学校行きたくねぇ……

「すみませんでした。失礼します!」


 部屋を出る前に一礼すると、気をつけろよ、と先生から釘を刺された。

 そして、扉の先には俺のカバンを持ってきてくれた友人達がいた。


「お勤めご苦労様です!」

「やめろ、恥ずかしいだろ」


 両サイドに分かれて、両手を背中で組み、足を肩幅以上に広げて礼をする智也と小林にはそれっぽさがある。


「兄貴!ご無事したか!」

「マジでやめろ!生指せいしの前でそういうことやるな!」

「で、何言われた?」

「まず、――――」


 そこから話したことは生徒指導部の先生から叱られた内容についてだ。

 暴力を奮ってはいけないという注意。

 事が遅くなる前に先生に頼れという忠告。

 賢いからそれくらいのことは考えろという叱咤。

 そして、俺への同情。

 中高一貫の男子校にいた先生も大学行ってからだったし、焦ることはないという同情。

 自分たちで責任が取れない間からそういう行為をすること自体、先生は反対だなという同情。

 先生が善意で言っているのは分かっているが、裏を返せば、高校では諦めろと言っているように聞こえる同情。

 最終的には、金髪の男はほぼ無傷だったらしいので、反省文千文字の刑と親への連絡で事は済んだ。

 俺としては空き教室で金を貰わず、暴力を奮わずに身を守った努力が全て水の泡になったことで損をした気分だ。

 こうなることなら、変な正義感から情報をほんの少しでも渡さないように努力するのではなく、最初からぶん殴っとけば良かった。

 ……いや、それは違うだろ。

 冷静になるんだ俺、客観的に物事を見るんだ。

 それができなかったから台無しになったし、怒られたんだぞ。


「なるほどな。まあ、先生の言うことも一理あるだろうな」 

「なんでだよ、そこは慰めるところだろ」

「いや、あれだけ叫んだらもう……」


 ……そうだよな。

 正直、今の俺は学校1無様な人間だろう。

 きっと、あの一連のやり取りは録画されており、それが世に出回って、童貞君として馬鹿にされ続けるのだろう。

 自分でもすごくダサいと思う。

 なんであんなふうにキレたんだろ…ダセェな俺……


「おい!」


 俺の進行を遮るように現れた男は今となってはお馴染みの七三メガネだった。


「お前の相手する気力無いんだわ。後日にしてくれ」

「そうか。だが、これだけは伝えさせてくれ」


 面倒くさいなと思っていると、彼は俺の右手を両手で取る。

 そして、そのまま俺の目を真っ直ぐ見てくる。

 なんだこいつ、気持ち悪いぞ。

 いつもの彼とはかけ離れた行動をするメガネを気味悪く思っているとメガネは口を開く。


「スカッとした。君は僕達の希望の光だ」


 それだけ言うと、満足したようでメガネは去っていった。

 そうか、あいつも童貞なのか……

 意外とイイ奴なのかもなと彼の後ろ姿を見つめると、両隣にいた二人に肩に手を置かれる。

 二人の顔を見ると、俺に同情半分、感謝半分といった顔をしている。

 そうか、俺は…ある意味で救世主となったのかもしれない。



▽▼



「あぁ…学校行きたくねぇ……」


 ベッドに横になってスマホを眺めながらぼーっとしている。

 帰宅直後に両親からは叱られた。

 二人とも俺が暴力を奮ったことに対して叱ってくれた。

 なんで、俺がこうした行動をとったのかを学校から聞いていたようだが、先生のおかげか、両親が信用してくれているからか、俺は悪くないと言ってくれた。

 前世の両親はそんなことを言ってくれなかっただろう。

 彼らは自分の利を追求することしか考えていなかった。

 俺を道具扱いしていた彼らに比べて、今の両親は俺自身のことをしっかり見てくれているのが分かる。

 愛されているというのが分かるのは嬉しいことだなと心の底からそう思った瞬間だった。

 だが、今は違う。

 《ライム》に届く知り合いまたは面識のない同学年と思われる男子からのメッセージを眺めているのだが、どんどん不安が募っていく。


『マジで最高。ついていきます!』

『童貞魂見せつけてやりましたね』

『ど・う・て・い・く・ん』

『ドンマイ!卒業している方が珍しいんだからさ』


 なんだよ、こいつら……

 俺のことを慰める者、貶す者、どっちの意味にも聞こえる文章を書く者など、合わせて三十人位からメッセージをもらった。

 健が言うには、俺の叫んでいる動画が拡散されているらしい。

 おそらくはその動画を見た男たちから面白がって俺にメッセージを送っているのだろう。

 メッセージでここまでイジられるのだ。

 学校に行ったらどれだけイジられ、辱められるのか想像に難くない。 

 その中で女子からの反応はニ件。

 由依からの『ナイス!よく言った!』というものと樋口さんからの『あんまり気にしちゃだめですよ』というものが送られてきた。

 女子の連絡先自体、由依と母親と樋口さんとなんかの流れで交換したナギちゃんの四人だけ。

 そのうちの二人から連絡が来たことは嬉しいが、逆にナギちゃんの反応が無いのが怖い。

 こんなキモい奴だったなんてと失望したかもしれない。

 神崎さんにも引かれただろう。

 あぁ…学校行きたくねぇ……と何度も何度も思い悩む。

 人生二周目のはずなのに、俺はどうしてアドバンテージを活かしきれないんだ!

 そんなことを考えながらベッドの上で転がり悶えていると、小鳥の囀りが聞こえてくる。

 あぁ、朝か……

 窓の外は明るくなっている。

 俺は一睡もすることなく、朝を迎えたのだ。

 今日は文化祭前日ということで、授業は二限までだ。

 二限とも寝たことがない授業だが、しっかり寝てやる。

 そして、イジりがしんどかったら即帰宅してやる。

 そう決意してから支度を始めると、俺の顔から寝ていないことがわかったのか、両親は休んでもいいんだよと提案してくれたが、大丈夫と俺は去勢を張って家を出た。

 そうだ、俺は大丈夫だ。

 前世より両親にも友人にも恵まれている。

 決して一人になることはない。

 なんとか乗り切って、明日の文化祭を楽しむんだ!


「さ〜い~と~う~く~ん!」


 遠くから大声をあげて誰かが近づいてくる。

 声からして女性だろう。

 最初の相手が女子か……

 せめて、男子が良かった。

 それもクラスの男子とか話が分かりそうな、そう七三メガネとかが良かった。

 どんなふうに馬鹿にされるのだろうか、そんな心配をしていると俺の右腕にするりと何かが絡まり、ぎゅっと柔らかい何かが押し付けられる。

 それが何か確認しようと右を向くと目と鼻の先に昨日まで死んだような目をしていた人物の顔があった。

 俺と目が合うと、いたずらっ子のような満面の笑みを浮かべる。

 

「おはよう♪」

「お、おは…よう……神崎さんは大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ!迷惑かけちゃってごめんね♪」

 

 神崎さんは自分が元気であることを示すためにか強く俺の腕を抱き締めてくる。

 一緒にデートしたときも距離感近いなとは思った。

 でも、腕を組むのはさすがにバグってるだろ!?

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