと認識できる。


 経験を積むことが大事だということは佐藤を見ていたからわかる。


「それでも俺はいいかな」


「……まあ、悠誠が決めることだからな。俺が口出しすることじゃなかったな」


「……遠回りに考え直せって言ってんだろ」


 「え〜?」とすっとぼける健の肩を軽く殴る。


「ありがとな、気遣ってくれて」


「幼馴染なんだから当然だろ」


 健がちゃんと良いやつに育ってよかったなと思いながら、目の前のお菓子に集中する。


 千円以内で取れなかったが、もちろんクリスマス会のプレゼントとして持っていくことにした。



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