銀髪の天使

「というわけでみんな仲良くしろよ。で、席はそこの金髪の隣な」


 クラス中が彼女に釘付けになっていた。


 神崎さんの席についた樋口さんの方を皆見ている。


 樋口さんは隣の神崎さんと話しており、学年一の美女と転校してきた天使のツーショットにクラスの大半が釘付けになっていた。


「宿題集めたら帰っていいぞ。数学は居残りがあるから、来なかったやつは家電いえでんだぞ。そんじゃ、室長」


 呆けている生徒たちに咳払いをして、注意を引かせた後、気だるそうな目で由依を見る。


「起立、礼!」

「そんじゃ、解――」

「エマちゃんってハーフなの?」

「その銀髪って地毛?」

「彼氏いますか!」


 先生の言葉を待たずに生徒たちは転校生を囲むように群がる。


 群がった生徒たちはクラスの陽キャたちだ。 


 男女関係なく囲むように口々に好奇の感情をエマにぶつける。


 当然、エマもびっくりした様子で固まってしまっている。


「ガチで可愛くね。あんな可愛い子見たことねぇぞ」


 小林が興奮気味に鼻息を荒くしながら声を掛けてくる。


 他の男たちも同様に、絶世の美女の登場に騒いでおり、他のクラスの連中も続々と集まっている。


 だが、俺は至って冷静だった。


「おい、黙ってろ。俺は集中してるんだ」

「宿題より目の前の女の子だろってお前……」


 そんな事は言われなくたってわかっている。


 現状を把握するため、今の状況を正確かつ端的に分析していく。


 超絶美少女転校生はおそらく、イタリア人と日本人のハーフ。


 いくら日本語が上手かろうと母国語はイタリア語で、ここに来たのは一ヶ月前。


 すなわち、あれだけの量の日本語を相手にするのは相当しんどいはずだ。


 実際に、迫りくる輩を処理しきれていない。


 囲んでいる生徒の中には、スマホで調べたイタリア語を無茶苦茶な発音で話す者や何を勘違いしたか英語で話しかける者もいる。


 これでは樋口さんの負担が増す一方だ。


 母国語のイタリア語が封じられているのも大きいだろう。


 そんな彼女が求めるもの……それは日本語とイタリア語の両方を巧みに話す通訳だ。


 しかし、この日本にそんな高校生はほとんどいない。


 義務教育課程で三年間も英語を勉強しておいて、話すことさえままならない高校生が多いということがすべてを物語っている。


 英語ができない、況んやイタリア語をや。


 故に彼女を助けられる存在はこの学校にいないのである。


 俺を除いてな!!


 前世で覚えたイタリア語の出番がきたのだ。


 オンラインでイタリア人オタクと話していたのでブランクはない。


 前世で五ヵ国語も覚えた苦労が報われる日が来たのだ。


 この能力を使って彼女の精神的支柱に俺はなる!


 ありがとう、ロマンスの神様。


 そして、残念だったなクラスの男子共。


 転校生争奪戦、俺が終止符を打たせていただこう!


「Calmati, tutti vogliono solo andare d'accordo con te(落ち着いて、皆はあなたと仲良くなりたいだけだから)」


 勢いよく立ち上がった足がピタッと静止する。


「Parli italiano?(イタリア語話せるの?)」

「Solo un po(ちょっとだけね)」


 エマさんと別の誰かのイタリア語。


 ちょっとだけと言っているが、発音の良さからして話せる側だ。


 それが誰なのか……それは次の会話を聞けば明らかだった。


「天音ってイタリア語できるの!?」

「うん、ちょっとだけね」


 樋口さんとまったく同じ質問をする同級生。


 樋口さんと神崎さんは目を合わせて笑っている。


 神崎さんはイタリア語を話せる。


 その事実は俺の自信と自立する力を奪い、気がつけば自分の席に座って美少女二人の会話を呆然と眺めていた。


 クラスのカーストトップのギャルとオタク君には圧倒的な差がある。


 特に大きいのは人望だ。


 学校の中心人物とも言えるであろう彼女に敵う者がいるはずもなく、ましてや俺の交友関係はクラス内で完結してしまう。


 樋口さんも同性の方が落ち着けるだろう。


 これが二位と三位の圧倒的な差なのか……


「斎藤!早く来い!」


 タイムアップを伝える数学教師の声が聞こえる。


 認めたくないが、勝ち目がないのも事実。


 イタリア語を話せる同性がいる時点で俺は必要のない存在であり、代替が利くただのクラスメイト。


 女子の話題についていける自信もなければ、周りの嫉妬に耐えられるかも怪しい。


 今になって思えば、どうしてあれほどまでに自信たっぷりだったのか不思議でしかない。

 

「行ってくる」

「先帰っていいよな?」

「おう、ちょっと長くなりそうだわ」


 残り七問にも関わらず終わる気配がしない。


 自分でもそれほどまでにショックを受けているのかと驚くが、それと同時にここまで気を落としている自分に呆れる。


 はぁ~、やる気でねぇ……


 荷物をまとめ、俺は居残り教室へと向かった。


▽▼

 

 時刻は四時を過ぎ、二学期初日にしては遅い下校となった。


 なぜかは分からないが手が動かず、瞬き一つで三時間が経過していた。


 まだ日は高く、歩いて帰るにはもう少し待ったほうが快適だろう。


 教室の窓からはサッカー部の練習風景が見える。


 元気に走り回っている姿を見ると、自分もやりたくなってくる。


 それもそのはず、現実逃避したいのだ。


 これから徹夜で宿題を終わらせるという地獄から逃げ出したいのである。


 正直、明日からの土日を利用すれば終わらないことはない量だが、ゲームがしたい。


 いっそ寝てしまいたい。


 嫌だな~なんて言っているのは時間の無駄だとはわかっているが、どうしても足が動かない。


 このままずっと眺めていたい。

 この青春の一幕を……って男見るなら女子見たいな……


 一度、鬱屈した気分を追い出すように息を吐き出すと、鞄を手に取る。


 徹夜明けの体にムチを打ち、ぼーっとする頭で必死にこれからのスケジュールを練り直す。


 今日寝ても間に合うかを脳内で確認する。


 どうやれば最短で終わるかを思考しながら扉を開け、右に曲が――


「きゃっ」

「うわっ」

 

 何かにぶつかり、その衝撃と驚きで尻もちをつく。


 廊下の床は硬く、お尻がジリジリする。


「Mi scusi(ごめんなさい)」

「Di niente!(なんてことないですよ)」


 自分が前方不注意だったことが悪いにも関わらず、相手は謝罪してくれた。


 優しい人だなと思いながら視線を上げるとそこにいたのは俺と同じく尻もちをついた樋口さんだった。


 目の前で見るとやはり可愛く、アニメの世界から出てきたと言っても過言じゃないほどに整っている。


 特に彼女の蒼い大きな瞳が綺麗で一際目を引く。


 見惚れていると目が合い、そこでようやく自分が何をしているのかを自覚し、恥ずかしさが込み上げてくる。

 

「えっと、ごめん。顔ジロジロ見ちゃって」

「大丈夫です。それより……」


 彼女は目を逸らした俺に手で這うように近づき、俺の目を見たまま――

 

「Parli italiano?(イタリア語話せるの?)」

「あっ」


 俺が反射的にイタリア語を使ったことをここでようやく理解した。


 彼女の目は大きく見開き、表情から嬉しいという気持ちが溢れている。


「Solo un po(ちょっとだけ)」

「Sono contenta!(やったぁ!)」


 彼女は嬉しそうに手を合わせ、さらに距離を縮めてくる。

 

『イタリア語を話せる人がいてちょっと安心しました』

『……それなら良かった』


 舞い上がるなよ俺……


 段々と近づいてくる樋口さんを意識して、ドクドクと鼓動が速くなる。


 今はこの状況をなんとかしなくては……

 

『……その、鞄を見してもらってもいいですか』

『鞄?いいけど、特に目新しいものは…』


 肩にかけていた鞄を彼女に見せる。


 アニメのストラップはつけているが、他は何も変わらないただの通学用鞄だし……


「これ《宅ロス》ですよね!」

「そうだけど――」

「そうですよね!私、この作品大好きで、一作目から全部見ているんです!中でも二作目の――」


 語り始めた少女は勉強中とは思えない流暢な日本語でマシンガンのように途切れること無く早口で俺に感情をぶつけてくる。


 キャラの魅力からシリーズへの愛、作中に流れる曲のことなど一から百まで語っている。 


 だが、俺は動じなかった。


 なぜなら、俺はこれを知っている。


 この語りがオタク特有の早口であるということを。


「――って考察しているんですけど、どう思いますか?」

「えっと……、俺もそう思うよ」


 アニメは一周したけどあんまり覚えてないんだよね、なんて言って話の腰を折りたくはない。


 あまりの熱量に圧倒されていた俺にはその場凌ぎの共感を返すしかなかった。


「ですよね!……名前なんて言うんですか?」


 確かに名乗ってなかったな。


 唐突な問いではあるが、こうやって話しているのだからお互いの名前は知っておくべきだろう。


「斎藤悠誠です」

「ユウセイですね。日本に来て初めてのオタク友達です!私のこともエマって呼んでください!」


 俺の両手をしっかりと掴み、顔を近づけてそう言う。


 恥ずかしさからか握られた手と背中から嫌な汗が出てくる。


 鼓動は速くなり、顔が熱くなるのが分かる。


「す、すみません。つい興奮して近づいてしまいました……」

「だ、大丈夫です。全然、本当に……」


 我に返ったのかエマは急いで立ち上がり、スカートについた埃を払っている。


 見上げると、エマの顔も赤くなっている。


「……俺帰りますね」

「わ、私も帰ります」


 気まずいが、行き先が同じ相手を置いていくことはできない。


 それからはエマが気を利かせてアニメの話を振ってきてくれたので、それに乗っかる形で話を進め、下駄箱まで歩いた。

 

「俺こっちなんだけど…」

「私と逆方向ですね」

「うん、じゃあ気をつけて」


 俺は軽く手を振り、校門に向かう。


 樋口さんと話せたこと、共通の趣味があるとわかったことは相当大きい。


 ここからもっと仲良くなれれば……

 

『すみません!お願いがあるんですけど…』


 後ろを向くと、エマが走って近づいてくる。


『月曜日のお昼ごはん一緒に食べてくれませんか?』


 予想だにしていなかった彼女からのお願い。

 迷うことなんて一つもない。


「Volentieri!!(喜んで!!)」






 あとがき


 読んでいただきありがとうございます。

 イタリア語についてですが、翻訳使ったので間違ってる部分があるかもしれないです。

 本当にすみません。

 『』の部分はイタリア語というふうに思っていただけたら幸いです。

 

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