デート

「こちら、列最後尾でーす!」


 アロハシャツのような店の制服を着た女性が看板を持って誘導している。


 時刻は十一時を過ぎお昼にしては早い時間帯ではあるが、パンケーキ屋の前には二回折り返す長蛇の列ができていた。


 看板には『1時間待ち』と書かれている。

 

「もう少し時間おいてからにする?」

「神崎さんが嫌じゃなかったら並ぼうよ」

「じゃあ、並ぼう♪」


 これから昼食のピークタイムとその後に続くであろうデザートや間食のピークタイムのことを考えると、今並んだ方がいいように思えた。


 並んでいる人の大半が女性で男性もいるが男性オンリーで並んでいる人はいない。


 そういう店なんだろうなと覚悟はしていたが、ものすごいアウェー感がある。


 けれど、耐えるしかない。


 一緒に行こうと言ったのだから。


 1時間くらいスマホがあればなんとかなるだろう。


 神崎さんもいるし、話し相手には困らない。


 まあ、気長に待ちますか――――


――――十分後、男は限界を迎えていた。


 まだ十分しか経ってないのかよ!


 待っている間、列は一向に進まない。


 スマホでソシャゲをしているが、なかなか集中できない。


 その原因としてアウェー感もあるが、もう一つのことが大きいだろう。 


 それは神崎さんである。


 一緒に並んでいるが、会話はなくお互いにスマホを眺めている。


 この状況がとてつもなく気まずい。


 一緒にいるのだから会話した方がいいとは思うのだが、神崎さんが俺と話したくないかもしれないし、そもそもどういう話題を振るべきか分からない。


 けれども、この状態のまま五十分待つのはしんどい。


 なにか話題はないのか。


 そんなことを頭でグルグルさせていると、ふと思い出す。


 そういえば、前世で佐藤が言ってたな……


『会話ってのはキャッチボールによく例えられるが、この例えは決して《相手の話を最後まで聞き、自分の話をするということを順番に繰り返す》ということだけではない。俺が思うにもっと大事なことは《相手が取れるボールを投げ、相手が投げるどんなボールでも取れるようにする》ってことだ。要は己の知識量が物を言うってことだな。これができると、俺みたいに相談役を受けることが多くなり、女の子からモテるってわけ!』


 凛との会話がないことをバーで嘆いていた時に自慢しながら言ってくれたなぁ。


 それから共通点を作ろうと努力してみたが、凛が相槌しかしないので途中で心が折れたのも覚えてる。


 共通点か……


 ギャルとオタク、クラスで関わったのはエマと一緒に昼食をとったことくらい、勉強面はお互い高順位ではあるが、遊んでいる時に勉強の話ってどうだろうって感じだ。


 なにかヒントはないかと彼女の方を見るが俺はすぐにスマホに視線を落とす。


 私服姿の神崎さんを直視できなかった。


 肩とくびれが露出しており、その間の布の部分も彼女のスタイルの良さが際立っていて目のやり場に困る。


 前世ではもっと胸元をガバっと開けた服を着ている人やスッケスケの服を着ている人などに言い寄られたこともあったが、その時よりもドキドキしている。


 あの頃は人間不信に陥り、俺に近寄ってこようとする人が猿にしか見えなかったのだ。


 今にしては相当病んでたなと思うだが、あの時にもう少し女性に対して免疫をつけておけばという後悔はある。


 話題を服に広げられるほど服に興味はないし、寒くない?とか聞くのも野暮な気がするし……


 やっぱり勉強面のことを聞くか。


 神崎さんが凛かどうかのヒントも手に入りそうだし……いや、でも……


「ねぇ、見て」


 そう言うと神崎さんはスマホを見せてくる。


 そこに写っているのは二匹の小型犬が飼い主の膝上を取り合うといった動画だった。


 その様子から飼い主への二匹の愛が伝わってくるとてもハートフルだ。


「かわいい…」

「でしょー♪犬好きって言ってたなぁ〜って思って」


 これは気を使われてしまったということだろうか。


 だとしても、話題を振ってくれたからには広げるべきだろう。


「神崎さんも犬好きなの?」 

「あたしはネコ派かな~。これ見て。うちの子猫ちゃんたち、めっちゃかわいいっしょ」

「うん、かわいい。生後どれくらいなの?」

「えっとね、今でちょうど一年とかだよ。マジで可愛くってね――」


 それからは二人で動物の可愛い動画を見たり、神崎さんたちのグループで流行ってた心理テストをしながら時間を潰した。


 きっかけ一つでここまで自然と話せるようになるなら何でもいいから早く声をかけるべきだったなと思ってしまう。


 途中で俺のお腹がなった時は盛大に笑われたが、その後に神崎さんのお腹がなった時は二人して顔を見合わせて笑った。

 

「お次の二名様どうぞ〜!」


 店員に呼ばれ、俺たちは席に座るとあらかじめメニューを見ながら決めておいたものを注文する。


 ハワイアンな雰囲気のある内装で、女性客は届いたパンケーキと合わせて写真を撮っている。


 神崎さんも写真を撮りだすかと思ったが、スマホを見て固まっている。


 それはほんの数十秒のことで、スマホをカバンにしまうとさっきまでと同じように喋りかけてきた。


 フードコートの時とは違い、会話にぎこちなさはないので大したことではないのだろう。 


 俺からなにがあったか聞くことはせずに待っていると注文した品が到着する。


 パンケーキの上には山盛りのホイップクリームとフルーツが散りばめられている。


 神崎さんはイチゴ、俺はバナナを選択した。


「おいしそ〜♪」


 スマホを取り出し、写真を撮りだす。


 ここのスイーツは『映える』らしい。


 神崎さんも写真をSNSに投稿するそうだ。


 俺もやってはいるが、ゲームやアニメのことについて語るアカウントなのでそういうものには疎い。


 神崎さんが写真を撮り終えたタイミングでフォークとナイフを持ち、食べ始める。


「うまっ!」

「おいし~♪」


 ふわふわの生地とホイップクリームとバナナの甘さが合わさり、とてもおいしい。


 久々に甘いものを食べたが、やっぱり美味しいな。


「おいしい?」

「うん、おいしいよ。そっちは?」

「おいしいよ。食べてみる?」


 神崎さんは巧みにフォークとナイフを扱い、一口大のパンケーキにイチゴを乗せてからフォークで刺して俺に向けてくる。


「はい、あ~ん♪」

「えっ」

「戸惑わないでよ。こっちが恥ずいって」


 言葉に反して堂々とフォークを向けてくる神崎さんに促され俺は口を開ける。


 口に入ったパンケーキはイチゴの酸味がマッチしていてとても美味しいはずだが、味がよく分からない。


「顔真っ赤じゃん♪」


 指差しながらしてやったりとニヤついている。


 悔しいが、あ~んしてもらったことが初めてなだけに恥ずかしさが込み上げてくる。


 顔が熱く、コップの水を一気に飲み干しクールダウンを謀ってみたが、それは無駄なあがきだった。


「あ~ん♪」


 口を広げ、おねだりするように見つめてくる。


「あたしだけってのはズルいでしょ」


 これは俺が上げるってことだよな。


 急いでナイフで切り分け、バナナと一緒に刺してフォークを前に出す。


「あ~んは?」

「あ、あーん」


 神崎さんは俺のあーんに合わせて口を動かし、パンケーキを食べる。


「うんま!」


 恥ずかしげもなく頬を押さえながらパンケーキを堪能している。


 こういうことに慣れているんだろうなと思うと俺だけ意識してしまっていることがさらに恥ずかしくなってくる。


「あ~んされる方が恥ずかしいね〜」


 パンケーキを口に運びながらそう言う神崎さんは恥ずかしがっているようには見えない。


 それからも何度かあ~んをしたり、されたりしながら食べ進め、俺たちは店を出た。


 会計のタイミングで奢ってと言われるかとも思ったが、そんなことはなくしっかりと割り勘した。

 

「つきあってくれてありがとう。良かったでしょ?」

「うん、満足してる」

「じゃあ、食後の運動がてら真反対にある本屋まで歩こっか」  


 神崎さんに先導されながら本屋ヘと進む。

 

 男はまだ知らない。

 これから訪れるであろう試練のことを……



 

 

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