まっすぐ生きる
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ
見える、見えるぞ。
敵の攻撃をパリィし、渾身の一撃を放つ。
極限まで研ぎ澄まされた集中力は相手の一挙一動に反応し、これまでの激戦の記憶と積み重ねてきた努力によって肉体は反射的に最善を選択する。
あと一撃もらったら確実に死ぬ。
それは相手も分かっているようで、受け身を取りながら隙を窺っている。
この確変状態がいつまで続くか分からない。
速攻で決める!!
前へ前へと突っ込む俺に対して敵が選択したのは崖際での投げだった。
敵の投げの威力は低く、俺を場外に落とす程度。
相手は追撃しようとこちらに迫ってくるが、そのタイミングで攻撃を合わせればいいだけ。
余裕で復帰できると思っていたのだが…
ビキーーッッ!!
「カウンターじゃいっ!!」
最後の一撃を与えるカットインが入り、俺が使っていたキャラは場外へ吹っ飛び、そのままゲームセット。
「惜っし〜!」
「いける気したんだけどなぁ…」
「正しいよ。実際、逝ってるわけだし」
煽ってくる智也だが、彼もゲージが赤くなっており、倒れる寸前だった。
そんな状況で対戦相手の俺を褒めもせず、貶してくるとは……まあ、俺もよくやるから何も言えないけど。
「しゃあねぇな。俺が仇取ってやんよ」
「頼んだぞ……国の存亡は、健、お主にかかっている」
「ゲームで滅ぶ国はやべぇだろ」
こうして健と智也のタイマンが始まった。
パーティ系の格闘ゲームとして有名なスマッシュフレンズ、略して《スマフレ》で俺たちは遊んでいる。
カジュアルな格闘ゲームで、一つ間違えればその名の通り友達をなくす可能性がある最高のゲームだ。
二十時から通話を始めて、健、智也、小林の四人で対戦をしていたのだが、いつの間にかタイマン最強を決める勝ち残りへと変わり、小林がトイレに行ってから一時間が経過している。
現智也が五連勝中で、今は健と戦っているのだが、 智也の方が優勢のようだ。
これ以上勝って調子に乗らせたくはない。
だが、観戦中の俺が試合に手を加えることはできず、外野から文句を言うことしかできない。
さて、どう崩そうか。
ここで思いついたのは智也と言えばのものだった。
「ここ勝ったら、蒼井さんも惚れるだろうなぁ」
俺が蒼井さんいじりをすると、すぐにプレイがガタつき始める。
「うるせぇ!別に好きじゃねぇし」
「蒼井さんってクールで美人で智也が好きな要素しかないもんな」
「好きじゃない!」
「そっか、大好きだもんな」
「そのバカップルみたいなのやめろ!それで、俺は蒼井のことは好きじゃない!」
口ではそう言っているが、プレイはどんどん荒くなり、焦って大振りの技を使ってしまっている。
それに反して健は一切喋ることなく、その隙を突いて冷静にコンボを繋げていく。
その後も俺による蒼井いじりは続き、その結果――健の勝利となった。
「悠誠、黙ってろよ。これじゃあ、俺がお前の援護なしじゃ勝てないみたいだろ」
不満そうに笑いながら勝者の余裕を放っている。
「だよな、じゃあもう一回だな」
「それとこれとは話が違うな。悠誠やるぞ」
「うぃーす」
お前らー!!と文句を言う智也を放って、俺と健によるタイマンが始まった。
それがさらに智也の機嫌を悪化させる。
「お前らは好きな人いねーのかよ!」
「蒼井が好きってのは認めるのね」
「うっせえ、だまれ」
智也が蒼井さんのことが好きなのは、彼の行動からなんとなくそうかな〜とカマをかけた時から俺たちの中で共通の認識となっている。
実際に、中学の時から好きという話も聞いたので間違いないだろう。
「健はエマちゃんだろ」
「可愛いとは思うけど、別にな…」
「こいつはかなり特殊だからな」
含みを持たせるように特殊という言葉を使うと、健は呆れたように溜め息を吐く。
「俺を変態扱いすんなよ」
「話聞いた限りじゃあ、好きになるのも難しいよなぁ。なんか、ゴメンな」
智也が謝るのも無理はない。
この手の話を健に振るのはタブーに近いからだ。
健はクラス1のイケメンだ。
スポーツ万能の長身で顔もいいとなれば、女は自然と寄ってくる。
まさに、少女漫画の王子様といったところだ。
それゆえに彼は女が苦手になった。
中学生の頃、健に初めての彼女ができた。
俺に自慢してきては惚気話を繰り返していたのだが、一週間もすると彼はしおれていた。
話を聞くと別れたらしい。
なんでも、彼女からの要求に耐えきれなかったらしい。
中学の頃から身長が高く爽やかイケメンだった健は王子様としての対応を強要されていたらしい。
初めての彼女を相手にスマートにエスコートしろと言われたり、気が利かないとがっかりされたり、王子様っぽい甘い言葉を要求されたりしたらしい。
それから三人の彼女ができたが、全員求めてきたのは王子様。
特に最後の子は別れる際に監禁しようとして問題になった。
その時は俺もヤバい彼女だって聞かされていたので、近くで待機しながら様子を伺い、警察の力も借りてなんとか大事にはならなかった。
その一ヶ月後にはその子は新しい彼氏を作ったので健への執着は無くなったのだと安心することはできたが、健の女性に対する警戒心は強くなった。
その一件以来、健が彼女を作ることはなかったが、女子に対して冷たくせずに分け隔てなく接している姿を見ていると、強いなと尊敬してしまう。
「マジで二次元しかないんじゃね?」
「それは俺も感じてるんだよなぁ」
智也の発言に同意する健だが、ネタとは言い切れない。
事件があってから健はバトル系よりアイドル系の作品を多く見るようになった。
三次元のアイドルも応援しているようだが、幼馴染の俺が見る限りでは二次元に偏っている。
「なら、なおさらエマちゃんだろ。二次元並みにかわいいし、日本語勉強中って言ってたけど俺らより全然上手いし」
「ガチで上手いよな、あの人」
日本語勉強中と最初に挨拶していた樋口さんだが、ネイティブ並みに流暢な日本語を話している。
大人数との会話にはまだ慣れていないようで、時々、神崎さんに頼ってイタリア語に翻訳してもらっていた。
「そういえば、エマちゃんと神崎さんと飯食ってただろ」
「まあ、うん…」
急に飛んできた話題に気の抜けた返事をする。
「なんだよ、その微妙な返事は。なんでお前が呼ばれたんだよ。俺たちを誘うっていう気遣いはなかったのか?それとも、美女二人を独り占めしたかったのか?」
「そんなんじゃねぇよ。ただ……」
実際、何も考えてなかったからな。
二人きりだと思ってたし。
「忘れてたわ」
「うっざ!!」
「どうせ、緊張で喋れなくなるくせに」
「はぁ、お前!俺だって――」
通話越しではあるが、赤面して怒っているのが伝わってくる。
「まあ、許してやれって。捨てられてるんだし」
「語弊しかないだろ、それは」
健の言う通り、火曜日から二人と昼食を共にしていない。
理由としては俺がいることで二人に迷惑がかかる可能性があるからだ。
実際に、俺が二人と一緒にご飯を食べているのを見た先輩たちから調子に乗んなと釘を刺されたり、同級生の陽キャから俺が二人の弱みを握っているクソ野郎だと冤罪を着せられたりした。
まあ、そうなるだろうと予測できていたので昼食後に断りを入れて、俺から抜けたのだが……
「で、悠誠はどっちなんだよ?」
「なにが?」
「エマちゃんと神崎さんのどっちなんだって話」
俺のターンが来たようだ。
「なんでその二人なんだよ」
「今週ずっと見てただろ」
「俺らが話しかけてもずーっと見てたくせに」
彼らの言う通り、この一週間、俺は神崎さんを観察していた。
それは神崎さんが凛のような気がするからだ。
神崎さんの完璧超人ぶりからそう推察したが、引っかかっている点がある。
それは神崎さんがギャルということだ。
凛は他人に対して必要以上にコミュニケーションを取ることはなく、クールなイメージが強い。
それに対して神崎さんは誰にでも愛想を振り撒く陽キャだ。
どうしてもそこに乖離が生まれている。
「クラスの人気者と俺たちとでは天と地の差があるからな」
「そんな卑下すんなよ」
「健に言われてもな~」
高身長イケメンに同情されても嬉しくはない。
智也による僻みの呪言が始まるかに思えたが、健は明日も部活のようでもう寝ないといけないらしい。
「落ちるわ。おつかれー」
「おう、部活頑張れよ」
さてと、俺もそろそろ落ちるか。
そう思ってたのだが……
「やっば、めっちゃエロいグラドル見つけたわ」
送られてきた画像にはマイクロビキニにこぼれ落ちるほどのたわわに実った胸部が映っている。
ムチムチの太ももと手を前に置き、挑発的な上目遣いをしている様はものすごく……
「エロイな……」
「だろ!明日、写真集出るらしいぞ!」
「名前教えろ!検索する」
こうして思春期の少年らしくエッチなお姉さんを話題にしながら、戻ってきた小林を入れて三時までゲームをするのだった。
翌朝、俺は外に出ていた。
日曜日の朝から行動するのは珍しく、親にも驚かれた。
休日の午前中はずっと寝ている俺だが、睡眠欲に打ち勝ち、本屋に向かっている。
近所にも本屋はあるのだが、そこでは母親の友達が働いているので、ショッピングモール内の本屋へ行くことにした。
自転車に鍵をかけて、タオルで軽く汗を拭き取りながら入口へと歩いていく。
入口前の広場には大きな噴水とベンチが芝生の上に設置されており、イベント会場や待ち合わせ場所として使われており、子どもたちが走り回っている。
「お姉さんかわいいね。俺たちと一緒に遊ばない?」
このようにナンパをする輩もいるので、待ち合わせをするならショッピングモール内の喫茶店に入った方がいいだろう。
「いいじゃん!お友達も含めて一緒にさ。人数合わせするし」
「だから、興味ないって!」
チャラそうな金髪の男二人に囲まれているようだ。
このまま見て見ぬふりは後味が悪いので助けたいところではあるが、どうすればいいのか分からない。
「じゃあ、友だち来るまで一緒に待とうよ」
「肩触んな!」
「うひょ〜、俺気が強い女は大好きだよ」
絡まれている女性は怒りを隠さずにいるが、男たちは怯むどころか調子に乗ってからかっている。
女性も金髪で露出が多い格好をしているので、軽い女と見られても仕方がないだろう。
それにスタイルいいし、美人……ってマジかよ……
いままで気づかなかったのは制服の時とは違うポニーテールと大きなピアスのせいだろう。
見過ごすわけにはいかないよな。
俺は一度大きく息を吐き、走って彼女に近づく。
「天音!待たせてごめん!」
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