負の連鎖

 樋口さんがサッカー部の主将に告白された。

 その噂は瞬く間に広がり、一日で全校生徒中で知らない者はいないほどになっていた。


「振ったよ。今は恋愛とかいいかなって思って」

「マジかっ!?」

「そうじゃなかったら、お昼ごはん一緒に食べてないって」

「確かにそうだな」


 一週間前の五人で昼食を取りながらオタクトークをしている。

 今日でニ回目なのだが、すっかり仲良くなったようで、智也と小林からは緊張が見受けられない。

 だが、彼氏持ちの女性と一緒にいることを心配した彼らが尋ねたところ、とてもあっさりとした回答が返ってきた。

 それなら安心して話せるなと思ったのだが…


「ネッサー死んだの辛すぎるって」

「どうやって黒騎士倒すんだよ!」

「そんなことより、カナミの方ですよ!」

「そうだよなー、エマちゃんの言う通りだわ。可哀想すぎる」


 う〜ん、話についていけない。

 昨日の夜、《宅ロス》を見ることは頭の中からすっかり抜けていた。

 こうなることは予想できたはずなのに、どうして同じ轍を踏んでしまったのか。

 昨日の俺はゲームをしている場合ではなかったのだ。

 

「ごめん、先戻るわ」

「おけ」

「気をつけて帰りなさいよ。知らない人に声を掛けられてもついて行っちゃダメだからね」

「オカンか!」


 小林にそうツッコんでから俺は食堂を出た。

 一人でいてもつまらないし、四限目だけでは寝足りないので自分の席でもう一睡しようかなと考えていると後ろから足音が聞こえてくる。

 このイライラが隠せない感じ、身に覚えがあるぞ。


「おい、お前!」

「すみません、忙しいんで!」


 俺は予想通りの声を耳にした瞬間、振り向くことなく走り出した。

 面倒事に関わらないためにも逃げるが最善だ。

 そうした結果、俺は居場所を失ってしまった。

 教室では出待ちしている七三メガネが居そうだし、食堂に戻っても孤独感と勝負しなければならない。

 屋上の階段に行くか…あそこなら誰もいないだろうし……

 そう思ったのだが……


「少し可愛いからって調子乗りやがって」

「それな。何様なんだっての」


 俺が屋上へ上がる階段に着いてから程なくして彼女ら三人組はやってきた。

 この学校では屋上の立ち入りは禁止になっているため、ここに来る人はいないと思っていたのだが、陰口を吐くためにここまで来るとは…

 人気のない場所なので必要のない椅子や机などが積まれている。 

 そこに隠れてやり過ごすことに決めたが、俺の憩いの場を汚したことは許せない。


「槇田先輩を誑かしておいて、健くん狙いなんて」

「このままじゃ、健くんが弄ばれる」

「天音ちゃんが可哀想すぎるでしょ。あんなにショックを受けているのに……」


 ん?どういうことだ?

 槇田先輩って確か、サッカー部の主将だったはず。

 でも、その人って樋口さんに振られ……そういうことね。

 要は彼女たちは樋口さんを妬んでいるのだ。

 神崎さんが好きと噂の槇田先輩が樋口さんに告白したことが原因だろう。 

 名前こそ出しはしないが、転校生だの、銀髪だのと言っているから間違いないだろう。

 確かにあれだけ可愛いと良くも悪くも目立ってしまう。

 話を聞く限りだと彼女らは健が好きなようで、一緒にオタクトークをしている樋口さんが気に入らないようだ。

 陰口を吐くという行為自体は褒められたものではないが、これで少しでも鬱憤を晴らしてくれるのならと俺は黙って盗み聞きしていたのだが……



「色んなところでエマちゃんが先輩を誑かしたって噂が流れ、本人にも聞こえるように言う人が現れるようになったと…」

「そうなんだよな、そんなに健と槇田先輩のことが好きな人が多いとは思わなかった」

「それだけではないでしょ」


 状況把握を終えると、由依はいつになく冷静に俺たちの話を切った。


「私の耳に入る話だと、健と槇田先輩は本当に一部でしかない。神崎さんの失恋の話はきっかけでしかなくて、今あるのは樋口さんへの嫉妬がほとんど。自分の力では追いつけないことがわかっているからあんなふうに陰口が出回るの。男子の人気を根こそぎ持っていくような女を好きになる女の方が珍しいわ」


 女性からの意見ということで、すごく説得力があるものに感じた。

 確かに、最近聞くのは悪口と言っても妬みのようなものにしか聞こえないものが多かった気がする。


「じゃあ、由依は嫌いなのか?」

「全然、むしろお人形さんみたいで大好き。それに、私の男の趣味わかってるでしょ?」

「……高校生を好きにはならないか」

「そういうこと」


 由依の好みの男はこの高校にはいないだろう。

 なにせ、筋肉に取り憑かれた女だからな。

 それも細マッチョとかじゃなくて、筋肉が膨れ上がったマッチョだ。

 ゆえに、まだまだ成長過程である男子高校生には興味がないのである。


「できることからってなると、健は一旦、離れたほうがいいかもな」

「うん、せめてお昼ごはんを一緒に食べないとかはしたほうがいいかも」

「……わかった」 


 俺たちからの提案に不満があるようで表情が固い。

 彼にとっては樋口さんは本当にただの友人なのだろう。

 それゆえに、健がここまで真剣に女子の話をしているのだ。


「ナギちゃんとかもいるし、孤立するってことはないと思うけど」

「ナギちゃん、昨日もブチギレてたもんな」


 ナギちゃんはこの噂をデマだと抗議しているが、逆に騙されていると助言のつもりで言ってくる人がいるらしく、その人にもキレていた。

  

「私としてもこの噂が嘘だってことは伝えて回るつもりだけど、文化祭のことを考えるとどうしても下手には動けないかも」

「キレてシフト来ないとかありえる話だもんな」

「……由依さ、真面目すぎない?」


 健は驚いたように隣の由依を見ている。

 確かに、いつもは俺たちに投げやり感が強い由依がこんなに真面目意見しているのは珍しい。

 だが、これは決しておかしいことではない。

 人間誰しもきっかけがなくても、急に感情の起伏が訪れることはある。

 今日はたまたまやる気があるだけで、明日になったら元通りになってるなんてだ。


「別にいいでしょ。まあ、強いて言うならあんたにでっかい借りがあるからね」

「え、俺?」


 俺の問いかけに頷くが、俺としては全く身に覚えがない。

 いつも写真をネタに揺さぶられているくらいだ。


「気にしないで、言うつもりはないから」

「それなら、俺も気にしないわ」  


 変なところで律儀だよなと思いながら、俺たちは話を戻して打開策を練った。

 その結果、健は距離を置くこと、噂が嘘であることを伝えながら様子見して、何か危害を加えられそうになった時は守るということを三人の間で約束するだけとなった。

 根本的な問題の除去は強行手段となるため、逆に樋口さんを苦しめかねない。

 そのため、アフターケアしかできないというのが共通認識となって、この場は解散となった。

 


 健の家での会議から三日が経った。

 俺も知り合いには噂が嘘だって話をしているが、一向に減っている気がしない。

 それもそのはずで、俺の知り合いとなると由依やナギちゃんを除くと男子しかいない。

 男子に言ったところで、女の妬みが消えることはないのだ。

 むしろ、男子の中にはそのこと自体を初めて知ったと言う者までいる。

 そして、健が樋口さんから意図的に離れると、こういう輩も現れる。


「お前さ、エマちゃんと仲良いらしいじゃん。俺たちに情報売ってくんね?」


 こういう下賤な輩が。

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