知り合いに異性といるところ見られるのってキツくない?

「みんなでなにやってるの?」


 声で誰かは分かったが、確認のため教室の扉の方を見ると由依がいた。


「室長じゃん!勉強会してるんだけど、一緒にどう?」

「忘れ物取りに来ただけだからいいかな〜、晩ご飯の担当、私だし」

「そっか~、ざんね〜ん」


 由依はナギちゃんの言葉にごめんね~と手を合わせると、自分の席の引き出しからノートを取り出す。

 こうして見ていると笑顔を欠かさず、清楚で可愛い女子だなとは思う。

 リーダーシップもあり、誰にでも優しく、アニメや漫画の話ができることからモテているらしい。

 夏休み始めに三人で集まって撮影をした時は、三人に告られた〜と自慢していた。

 が、それを超える健の八人切りを聞いて絶句していたのを覚えている。

 それに加えて、室長を務めるほど真面目そうな雰囲気があるが、成績は中の下。

 本人曰く、一緒に勉強してがっかりされる方が辛いし、勉強するくらいなら市場しじょうに合う絵を描く方がマシとのことだ。


「そういえばだけど、……エマちゃんってテスト日本語なの?」

「そうだよ」 

「そっかそっか」


 エマが解いている問題が日本語のものだったから気になったのだろうか。

 由依はそう言うと俺たちの机に近づいてくる。

 

「それって結構キツくない?一人だけ英語と数学両方解くみたいな感じでしょ」

「うん、読みはできるんだけど、書きができなくて…」


 樋口さんの日本語はアニメから学んだらしい。

 父親が日本人で、イタリアに居る時から兄も含めて三人でアニメを見るのが日課だったそうだ。

 そこから、漫画を読んだりすることで読みと聞きを学び、父と会話することで話せるレベルにまで達したのだが、それゆえに書きは話す範囲ではできるが、数学の記述などは厳しいらしい。

 ちなみに、この話は俺が生徒指導部に行っている間にしたと健から聞いたものだ。


 別に、なんとも思ってないっすけどね。

 そっちの話を先にしてほしかったな、とか全然ないけどね!!


「それって先生知ってるの?」

「どうだろ……でも、これから慣れていけるように頑張ります」


 その発言ができるとは向上心の塊だな。

 普通なら助けてくれと先生に許しを請うだろうが、樋口さんはその逆境を自力で乗り越えようとしているのだ。

 

「偉すぎでしょ。あーしには厳しいわ」

「うん、ナギちゃんの言うとおりだな。俺だったら心折れてる」

「だったら、一杯褒めてください。褒めて伸びるタイプなので♪」

「じゃあ遠慮なく、よしよしよしよし〜♪」


 ナギちゃんは隣にいる樋口さんに抱きつくと頭を撫で始めた。

 樋口さんも満更でもない様子で頭を寄せている。

 そのやり取りは仲のいい姉妹のようで、周りに癒やしの波動を出している。

 自分の顔が緩みそうになり、古文単語帳に注視することで我慢しようとするが、視線が気になって顔を上げたところ悪魔と目が合う。


「じゃあ、私は帰るね〜。あと、ちょっと話したいことあるから来てもらってもいい?」

 

『ちょっと話聞かせろよ。来なかったら分かってるよな』 


「分かった。ちょっと行ってくるわ」


 ナギちゃんの時とは違い、目を見ただけで何が言いたいのか察しがつく。

 智也を一人にするのは忍びないが、ついていくしかない。

 俺は席を立ち、悪魔と一緒に教室を出た。


「春到来じゃん!」

「やめろよ。恥ずいって」


 人気のない屋上へと続く階段の踊り場に着くと、肘で俺の脇腹を突いてくる。


「エマちゃんの照れてる姿見てニヤついていたのに?」 

「あれは癒やされるだろ」

「うん、それは私も思う」


 急に冷静な口調に戻って同意してくる。

 なんだこいつ。倫理観だけじゃなく、情緒もおかしくなったか。


「ナギちゃんのこと、ナギちゃんって呼んでるのもちょっと面白かったなー」

「あれは、そうしろって言われたから」 


 名字が嫌いと言われたから、俺としては名前で呼ぶべきだと思った。

 本人がそうしてと言ったのもあるが、俺としては家が嫌いという理由があるかもと予想できたからだ。


「へぇー。で、誰が好きなの。お姉さんに言ってみ」


 俺がお姉さん系が好きなのを知ってか、俺から何か聞き出したい時はこの手を使ってくる。

 だが、俺は一度も口を割ったことはない。

 それを分かって使っている部分もあると思う。


「誕生日はお前のが後だろ」

「言ってくれたら手伝うのになぁ。脱いでもらってるお礼に」

「こういうところで言うな!」


 ニヤニヤしながら面白がっているが、誰かに聞かれたら洒落にならない話だ。

 

「まあ、言いたくないならいいや。あんまり興味ないし」

「それもそれで嫌だわ」

「いつものやってほしかったの?」

「すみません、私に非があります」


 俺の高速謝罪を馬鹿にするように笑うと、「あぁ〜、おもしろっ」とだけ言って帰っていった。

 何だったんだよと思いながら、教室に戻る前に休憩を取ろうとスマホを開く。

 そこには智也からの救援を求める通知があったが、俺は電源を消して壁にもたれる。

 ひんやりとした壁の冷たさが心地よい。 

 それから、目を瞑って五分程何も考えずにゆっくりしてリフレッシュした後、俺は教室へと戻る。

 神崎さんと隣の席で一緒に勉強できることは嬉しいが、舞い上がってはいけないと自分を律してから扉を開く。

 

「長くなってすみません……神崎さんは?」

「天音は調子悪いから帰るって」


 気合を入れた分、いないとなるとショックは大きいが、体調不良は仕方がない。


「ユウセイ!ここ教えてください!」

「えっと…そこはね……」


 いなくなった神崎さんの分、俺の教える量は増えたが、その後は五時まで教室に残って勉強し、俺たちは各々の帰路についた。

 体調は大丈夫なのかなと心配になるが、神崎さんの連絡先を持っていない。

 クラスのグループチャットにはあるが、そこから連絡先を入手するのは憚られる。

 明日来なかったら、ナギちゃんにでも聞いてみようかな。

 そんなふうに考えながら、俺は帰り道のコンビニでアイスを買って帰るのだった。


 誤解されていると気づかずに…… 

 

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