斎藤悠誠前世譚by女神
坂本組御曹子ににして次期社長、坂本優太。
彼の人生は努力によってできていた。
いや、努力しかしてこなかった。
努力することでしか生きる価値を見出してもらえなかったからだ。
三歳から始まった英才教育は彼に放課後や休日に遊びに行くことはおろか、そのような友達を作る機会すら与えなかった。
学校の級友たちとは話すが、個人的に仲が良いと呼べる者はいない。
というよりも、金と地位目当てで顔色を窺ってくる奴らばかりで相手にしたくなかった。
表では媚びへつらい、裏では陰口を言っていることを知ってなお、親睦を深めたいとは思わなかったのだ。
それから海外の有名大学に入学、卒業後は父の会社の役員として働きだした。
周りの反応は高校時代と変わらなかったが、唯一大学時代から仲良くなった佐藤が同じ会社に入社してくれたので、二人でバディを組んで仕事に勤しんできた。
仕事面は佐藤の助けと部下の活躍もあって充実したものになっていた。
ただ、恋愛面がなかなか順調にはいかなかった。
五歳の頃にできた許嫁
彼女との婚約が決まっていることから色恋沙汰の全てを禁止され、大学卒業後、迅速に結婚の手続きが行われた。
それと同時に、同棲生活が始まった。
父上たちに召使いを雇うことを勧められたが、二人で生活することにした。
二人とも他人に干渉されたくなかったのだ。
幼い頃からの英才教育から解放されたにも関わらず、情報を渡し続ける父上の手駒を休息の場である家に入れたくなかったのだ。
彼女も似たような境遇だったようで、すぐに彼の提案を承諾した。
ただ、彼の中にはもう一つ、二人で生活したい理由があった。
彼女と会話がしたかった。
重要事項の連絡として話すことは多々あるが、お互いのプライベートについて話したことがなかった。
元々、結婚するまでは何を語りかけてもツンと澄ました顔で会話に応じることがなかったのだが、一緒に暮らすことになってからは日常会話レベルのやり取りはしたいと思うし、むしろ好きになってもらいたくて、なるべく会話の機会を増やそうと努力した。
週に一度のプレゼントに休日のデートの誘い、少しでも気を許してほしくて何でも試した。
その結果、凛はさらに冷たくなった。
彼が何をしても彼女は感謝の言葉は伝えるが、嫌そうに顔を逸して目も合わせてくれない。
喜んでほしくて彼は奮闘するが、生涯一度たりとも彼女を喜ばせられなかった。
ある日、佐藤に子どもができたということで、佐藤の家に二人で向かうことにした。
一人だけでは失礼になるから、と優太が強引にドライブデートに持っていったという形だ。
凛を助手席に乗せ、車を走らせる。
暇つぶしにかけているラジオの音と空調の音だけが車内に響く。
時折、優太の方から声を掛けてみるが、「うん」や「そう」しか返ってこない。
だが、優太はその反応にも慣れてしまっており、気にせず話しかけ続ける。
凛もスケジュール帳から目を離さず、なにかを書き込んでいるようだ。
仕事が大変だったのに付き合ってくれたのかなと申し訳なく思うが、真剣に作業を進める彼女の横顔に見惚れてしまう。
ふと、彼女は顔をあげると、
「危ないっ!」
凛の叫び声にハッとし、ブレーキを踏む。
前の車が急停止したらしい。
凛が顔を上げてくれなかったら、死んでいたかもしれない。
「ありが――」
背後からの轟音と衝撃に二人は車ごと押しつぶされ……
――ってな感じで隣の凛ちゃんと一緒にトラックに押しつぶされちゃって即死。いや~、災難だったね〜可哀想に。というわけで、坂本優太の人生ダイジェストでした〜。パチパチパチ」
約十分に及ぶ映像を見終えると、目の前にいる翼の生えた女は軽く拍手をし、指を鳴らしてモニターを消す。金色の光り輝くオーラを纏い、豪華な王様が座りそうな赤い椅子に足を組んで座っている。
彼女はロマンスの女神と名乗っており、俺の人生をプレイバックできている時点で信じない方が難しいだろう。
「死んだ経緯は分かりました。それでご要件はなんでしょうか。神様がわざわざ時間を使って一人の人間に時間を割くのには理由があるのでしょう」
「おっ、察しがいいですね」
上機嫌そうに彼女は口角を上げる。
「見たと思うけど、あなたは努力してきた割に全然幸せになっていないの。恋はできなかったし、奥さんに振り向いてもらえなかったし、ホントに可哀想。だから、転生してもう一度青春を謳歌していただこうと思います」
「……生き返れるんですか」
「そうです。ちゃんと地球で生まれ変わりますよ。経験がないまま終わりたくないですよね」
「……そうですね」
女神からの挑発めいた言葉にほんの少しの怒りとそれをかき消すほどの恥ずかしさが込み上げてくる。
「恥ずかしがる必要などないですよ。あなたの場合、仕方がないですから。それに、全然少なくないですから安心してください」
優しく慈愛に満ちた彼女の笑顔があまりにも眩しかったのか、それとも男としての何かを傷つけられたからか、直視できない。
彼女は面白そうにふふふっと笑っている。
少し悪趣味が過ぎるのでは……
「さてと、転生特典を選んでもらいます」
「特典ですか?」
「はい。透明化とか、催眠能力とか、聖剣とかそういうものです」
透明化と催眠能力は分かるが、聖剣って地球で必要か?
そういう隠語なのか?
ロマンスの神様だからありえるよな……
いや、そもそもロマンスってなんだよ!?
「頭の中真っピンクですね」
「…………」
頭の中を見ることができるのか、それとも俺が顔に出やすい人間だからか……なぜかは分からないがあまり真に受けすぎない方がいいだろう。
おかげで冷静になったことだし、聞くことは聞かないとな……
「対価は?」
「ないですよ」
「本当に?」
「もちろん」
彼女の満面の笑みは慈愛に満ちたものだったはずなのに、今となっては営業スマイルに見えてしまう。
本当はものすごく欲しいが、タダより怖いものはないと三十年の人生が危険信号を出している。
「いらないです」
「無理です。何か選んでください」
「本当にいらないです」
「無理です。何か選んでください」
女神は笑顔を崩さないが、目が笑っていない。
「ゲームのNPCと一緒であなたが欲しい物を言わない限り続けますよ」
なんと頑固な…と思うが、素直に従うのが身のためだろう。
相手は神様で、俺は死んだ身。
下手したら、生き返るチャンスも潰れてしまう。
「じゃあ……」
元々、人間が持っていない力を望めば代償は大きいだろう。
何かしたいこと……特にない。
前より楽しく遊べる人生ならそれでいい。
多分、ロマンス?を謳歌できるような環境に転生させてくれるはずだ。
ならば逆に、やり残したこと……
「伝言とかって頼めますか?」
「……いいですよ」
渋々とつまらなさそうに、女神は承諾する。
「凛に『ありがとう』と『ごめん』だけ頼む」
「……お前を一生恨むぞ!とかじゃなくていいんですか?」
「恨むことなんて無いし、いつも支えてくれてありがとうの気持ちの方が強いよ」
「あっそうですか」
なんか段々と女神の態度が悪くなっている気がする。
「はい、じゃあもういいですね。行きますよ。そぉ〜れっ!」
相手の話を自分の都合を前面に出して中断させるように女神は畳み掛ける。
女神の掛け声に反応して、足元が輝きだす。
その光は俺を包み込み、そして……
今に至るというわけですね。
それからの十五年は温かい両親に可愛がられながら、前世の知識を利用して好成績の優秀な子どもを演じてきたというわけです。
今となっては前世の努力は斎藤悠誠として生きていくための準備段階として必要なことだったという認識だ。
「今日、転校生が来るんだって」
「聞いた!職員室に綺麗な銀髪の子がいたらしいよ」
ふと、隣の席の女子の会話が耳に入る。
聞き耳を立ててみると、どうやら他のグループでもその話題が上がっているらしい。
転校生か……
話を聞く限り、女の子らしい。
男子からは期待が溢れ、それに女子が引いているといった構図。
確かに期待する気持ちがわからんでもないが、そういった期待を一身に受ける転校生が可哀想である。
まあ、何かあった時は由依がなんとかしてくれるだろう。
ガラッと扉を開け、先生とその一歩後ろを歩く銀髪の小柄な少女がいた。
「お前らお待ちかねの転校生です。自己紹介どうぞ」
「はじめまして、樋口エマです。イタリアから来ました。日本語はまだ勉強中ですが、皆さんと仲良くなりたいです」
勉強中とは思えないほど流暢な日本語だなと感嘆すると同時に挨拶の最後の笑顔……男であれば惹かれないという方が難しい天使の笑みを放つ少女に俺はもちろんクラスの男子のハートは掴まれてしまった。
そして、俺は確信する。
これはロマンスの神様がくれたチャンスであるということを……
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