四十六年の意地
健の家に集まってから三日が経ったが、未だに状況は好転しない。
そんな中、俺は空き教室に呼ばれていた。
あまり関わりのないクラスメイトに文化祭の準備を手伝ってほしいと頼まれて来たのだが、そこにいたのはネクタイの色からして二年の先輩。
それも一人ではなく、五人で俺を囲んでいる。
俺の前に立つ金髪の男はズボンのポケットに両手を入れながら、威嚇するように俺の顔を覗いてくる。
集団リンチというものだろう。
ヤンキー漫画だけだと思っていたが、まさか現実に存在していたとは……。
「お前さ、エマちゃんと仲良いらしいじゃん。俺たちに情報売ってくんね?」
金髪の男は、そう言いながらポケットから手を出すと、そこには一万円札が指に挟まっていた。
「教えてくれたら、これやるよ。オタ活には金がいるだろ?」
男はフレンドリーに提案してくるが、金を受け取る気にはなれない。
見た目で判断することが愚かな行為であることは分かっているが、一万円を惜しむことなく出してきたことから、この一万円札がきれいなものであるかは不明だ。
それにこの一万円札は口封じ用だ。
一万円札あげるから脅しのような手法を使ったことを含めて黙らせる趣旨のものだろう。
「なんで聞きたいんですか?」
「エマちゃんと仲良くなりたいからに決まってるだろ。今、陰口言われてるの知ってるよな?この機会を利用して優しくすれば落ちるだろうなって考えたんだ。賢いだろ?」
自信満々に髪をかき上げながら言ってくるが、俺はこの策を聞くのは三回目だ。
なんで、人の弱みに付け込もうとするのだろうか。
そういうことをする時点で友人としては、こいつらを近づけたいとは思わない。
「どういう情報が欲しいのかわからないですが、お断りします」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか」
「良くないですよ。自分から聞き出してください。俺は友達を売るようなマネはできないです」
俺の言葉が気に入らなかったのか、俺のことを汚れた排泄物やゴキブリを見るような目でチッと軽く舌打ちをすると、男はもう一度話し始める。
「何か勘違いしてるだろ?健が離れている今、自分にもチャンスがあるんじゃないかって思ってるだろ。答えはノーだ。お前みたいな女慣れしていない陰キャにはチャンスはねぇよ。釣り合ってないんだからさ、もっと冷静に考えろよ」
「だからって、それが友人を売る理由にはならないですね」
「あっそう!」
強い口調に合わせて俺の腹に目掛けて脚を前に出す。
食い込むように入ったその蹴りは俺を軽く飛ばす。
そのまま後ろにいた人にぶつかるが、そいつからも舌打ちをされてから蹴られる。
反抗した時点で覚悟はしていたが、やはり痛い。
男の一人は俺にカメラを向けており、ここで暴力行為をすれば俺が不利になる状況を作っている。
ここはなんとか逃げなければ……
「状況わかってんの?今からお前の身ぐるみ剥がして金奪ったあと、全裸の写真を拡散してやっても良いんだぞ」
「すみませんでした!話しますから許してください!」
全力で許しを請うように地に頭をつける。
あまりにも不自然な謝罪だと思ったが、男達からはドン引きしたような声や馬鹿にしたような笑い声、カメラのシャッター音が聞こえてくる。
今はここから脱出することが一番だと心に言い聞かせ、プライドを捨てて耐え続けた。
俺は、先輩達が立っているのに俺が座っているのはおかしいですから、と立ち上がらせてもらい、面と向かって話をする体制になった。
「じゃあ、教えてくれや」
「はい。樋口さんってとても素直なんですよ」
「おう、それで?」
「だから、変なプライドを持ってイキっているだけで、見下している人間と何も変わらないことに気づかずに相手を傷つける人間とは釣り合わないかもですね」
「……殺す!」
俺の煽りに目の前でキレた男は俺に大振りの一撃を放つ。
思い通りの単調な攻撃を、俺は萎縮した振りをしながら隣のカメラを持っている奴にぶつかりに行く。
押し倒すつもりで勢いよく、加減は考えずに。
「野郎!痛えだろうが!」
そのまま地面に倒れて俺の下敷きになった男が耳元で叫んできた。
よし、逃げれる。
二週間に及ぶ『体格前世戻し』計画(筋トレ)が活かされる。
俺はすぐに立ち上がると扉へ向けて走り出す。
こいつらは入口を塞がず、俺を囲んでいるだけ。
この囲いから出れば、走力が物を言う。
「おい!待て!ぶっ殺してやる!」
流石に、怒らせすぎたか……
そんなに挑発したかなと疑問に思いながら、俺は自分のクラスへ全力で走った。
人前では彼らも暴力行為はできない。
そんなことをしたら、自分達に損があることくらい分かってるはずだ。
だから、俺は途中で捕まらないように必死に逃げた。
「おつかれ〜」
「おう、おつかれ〜。大変だったようだな」
クラス前の廊下に戻ると、小林が客引き用の看板を作っている。
戻ってきた俺が肩で息をしているのを見て、心配してくれたのだろう。
「他のやつは?」
「教室で試食品の味見してる」
「お前はいいのか?」
「まあ、こっちのが面白いし」
そう言いながら、金槌片手に木材を組み立てている。
小林は俺が知っている限りだとかなり器用だ。
初プレイのゲームは一緒のタイミングで始めたのに小林だけ妙に上手い。
それに加えて、一つのことに集中するタイプの人間で俺や智也がゲームを誘っても別でやりたいことがあるからとよく断る。
今はそのモードに入っているようで目つきがいつものへらへらしたものと異なっている。
「俺も手伝うよ」
「いや、いい。それより、どうだったか?」
「予想的中。どいつもこいつも一緒だよ」
やっぱりか、と小林は苦笑いすると、釘を打ち始めた。
健が樋口さんからの昼食の誘いを断ってからすぐに、陽キャ達から俺たちに声がかかるようになった。
彼らは全員一緒で噂から健が樋口さんを嫌ったと勘違いして、ワンチャンあるのではと、樋口さんのことについて俺達から情報を聞き出そうとしてくる。
それに加えて、俺達を貶してくる。
なぜか、教えてもらう立場である陽キャ達がが俺達を貶してくるのである。
どれだけプライド高いんだよ、こいつらはと思うので、智也を含めて俺達三人は大したことは教えないでおこうと団結した。
まあ、大した情報は教えないというか、そもそも知らないので、教えられないが正しい。
「おいてめえ!」
「なんです――っ!」
小林の組立ての手際の良さを見ながら隣で座っていると、突然、頭に強い衝撃が走る。
痛い。
俺はそのまま頭を抱えて地面に倒れる。
「おい、お前何すんだよ」
小林は立ち上がり、俺の後ろに立っていた男に向かっていく。
俺が顔を上げると、激しい怒りの形相をした男がそこにはいた。
「黙ってろ、デブ!」
「俺はデブじゃなくてぽっちゃりだ!」
「待て!」
殴りかかろうとする小林を俺は止めた。
ここで殴ってしまえば、こちらにも非が生まれる。
そして、小林を巻き込みたくはない。
「さっきぶりですね。何か用ですか?」
俺はできる限りの平常心を装って、殴ってきた相手に尋ねる。
その相手は空き教室にいたリーダー格と思わしき人物だ。
どうやら、さっきの挑発が効果抜群だったようだ。
男は周りに人がいることを気にせず殴ってきたことから頭に血が昇りきっているのだろう。
ここは俺が冷静な態度をとって、相手を落ち着かせよう。
そう思っていたのだが…
「散々、馬鹿にしやがって!クソキモ陰キャ童貞のくせに調子に乗ってんじゃねぇよ!」
陰キャ童貞のくせに……童貞のくせに……童貞……
ってことはつまり、こいつは卒業してるってことか?
こんなやつが?
俺に対して暴言を言った男が段々と許せなくなってくる。
俺が童貞であることをこいつは馬鹿にしてきたのか……
この後の出来事を振り返ると、いつも後悔する。
なんであんなにブチギレてしまったのか、と。
そして、あそこまで大声で叫ばなくても良かったのではないか、と。
「童貞で何が悪い!!女性慣れしていなくて何が悪い!!」
自分が持つ最大限の声が腹の底から出た。
その声はその階の人間には聞こえていただろう。
「は?キレすぎだろ。そんなに嫌かよ。ど・う・て・い・く・ん」
男は俺の豹変ぶりに驚いたのか、さっきまでの怒った様子はなく、俺を嘲笑うように挑発しながら距離をとっている。
その後ろでは空き教室で一緒にいた男たちが俺を指差して笑っている。
「お前、ぶっ殺してやる」
「やれるもんならやってみろよ。お前みたいな陰キャ、ボコボコにできるけどな」
「じゃあ、逃げるなよ。陰キャの俺から逃げるお前はそれ以下のイキってるだけのゴミになるけどいいのか?学校全員から笑い者になるぞ。陰キャから逃げた
「……陰キャ童貞のくせに、生意気なんだよ!」
男は俺のあからさまな挑発に乗って、俺に向かってくる。
どれだけ単細胞なんだよ、こいつは。
こんなやつよりも劣っているところがあるということに虫唾が走る。
喧嘩をせずとも、こいつを地の底に落とすことは可能だ。
だが、間接的ではなく、どうしてもこの手で潰したくなった。
冷静さを欠いていることは分かっている。
でも…それでも……俺の四十六年がお前を認めたくない。
空き教室の時と変わらず、直線的な動作で殴ってきた男の腕を取ると、俺は相手に背中を向けてそのまま相手の勢いを利用して地面に叩きつけるように背負投をする。
柔道の時とは違う硬い床での背負投なので、背中に感じる痛みは相当なものだろう。
男も一撃でへばってしまっている。
「なんで俺がてめぇなんかに…」
「うるせぇ、童貞を馬鹿にしたお前が――」
「悠誠!」
俺が全力で暴言を吐き始めると、近くにいた小林が何かポーズをしている。
その立ち姿が何かはすぐに分かったが、一体どういう……そうか、こういう機会じゃないと言えないもんな。
俺は深呼吸すると最大限のキメ顔とカッコつけた声で言い始める。
「てめーの敗因はたった一つ……たった一つのシンプルな答えだ……てめーは俺をおこ――」
「お前ら!何をやってる!!」
廊下中に響いた怒声は俺の決め台詞をかき消す。
そして、俺はここでようやく我に返った。
自分がとんでもないことをやってしまった自覚した。
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