デ、デデ、デデデ

「天音!待たせてごめん!」


 彼らを威圧するように大声を出す。


 手を振りながら近づく俺を三人とも睨みつけてきたが、一人は俺だと分かり驚いたような表情をしている。


 できれば、そういう顔はしてほしくないんだけどなぁ…。


「お待たせ、行こっか」


 俺は彼女の手を取り、連れ出そうとするが男の一人が行く手を阻もうとする。


「ちょいちょい、友達ってこいつのこと?」

「おい、やめとけって」


 俺の登場に一人はやる気を失ったようだが、もう一人は俺を馬鹿にするように彼女に問う。


 そう思われても仕方がない。


 俺は本を買って帰るだけの予定だったので白Tにジーパンとラフな格好をしているが、ナンパ野郎たちは派手な柄シャツにネックレスやピアスなどのシルバーアクセサリーを身に着け、俺カッコイイだろオーラを放っている。


 自尊心高めの彼にとって自分より下の相手が神崎さんのような美人といるのが気に食わないのだ。


 っていうのをヤンキー漫画で読んだことがある。


「そうですけど、それがなにか?」


 神崎さんは目の前の男を睨みつけるがやはり動じない。


 かなりナンパ経験値が高いのだろう。


「いや、こんなダセェやつといるとお姉さんの株が下がるよってハナシ。俺らの方がかっこいいし、お金も持ってるよ」


 なるほどな~、そういう手を使うのか。


 男は神崎さん自身の価値が下がると助言し、彼女のブランドのために俺たちを選んだほうがいいと言いたいようだ。


 かなり的外れなことを言うもんだ。


「は?勘違いしててうっざいんだけど。あたしはアンタたちと遊びたくないって言ってんの!比べる段階にすら入ってないって気がつかないわけ?」


 言葉が強すぎる気がするが、彼女の言う通りだ。


 俺視点だから言えるが、神崎さんの待ち合わせ相手は別にいて、女子同士で遊ぶ予定なのだろう。


 そこに下心満載の男を入れたくないし、友達同士だけの時間を楽しみたいと思うのは至極当然のことである。


 それをワンチャンスあると勘違いして俺を出しに使ったところでノーチャンスだ。 


 男も意気消沈したようで下を向いてしまっている。


「行こ♪」

「う、うん」


 彼女は繋いだ手を引き、俺と一緒に入口へ歩き出した。


 少し可哀想だったが、自業自得だろう。


 次への反省点にしてもらえば――


「偉そうにしやがって!」


 男は逆上し、神崎さんに向かって突進してくる。


 その行動力は素晴らしいが、暴力を選択するとは……


 はぁ~、終わってんな。


 繋がれた手を離し、神崎さんを庇うようにして前に立つ。


 男は迷うことなく、俺の襟元を掴み、そのまま拳を上げる。


「やめて!!」


 神崎さんの制止を求める叫び声は彼の耳に届かず、そのまま――地面に倒れた。


「イッタァァ!!」


 男の手は俺の襟を掴んだままなにが起きたか分かっていないようだ。


「手が出る時点で終わってるよお前。二度と彼女に近づくな」


 そう言い残し、男の腕を払う。 


 もう一人の男は睨みつけると、コクコクと頷きながら両手を上げ、自分は反省しているとアピールしてくる。


 うん、こっちの彼は少し可哀想だな。


 神崎さんは安堵した表情で俺の手を握ると、俺の手を引く。


 そのまま彼女に手を引かれて足早にその場を離脱した。


「あれ、どうやったの!?」


 フードコートの席に座ると、すぐに尋ねてきた。


 興味津々なようで前かがみになっている。


「単純に、相手の腕を固定して肩を入れただけ」

「へぇー、……強いんだね」

「ただの護身術だよ」


 そう、ただの護身術。


 前世のちょうど高校一年生の頃に教わったものだ。


 訓練として成人してからも何度かやったので技が体に染み付いている。


 悠誠としても中学生の頃にお遊びの範疇で悪ふざけしながら使っていたので滑らかに動くことができた。


「ありがとね。助けてくれて」

「全然、気にしないでよ。それより、勝手に手握ってごめんね」

「全然大丈夫、頼もしかったよ。特に最後は斉藤君いなかったらあたしヤバかったから!マジであいつら――」


 興奮気味に話す彼女は笑いながらナンパしてきた奴らの愚痴を言いだした。


 どれもこれも納得がいくものではあるが、かなり誇張されているように聞こえる。


 それだけうんざりしてたのだろう。


「――過去1でウザかった。だから、斎藤君の最後のあれのおかげで超スッキリ。マジで感謝」


 そう話し切ると紙コップに入った水をグイッと飲み干す。


 いい飲みっぷりだ。


「蒼井さんたちはもう来そう?」

「多分、だからあたし一人でも…」

「いや、いいよ。心配だから一緒にいる。……迷惑なら全然離れるけど」

「全然そんなことない!むしろ……安心するよ」


 突然の彼女の言葉が照れくさかったので思わず目を逸らしてしまう。


 多分、こういうところなんだろうな。


 神崎さんは目を見て話す。


 意識しているのか、無意識なのかは分からないが、どっちにしろすごいことだ。


 目を見る効果は絶大で聞き手に主体性を持たせることができる。


 それによって言葉がそのままの意味で伝わりやすくなる。


 そうすると、聞き手は彼女の好意を真摯に受け止めやすくなり、彼女のことを好むようになるのだろう。

 

「はぁっ!?ちょっと何言って……」


 顔を上げると、スマホを見ながら神崎さんは独り言を呟き始めた。


 友達との間でなにかあったのだろうか?


 それからしばらく彼女の様子を見ていると焦っているようで顔を赤くしながら必死に指を動かしている。

 

「ちょっと電話してくる」


 そう言いながら走ってトイレの方へと行ったが、数分後にはどこか覚悟を決めてきたような表情で戻ってきた。

 

「なんかあった?」


 変に気を使わせないように軽く聞いてみる。


「友達が来れないって」 

「それは…残念だったな」

「うん、そうだね」


 どこか他人事のような、地に足がついていないような感じがする。


 友達と遊べないことが相当ショックだったのだろう。

 

「その……予定とかってある?」

「本を買いに行くくらいだけど…」

「待ち合わせとかは?」

「ないよ。俺の友達基本引きこもりだから」


 俺もそうだけどねー、と思いながら彼女の質問に答える。


 さっさと本を買って帰り、思う存分堪能するくらいしかないが、それを女性に言うのは違う。


 言った瞬間、嫌われるのが目に見えて分かる。


「じゃあ……ボッチ同士一緒に遊ばない?」

「えっ」


 突然の提案に驚きのあまり声が漏れる。


 一緒に遊ぶってことはつまり…


「ダメなら全然――」

「俺で良ければ大丈夫ですよ」


 ここまで言わせておいて、辞退するのは男として情けないだろう。


 なんてたって、学年1と言えるほどの美女からのデートのお誘いだ。


 断るわけにはいかない。


「本当?」 

「本当。でも俺は行きたいところないから、神崎さんが行きたいところ提案してほしい」


 心配そうに聞いてくる神崎さんに正直に答える。


 ショッピングモールの中で行ったことがあるのはゲーセンとフードコートと本屋と超有名で安価な服屋しかないので、女子と一緒にどこに行けばいいか分からない。


 負担をかけるようで申し訳ないと思ったのだが、神崎さんには行きたい場所がはっきりとあるようだ。


「ほんと!?じゃあ、昨日オープンしたパンケーキ屋さんがあって、そこに食べに行きたいんだけど……いい?」

「もちろん」


 有名なチェーン店らしく、お昼には長蛇の列ができているだろうとのことで、俺たちは荷物をまとめて急いで向かうことにした。


 

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