文化祭を目前に控えて
「おっ、いいんじゃない?まあ、うん、まぁまぁかっこい…うーん、清潔感は増したんじゃない?」
「そこはカッコイイって言えよ」
鏡の前で髪型を模索している。
そのすぐ隣には審査員として幼馴染みの二人がいる。
「一番最初が一番良かった気がするな」
「確かに……健の言う通りかもね」
「お前らぶちのめすぞ」
今日はバスケ部がオフということで、健の家で俺をイメチェンさせるべく集まっている。
かれこれ一時間ほど、動画やネット記事を参考にセットしては戻してを繰り返して評価してもらっている。
「衣装がちゃんとしてる分、髪型はなんでもいいかもね」
「俺も着ただけで様になってたから大丈夫だって」
「黙ってろ、マジで」
イケメンの着ただけは信用してはいけない。
こいつは毎朝、髪のセットをしている人間だ。
俺みたいに寝癖さえ無くなればなんでもいい人間ではない。
こうやってだらけ始めると、過去の自分がいかに凄かったかを思い知らされる。
うーん、あの時の俺は凄かったな。
本気出せばあれくらいはできるっていう指標が分かったな。
大企業の役員として働けるくらいのポテンシャルを秘めているということだ。
そう、今の俺は可能性の獣、ユニ……なんでもない、気にしないでくれ。
脱線したが、要は俺みたいな顔が良いわけでもなければ、身だしなみに気を遣っているわけでもない男に執事服が似合うはずがないということだ。
だから、少しでも見栄えするようになるため、髪をいじっていたわけなんだが……
「で、今日はこのまま俺の髪型を決めて終わるわけじゃないんだろ?」
「まあ、そうなんだけどさ、話したところでどうなんのって感じでしょ?」
「でも、解決しないわけにはいかないだろ。学校内でのことだから、いくらでもやり方は――」
文化祭を来週に控えた今日、俺たちはクラス内で起きている問題に対処すべく由依に集められた。
由依にも友人はいるが、基本はぶりっ子モードなので素を見せたことがなく、真面目に相談となると健と俺が招集される。
だが、これまでのとは俺のやる気が違う。
今回ばかりはなんとかしなければならない課題が一つあるのだ。
「……あんたも原因になってるってこと分かって言ってんの?」
「分かってるよ。でも、ただの友達なんだって」
健の言い分は納得できる。
だが、それは俺が健という人物を知っているからだ。
現在、学校で起きていることは由依が言っていた通り、俺たちだけではどうしようもないことだが、一人の友人として手を打たないという訳にはいかないのだ。
▽▼
「「キャーー!!」」
執事服を着た健の登場にクラス内の女子が歓喜の叫びを上げている。
黒のジャケットに白手袋を付けた姿は男の俺でも惚れるレベルで整っている。
群がる女子たちに笑顔を絶やさないが、幼馴染みの俺からすると大分参っているのが分かる。
それはもう一人のイケメン執事にも言えることだ。
「玲花ちゃん、イケメンすぎ」
「本当、男の人みたい」
女子から迫られているのは執事服姿の蒼井さんだ。
メイド服を着ることを拒んでいたが、執事服ならと男装している。
スラッとしたモデル体型であるため、男性もののウィッグを被っただけでイケメン執事に見えてしまう。
周りの女子も健と同様の盛り上がりを見せている。
俺はというと、執事服を着たものの女子からの反応もなければ、集まってくれたのは智也と小林だけ。
全然それでも十分だと思うけど……
「似合わねー」
「着せられてる感すげーわ」
はぁ、なんで立候補したんだろ…
放課後、クラスではメイド喫茶に向けて、ホールスタッフとして働くメンバーの試着会が行われていた。
上級生が優先されるため、メイド喫茶はできないだろうと思われていたのだが、学校中の欲が一致した結果、俺たちはメイド喫茶をやらされることになった。
クラスの過半数がイケメンと美女の執事服またはメイド服を期待した結果だ。
俺もやりたいと 思っていた一人だったから最初は嬉しかったが、今となってはその気持ちは薄れ、心配が勝るようになってきている。
「エマちゃん可愛い!」
「ちょっ、あーしは!?」
声のする方を見ると、髪色だけで誰かが分かる。
メイド服に着替えた人たちがクラスに戻ってきたようだ。
ミニスカートかロングスカートかの違いはあるが、どちらも黒と白を基調としたこれぞメイド服といったデザインになっている。
「エマちゃん、エグくね。ガチでアニキャラだろ」
「確かに、うちの看板娘だろうからな」
小林が興奮するのも分かる。
樋口さんという銀髪天使にメイド服が合わさると、より人形感が増すというか、完成されきった可愛さがある。
エマ以外にもナギちゃんや由依などがメイド服に身を包んで写真を撮っているが、一人だけ異質な雰囲気を出している人物がいる。
「やっぱり暗いままだな」
「もう立ち直ってもいい頃だろ」
男子からの注目を浴びている彼女だが、他の女子と写真を撮るわけでもなく、ぼーっとしている。
「天音も撮ろうよ」
「うん、分かった」
神崎さんはそのままカメラに向かってポーズを取るが、覇気が感じられない。
それだけ好きだったってことなのか……
そう思うと少しだけでも勘違いしていた俺がいかに滑稽だったかが思い知らされる。
まだチャンスがあるって切り替えるべきだな。
他の男子もそんな感じがするし……
時はさらに遡り、勉強会の翌日、清々しいほどの快晴に反して、クラスにはどんよりとした空気が満ちていた。
それはある一人から発せられる負のオーラによるものだった。
「天音ちゃん、大丈夫?」
「俺たち話聞くぜ」
「気にすんなって、他にいい人見つけようぜ」
机に伏したままでいる彼女は誰に話しかけられても反応することはない。
体調が治っていないというわけではなさそうだが、一体何があったんだ?
「失恋だってよ」
「へぇー、本人がそう言ったの?」
「さあ、そういうふうに聞いただけだからな」
「そっかそっか……」
失恋したのか……
そうだとすると、俺が神崎さんの好きな人って可能性はゼロになったのか。
そっかそっか……
「斎藤は心当たりないの?」
悲しみに浸っていると隣からナギちゃんが尋ねてきた。
「なにもないけど、どうして?」
「なんとなく?かな」
それだけ聞くとナギちゃんは神崎さんのもとに戻っていった。
どうやらナギちゃんにも原因がわかっていないらしい。
家庭の事情とかもある気がするが、失恋が学校では有力のようだ。
「そのうち、元気になるだろ」
「確かにな〜」
智也たちの言う通りだなと思い、自分のショックごと見ないふりをした。
だが、一週間経っても元の神崎さんには戻らなかった。
そんな時に起こったこの出来事がことの始まりだったように思える。
樋口さんががサッカー部の主将に告白されたのだ。
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