前世で政略結婚した冷徹な嫁がギャルになっていた

水没竜田

1章 神崎さんは……

夏休み明け

 くそ、終わらねぇ!!


 自分の思考に追いつかない左手を必死に動かし、ノートに記述していく。


 解き方を言語化し、頭の中では答案が完成しているにも関わらず、どうしても人間のポテンシャルでは思考に手が追いつかない。


 始業のチャイムまであと五分、放送での始業式、先生からの諸連絡と合わせると提出までは三十分以上は余裕があるはず……


 残り二十問。


 証明問題が並び、書き記すのに時間がかかるが、何をすればいいのか見通しがつく分、自分の筆速の遅さに絶望する。


「速すぎんだろ、俺の写経スピードよりも速いぞ」

「写経より普通に解いたほうが速いぞ。ノンストップで行けるからな」

「いや、普通は止まるんだっての!」


 止まることなく問題を解き進めていく様に俺のオタク友達である智也は驚いているようだ。


 書き写すと書いてある通りに書くことに集中してしまうこと加えて、先生に写したとバレないために細工を入れる時間が余計にかかる。


 それに比べて、自分で解けば、解法に縛られることなく書き進められるので自分の経験と紐づけて最速の解法を選択できる。


「おはよう、悠誠」

「おう、おはよう」


 斜め前から現れた健に顔を上げることなく軽く挨拶を交わす。


「まだそこかよ…」


 机を覗いてきた健は俺の進捗を見ると、呆れたように呟いてきた。


「これでも、努力に努力を重ねて――」

「昨日何してた」

「オールでゲーム」

「馬鹿だな」

「うん、ホントに馬鹿だよ」

「智也も一緒にやってただろうが」


 昨日はゲームのシーズン最終日ということで全力でランク維持に尽力したのだ。 


 選択自体に後悔は無いが、我ながら馬鹿だとは思う。


「悠誠は賢いんだから、ちゃんとやれよ」

「現在進行形でやってまーす」

「はぁ~、こんなのが三位とかありえねぇだろ」


 ゲームと漫画、それらに囲まれたサブカルチャーまみれの生活を送っている俺がこんな好成績を取ることを羨ましく思っているのだろう。


 とはいっても、授業の予習及び復習は欠かさずやっている。


 過去に勉強したことではあるが、教科書の内容も異なるし、そもそも忘れている部分がある。


 やらなかったら順位はもっと下になるはずなので、家庭での安息の日々を守るためにも勉強はしっかりやらなければならない。


 現在は夏休みを満喫しすぎた罰として今日提出の数学をやっている。


 もちろん、数学以外の宿題は一問も終わっていない。


 授業がないというのと、小学生から癖づいた長期休暇の宿題を後回しにする癖によって勉強のリズムが狂ったのだ。


 おかげでバイトとオタ活のみに絞った有意義な生活を送ることができた。

 

「こう見えても影で頑張ってるもんな」

「流石、幼馴染だな。よくわかっていらっしゃる」

「まあ、お前より予想外なやつがいるもんな」


 視界の端の智也の体の向きからなんとなく察せられる。


 クラスの中で最も目を引くグループ。


 染めた髪と着崩した制服に派手な爪、クラスの一軍であるギャルグループである。


 彼女たちはその派手な見た目と露出が目を引き、クラスや先輩の陽キャ男子たちがこぞって彼女たちに話しかけている。


「確かに、神崎さんすごいよな」

「お前より上の二位だもんな」

「うっせー、中間は俺のが上だった」


 神崎天音かんざきあまね、彼女はギャルグループの中でも男子から人気が高い女子である。


 ピンク色の大きな瞳と整った顔立ちもそうだが、グラビアアイドルに劣らないスタイルの良さも人気の一つだろう。


 それだけでなく、運動神経抜群で、成績優秀ともなれば憧れを持つ人が多いのも納得できてしまう。


 だが、彼女が高嶺の花ではなくクラスの人気者という立場を確立しているのは彼女の抜群のコミュニケーション能力に由来するものが大きいだろう。


 確かにかわいいとは思うが、陰キャオタクの俺からしたら別世界の住人だ。


「健!こっちこいよ」

「おう!呼ばれたんで行ってきますわ」

「おう、……散れイケメン」


 俺の吐き捨てるように呟いた言葉が健の耳に入ったようで、机を軽く蹴ってから陽キャグループの方へ去っていった。


 おかげで筆箱から消しゴムを出す羽目になったが、自分がふっかけたのだから自業自得だ。


 健は俺の幼馴染で最初にできた友達だ。


 健の従妹と一緒に三人で遊ぶことが多かったこともあり、ヲタク趣味に理解がある。


 ただ、学年トップと言えるほどの高身長イケメンであり、バスケ部エースでありながらも、謙虚に振る舞う姿勢が好評で女子からだけでなく男子からも人気がある。


 こんなカッコいい人間を生み出せた自分が誇らしい。


「あいつホントにかっこいいよな」

「そうだよな、自慢の幼馴染だよ」

「だろうな……」


 そう言いながら健を見ている智也は、羨ましそうな、どこか諦めているような顔をしている。


 陽キャグループには彼の好きな女子もいるので、羨ましいのだろう。


「そんなに見てると好きなのバレるぞー」

「見てねぇし!!」

「ホントか?」

「ホントだって!当たり前だろっ!」


 分かりやすいな、こいつ。


 早口から焦っていることが顔を見なくても分かる。


 それから少しぽっちゃりなオタク仲間の小林も加わり、二人の会話をラジオ代わりにペンを走らせると始業のチャイムが鳴る。


「おぅし、室長!号令!」

「起立、礼」


 室長の号令に合わせて礼をして、着席したあと先生の話が始まる。


 先生が言うには十分後から放送による始業式が始まるらしい。


 その間、特に話すことがないからと言って夏休みに何があったか話し始める。


 耳を傾けていると、どうやら異世界転生モノにハマったらしい。


 そこから教職辞めてパチプロ目指したいとか言ってしまっている。


 生徒たちから起こるのはもちろん苦笑いのみ。


 そこから何度も聞いた先生のパチンコ武勇伝が始まるかに思えたが、運良く放送が始まった。


 放送の内容は大きく分けて、夏休み中の振り返りと生活リズムの改善、交通マナーについてという堅苦しい内容だった。


 当たり前のことを聞いているのはとてつもなくつまらない。


 だが、先生たちも話す内容が限られているという事実。


 その分、担任の方が面白いと思うのだが、パチンコか野球かサッカーの話しかしないため、男心は掴めているが、女子からのウケは悪い。


 パチンコはしないだろうなぁ。


 やったことないため興味はあるが、ハマった時が怖いので絶対に手は出さないつもりだ。

 

「お前らちょっと待ってろよ」


 先生が教室を出ていくと会話が始まる。


 夏休み中、募りに募った話があるのだろう。


 友人と楽しかったことや悲しかったことを共有して繋がりを感じたいのだ。


 もちろん、俺にも共有したい話はあるが、誰に言っても信じてもらえないだろう。


 俺って実は人生二周目なんだよね〜って言ったところでライトノベルの読みすぎだろと馬鹿にされるのがオチだ。


 他の人に言いたくて仕方がないこの思いを鎮めるために何度も脳内一人語りを行ってきた。


 今日もその衝動を鎮めるため、数学を解く手は止めずにダイジェスト感覚で思い出していくとしますか。


 そう、あれは今から十五年前のこと……

 

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