宝物
なんでここにいるのだろうか。
左に銀髪天使、右に金髪ギャル。
周りにはぐるっと囲むようにして、二人に熱い視線を送る者と、俺に「お前、誰?」という嫉妬の殺意を向けてくる者。
そして、手の内には色鮮やかなお弁当。
「あたしの手作りは嫌だった?」
事態を飲み込めずにいた俺に不安そうに聞いてくる。
「ごめん、ぼーっとしてた」
「アマネ、卵焼き美味しい!こんなに美味しいの食べたことない!」
「ありがとう♪」
なぜ、クラス1いや、学校1とも言えるであろう美女たちと三人でご飯を食べているのだろうか。
それは遡ること十五分前のこと――
昼休みのチャイムが鳴る、のと同時に目を覚ます。
体育後の世界史は先生の話がつまらないので子守唄を聴く会になっている。
もちろん、しっかり眠ってしまう。
いや、最初から寝る気でいる。
内容も知ってることがほとんどなのでテストに支障はなく、損があるとすれば、先生の機嫌を損ねて点を引かれることだろう。
まあ、一点だけなので満点を狙っていない俺からしたらどうでもいい。
イケメンもしっかり腕を枕に寝ている。
寝顔を撮られすぎたことで顔を机と水平になるようにして寝る癖がついたのは可哀想だが…。
「起立、礼」
室長が締めの挨拶をする。
こうしてると清廉された美人なんだけどなぁと由依を眺めていると、目が合い、笑顔を返してきた。
こっち見んなと目力で伝えてきている。
すみませんとアイコンタクトし、大人しく机に視線を落として枕にしていた授業の用意を片付ける。
「腹減ったーー!」
「飯行こうぜ」
いつも通り、智也たちが昼食の誘いに来た。
普段の俺ならこのまま三人で学食に行くのだが、今日は何にも代えがたい約束がある。
この約束のために俺は土日の宿題地獄を頑張ったと言っても過言ではない。
「ごめん、今日は別の人に誘われてる」
「は?誰だよ。俺等を差し置いて…まさか女じゃねぇだろうな」
「悠誠君ひどい!私たちがいるのに!」
裏声を出してぶりっ子彼女を演じる小林は友達である俺から見ても引いてしまうほどの仕上がりだった。
もちろん、気持ち悪いという意味で。
それ以上に彼らが冗談で言っていることが図星なだけに反応に困る。
「……じゃあ、今日は二人で頼むわ」
「かしこまり〜」
「悠誠は『宅ロス』見てねぇからちょうどいいわ」
「おう、二人でたっぷり語ってこい」
土日は宿題を終わらせることに全細胞の機能を集約させていたため、深夜アニメは見ていない。
彼らもそれを知った上で嫌味を言ったつもりなのだろうが、あれはあれでネタバレ絶対禁止派の男たちの優しさのようにも感じられる。
樋口さんの方を見ると、隣の神崎さんと話している。
その姿に目を奪われる男子も多く、当然自分も美人二人のやり取りを眺めている。
樋口さんは俺を見ると、気づいたようで、机の上を片付け始めた。
こんな可愛い子と一緒にご飯を食べれるのかと思うと、今更ながら緊張しだす。
なぜ、四限目に寝ずに心の準備をしなかったのかと自分を責めるが時すでに遅し。
「お待たせしました。行きましょう!」
「お、おう……」
すごく間抜けな返事だったと思う。
緊張からというのもあるが、戸惑いの方が大きかっただろう。
樋口さんの隣に不機嫌そうな神崎さんがいたからだ。
「神崎さんも一緒なの?」
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
聞いてないって……
二人きりだと思っていた分、がっかりではあるが、イタリア語を話せるから声をかけられた身である俺がいるのだから、神崎さんは呼ばれて当然なのだ。
むしろ、さっきのやり取りを見ていると俺が邪魔者のように感じられる。
「ごめん、先生への提出物あるから今日は抜けるわ」
「そうですか……それなら仕方ないですね……」
できる限り自然な用事を偽り抜けようとしたが、肩を下ろしあからさまにしょんぼりとする姿が俺に罪悪感を抱かせる。
「後でいいでしょ。あたしも出したいものあるし、一緒に行けばよくない?」
「おう、そうするわ。それなら間に合うと思うし」
「ホントですか!」
分かりやすく笑顔が戻る彼女に、もちろんと返事をする。
エマはそのまま嬉しそうに食堂に向けて歩きだした。
「ナイスフォロー、マジでありがとう」
「そう……どういたしまして」
素っ気なく返事をした後、取り繕った笑顔を返してきた。
誰にでも気さくで優しい彼女がこのような対応をするのを目にするのは初めてだ。
成績を競っている者としてライバル視されているのかもしれないし、生理的に受け付けられないのかもしれないが、俺のことが気に食わないのだろう。
二人の後ろをついていく形で歩いていると、髪色からしても相当目立つ二人なので、通り過ぎる人はついつい彼女たちの姿を目で追ってしまう。
そして、その二人の後ろを歩く俺に各々の不満を視線でぶつけてくる。
意外にも俺の心は強靭のようで何も感じない。
視線がうざったいが、見られてるなぁ〜っと思うだけ。
前世で慣れっ子だったのが大きいのだろう。
食堂につくと、昼食を取りに来た生徒たちでごった返していた。
円形のテーブル席にセルフサービスの水を持って行くと、当然、周りがざわめき出す。
食堂も廊下と変わらない。
美女二人が一緒にお昼ごはん。
そこにパッとしない陰キャ男子がいる。
それを気に入らない男子はもちろん、女子からも鋭い視線が飛んでくる。
あぁー、落ち着かねぇー。
神崎さんは机の上にカバンを置き、その中から小さな白色の弁当箱を取り出す。
「はい、これエマの」
「ありがとう♪」
どうやら神崎さんはエマに弁当を作ってきたらしい。
嬉しそうに両手でしっかりと受け取っている。
それほどまでに仲がいいのかと思うと、よりいっそう同じテーブルを囲むことが躊躇われる。
まあ、一緒に食べると言ったからには腹を決めるべきだろう。
とにかく、自分の分を買いに行かねば……
「買ってくるから先食べてて」
「あたし、お弁当作ってきたんだけど」
「うん、だから俺の分を買いに―」
「いや、斎藤くんの分も作ってきたから」
どういうこと?と言葉の意味を理解できずにいた俺の前に鞄から黒い大きめの弁当箱が出てくる。
弁当箱の登場に周りがどよめき、そこでようやく俺も理解する。
「エマに作ってきて斎藤君のがないのは可哀想かなって思って作ってきたんだ」
「……ありがとうございます」
俺はそのまま黒い弁当箱を自分の方に持っていって……
今に至るというわけです。
卵焼き、焼き鮭、きんぴらごぼう、ほうれん草のお浸し、タコさんウインナー、ご飯にごま塩が振りかけられており、手をつけるのがもったいないほどに色鮮やかできれいな弁当。
全男子が羨むであろう状況を前に俺は固まっていた。
だが、このまま手を付けないというのは失礼にも程があるし、何より体育のおかげで腹はペコペコだ。
「いただきます」
手を合わせて食前の言葉を呟いた後、箸で卵焼きをつまみ、口に運ぶ。
「うまっ」
口に入れた瞬間に卵と出汁の旨味が口いっぱいに広がる。
「でしょー」
「作ったのは樋口さんじゃないだろ」
「樋口じゃなくてエマって呼んで!」
コロコロと表情が変わる樋口さんに軽くツッコむとふふっと右から笑い声が聞こえる。
「すっごく美味しい。本当に樋口さんの言う通り食べたことないくらい……に…?」
「そこは言い切ってほしかったなー」
頬を膨らまして不満そうな姿に、僕は慌てて返す。
「いや……言い過ぎて嘘っぽいとか思われても嫌だなぁって思っちゃって…」
「ごめんごめん、ちょっとからかっただけだから気にしないで」
僕に笑いかけてくる。
先程の作った笑顔とは違う優しい自然な笑顔。
その可愛さに周りからも歓喜と嫉妬の声が上がる。
食べたことがない、そう口にしようとしたとき、ふと違和感を感じたのだ。
確かに神崎さんの作った卵焼きはこの上なく美味しい。
高校生レベルを遥かに超えている。
ただ、僕にとっては食べたことないほどではなかった。
自分が凛の卵焼きを食べていたのもあるかもしれない。
凛はとても優秀だった。
仕事だけでなく家事もそつなくこなし、特に料理に関してはプロ級だった。
お互いに仕事がある中で、平日は彼女が晩ご飯の準備をすることになっており、和洋中、イタリアン、フレンチ、エスニックなど様々なジャンルの多種多様な料理が出てきた。
どれも一流レストランと遜色ないクオリティで、少なくても四品は食卓に並んだ。
それを支えたのは台所の収納たちで、調理器具、調味料はともに百種を超えていた。
ある時、仕事で疲れているだろうし、そんなに手間かけなくていいよと言ったのだが…
「私が好きでやってることなので、お構いなく」
と表情を変えずに淡々と告げられた。
確かに、料理をしている彼女の顔は俺と話しているときより柔らかいものだった。
好きでもない俺との生活の中で料理を楽しみにしているのであれば邪魔をしてはいけないと料理中の彼女に話しかけるのをやめた。
そんな彼女の料理の中で一番多く食べたものは間違いなく卵焼きだろう。
シンプルなだし巻きから具入りのものなど飽きが来ないように工夫されてほぼ毎朝でてきた。
同棲してから初めての夕食に出てきたときは、あまりの美味しさに興奮して感想を思いつくままに言って引かれた覚えがある。
いままで食べたことないほどに美味しいと熱弁したんだっけな……
まさか!いや、そんなわけ……
もう一つの卵焼きを半分に分け、口に運ぶ。
…………うん、美味いな。
改めて食べた卵焼きは初めて食べたはずの神崎さんの手料理にも関わらず、懐かしさを感じずにはいられない代物だった。
また食べられるなんて……
それからは箸を止めることなく、弁当を食べ尽くしていった。
焼き鮭ときんぴらごぼうは米に合うように味が濃く、ほうれん草のお浸しはとても優しい素材そのものの味を感じられる。
「そんな急いで食べなくても……」
「美味しいから仕方がないです。私ももう食べ終わりますよ」
「速くない!?あたしが遅いだけ!?」
「アマネはたーんと召し上がってください」
「ちょっと違うよ、それ」
二人の仲良さそうな会話を聞きながら米を平らげる。
そして、最後に残しておいた卵焼きの半分を食べ、手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。お口に合いましたか?」
「うん!すごい美味しかった」
「ユウセイの言うとおりです。婆ちゃんのご飯より美味しいです!」
「それ聞いたら、お婆ちゃん泣いちゃうよ?」
「大丈夫です!婆ちゃんはハガネの女ですから」
「なにそれ?」
鋼の女ってなんだよと思いながら、神崎さんの顔を見る。
表情豊かに笑いながら話す姿からは想像できないが、そうとしか考えられないよな。
この会話だって何回も繰り返した。
成績優秀なのも、イタリア語を話せるのも、運動神経がいいのも、料理が上手なのもそうとしかもう思えない。
この超人ぶりで他人の空似はありえないだろう。
間違いない、神崎さんは凛だ。
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