勉強会
「ねぇねぇ、斉藤達さぁ、一緒に勉強しない?」
机の前に現れたのは小柄な女子だった。
無造作感のあるボブヘアで、紫と赤が混ざった特徴的な髪色をしている。
メイクもガッツリしていてまつ毛がすごく長く、いかにもギャルって感じの女子だ。
確か、神崎さん達と一緒にいる
「明日の数学の小テストヤバそうなんだよね〜。よければ、学年三位の頭脳を貸してもらいたいな〜って思ってんだけど、どう?」
俺としてはどっちでもいいが、流石に今回ばかりはやめておいた方が良さそうだ。
女性耐性の無い智也にとって、苦になるだろうからな。
「あと、玲花も一緒にお願いしたい」
「レイカって蒼井さんのこと?」
「うん、そうだよ」
なるほどなぁ……これは迷うぞ。
智也のためを思えば思うほど、どちらを選択するべきかがわからなくなる。
蒼井さんかパソコンか……
確実性があるのは絶対にパソコンだ。
俺にだって一緒にゲームができるという利があるからな。
こいつには悪いが今回ばかりは――
「……いいですよ」
「あざ〜」
は?こいつ、なんて言いやがった?
隣では照れ隠しなのか、ノートの上に顔を伏している男がいる。
血迷ったなこいつ……
「玲花、こっち来て!」
若山さんに呼ばれた蒼井さんはすごく嫌そうな顔をしている。
男嫌いで有名な蒼井さんは陰キャ男子とは勉強したくないのだろう。
説得するために若山さんが離れたので、その隙に智也に耳打ちする。
「おい、なんでオーケーしたんだよ。話せるのか?」
「俺も分かんねぇよ。気がついたらオーケー出してたんだからさ…」
好きな子と一緒に勉強できるってなったら、願ったり叶ったりだ。
俺も神崎さんと勉強できるとしたら……いや、気が引けるというか、心が持たない気がする。
頑張って勇気を出したんだな。
今出す勇気ではないと思うけど。
「玲花連れてきたよー。はい、挨拶どうぞ♪」
「蒼井玲花です。今日はよろしくお願いします」
「よろしく〜」
目を合わさずに話す蒼井さんを見上げながら、軽く挨拶する。
スラッとした長い脚。
背中まで真っ直ぐ伸びた水色の髪。
肌も白く、切れ長の目や長いまつ毛は可愛いというよりクールな印象をもたらしている。
スタイルの良さから読者モデルをやっているという話も聞いたことがある。
だが、男子からの人気が無いのは彼女の男嫌いな性格からだろう。
にも関わらず、隣の男はギャルになる前から好きだったらしい。
「よろしくお願いします……」
弱々しい挨拶をする隣の人だが、彼も彼で精一杯なのだろう。
ただでさえ女性と話す機会のない陰キャが女子二人と勉強会、好きな人もいる、緊張と嬉しさでぐちゃぐちゃだろう。
俺はというと、前回の食堂と同様に緊張せず、落ち着いていられる。
「二人ってどのくらいできるの?」
「んー、まあぼちぼちかな……」
聞かないほうが良いタイプだな。
答えてくれた若山さんは気まずそうにしている。
最悪、全員赤点候補ということだな……
「じゃあ、範囲の問題解いてそれを俺が教えるって形で」
「おけー、じゃあ机合わせよ」
こうして俺たち四人は勉強会をすることになった。
俺も古文単語を頭に入れようっと……
これはミスったか。
そう思ったのは勉強会開始からわずか十分後のことだ。
明らかに集中を欠いている男が隣にいる。
ペンは同じところからほとんど動いていない。
原因は分かってる。
前の席に向かい合わせで座っている蒼井さんだ。
その蒼井さんは順調そうだが、妙に忙しないように思われる。
やはり、男と一緒にというのがストレスなのだろう。
俺の前にいる人はというと……
「若山さん何して――」
「名字嫌いだから、ナギちゃんって呼んで」
「……ナギちゃんは何してるの?」
「どんなネイルにしようかなって考えてる」
「勉強しろよ」
「えー、勉強キライー」
なんで誘ってきたんだよ!と言いたくなるが、なんとか抑え込んだ。
ナギちゃんのノートには白黒の爪のデザインが描き並べられている。
今でも髪色と同じ系統の赤や紫のネイルをしていてとても魅力的だ。
これはちゃんと勉強しろと叱るべきか迷うが、二人と仲の良い神崎さんに嫌われる可能性がある。
それに加えて気になるのは、この勉強会が始まってからナギちゃんとは何度か目が合うということだ。
必死に目で何かを伝えようとしているのは分かるが、何が言いたいのかさっぱりだ。
俺の要領の悪さに観念したのか、深くため息を吐くと、教科書を手に取る。
「ここ、わかんないからこっち来て」
怒っていそうなので言われるがままに隣に行き、問題の解説を始める。
聞いているナギちゃんは話を聞いているかどうかすら怪しい反応だ。
この態度はねぇだろと思うが、神崎さんとの縁が無くならないように堪える。
「じゃあ、これはどうすればいいの?」
ナギちゃんがペンで差した箇所には文章が書かれている。
『二人が話しやすいように協力して』
えっ、……そういうこと?
「あぁ、そこはこうやって……」
そう言いながら俺は『OK』と書く。
だが、なにをどうすればいいのかが分からない。
その旨を書くと、『あーしに任せな』と力強い字が書かれる。
それからナギちゃんを信用して席に戻って待っているのだが、聞こえるのはペンが走る音だけ。
大丈夫なのかと顔色を伺うが、焦りの色は一切なく、真面目に問題を解いている。
「なあ、悠誠。ここ分か――」
「斉藤教えて!!」
身を乗り出すようにして俺に必死に助けを求めてくる。
合図ということだろう。
それにしても大胆というか、大雑把というか…
「えっと、じゃあどうぞ……」
ギャルの圧に屈して引っ込む智也。
可哀想ではあるが、これは全てお前のためにやってるんだ。
すまない!
「ごめんね〜
「えっ?」
蒼井さんは顔を上げると目を丸くしている。
「だから、玲花が教えてあげてって言ったの」
「だったら、私がナギちゃんの――」
「いや、あーし問題児だから。ねぇー、先生♪」
ナギちゃんと目が合う。
この目は分かるぞ。
何度も悪魔にされた覚えがある。
「確かに、智也よりナギちゃんのがヤバイな」
「んじゃ、玲花が新島に教えてあげてね♪それじゃあ先生教えてー」
今度は自ら立ち上がり、俺の席の方に来る。
ノートの指差した箇所には『二人の会話が弾んできたら撤退!』 と書かれている。
『蒼井さん教えられるの?』
『大丈夫!そこそこ賢いから』
『もしかしてナギちゃんも?』
『いや、あーしは前のテスト赤点五個あったよ』
顔を見ると、てへっとウィンクしてくる。
成績を聞いたせいか、うまく笑えない。
『少しは照れてよ』
『ごめん、それどころじゃなかった』
「おい!」
軽く肩パンしてきたナギちゃんはそこまで怒っている様子ではない。
おふざけの延長だったようで、顔は笑っている。
明るくて話しやすく、ノリがいいので俺も喋りやすい。
ゆえに、解説してる振りをしながら二人で筆談をしているとついつい悪ふざけが出てくる。
『ちょっと二人にちょっかいかけようよ』
『いいよ。入りは任せた』
こうして隣の両片思いをイジろうと思い立ったのだが、二人は自分の勉強をしている。
『教えている所見た?』
『ノートを一緒に見ているところまでは』
これは失敗だな。
二人とも顔が赤くなっているが、さっきからの変化は無く、無言のままだ。
そもそも、智也は人付き合いがあまり得意な性格ではないので、話を続けることは難しかったのだろう。
俺からしたら両片思いと知れただけ十分な成果ではある。
智也には言わないけど。
それを言うのは野暮ってものだからね。
ナギちゃんと顔を見合わせると、ナギちゃんも同じことを考えていそうな渋い顔をしている。
今日は勉強に集中させて、また今度だな。
智也がどこを解いているのか見ようとしたその時だった。
「二人ともお待たせ!学年二位の頭脳。ただいま到着しま……」
勢いよく開けられた扉から現れた学年二位の頭脳は人差し指で自分の頭を差してポーズを決めながら、声高らかに登場の決め台詞を言うが、俺と目が合うと止まってしまった。
呆然とした様子だったが、我に返るとすぐに教室から出て行こうとする。
だが、それは後から入ってきた銀髪の天使に引き止められてしまう。
「アマネどうしたの?かっこよかったのに…」
「やめて!言わないで!」
恥ずかしさに悶えているのだろう。
ナギちゃんは必死に笑いを堪えているが、俺としては見てられない。
共感性羞恥というものだろう。
「天音ごめんね〜。斎藤達いるって言うの忘れてたわ」
「……ナギ」
「ん、なに?何か言いたいことあるの?」
「……ない。ちょっと席外す」
神崎さんは相当怒っているようだが、それに顔色変えずに返しているナギちゃんがすごい。
この歳でこの貫禄があるとは…
きっと将来、優秀な人材になることが容易に想像できる。
「お菓子買ってきました。みんなで食べましょー」
樋口さんの手に持っていたビニール袋からポテトチップス、チョコ、グミなどが出てくる。
「ユウセイとトモヤもどうぞ。私の奢りです」
「「あざっす」」
「よーし、勉強がんばろー」
樋口さんは腕を上げて気合を入れると、近くの机をくっつけて勉強道具を取り出す。
「せっかくだし、教える側と教わる側で別れよっか。そっちのが楽でしょ。ね?」
ナギちゃんの有無を言わさぬ提案によって、半強制的に俺たちは二人組と四人組に別れた。
俺はというと教える側として座っており、隣にはトイレから戻ってきた神崎さんがいる。
頭を冷やしてきたようで落ち着いている。
さっきまでツインテールだった髪はポニーテールに変わり、うなじがしっかり見える。
外に出て汗をかいた直後だからか色気がすごく、異性として隣の神崎さんのことが気になって仕方がない。
集中しろと言い聞かせるが、なかなか心が落ち着かないままだ。
「どのくらい覚えた〜?」
隣から俺の古文単語帳を覗いてきた神崎さんからフローラルないい匂いがする。
「えっと、まだここだけど……」
「はやっ!二日でそこまで覚えたの?」
「読みやすかったからね」
この勉強会の時に初めて開き、ペラペラと捲っていただけで何も頭には入っていない。
好きな人の前でいい格好をしたくて嘘をついてしまった。
「今やってたのって明日の範囲だよね?これ教えてほしいんだけど」
肩と肩がぶつかりそうなくらいの距離。
顔も近いので、自分の息とか体臭とかが心配になる。
頼ってくれたからには応えなければ…
そう思って気合を入れると、教室の扉がガラッと開き、第二の刺客が現れる。
「みんなでなにやってるの?」
扉を開けて入ってきた悪魔の目は笑っていた。
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