気になるお年頃
「ご馳走様でした。今日も美味しかったです」
「お粗末様でした」
一緒に合掌すると、向かい合って座っている凛と目が合う。
凛は微笑むと、食器を重ねて台所に持っていく。
「俺が洗うよ」
「大丈夫。それより、明日はどこ行く?」
「せっかくの休日だしな……泊まりで温泉とかどう?」
「急すぎない?色々と準備が必要なんだけど」
「だめ?」
「駄目だって言わない前提で聞いてるでしょ」
あれ?なにかおかしいな……
いつも通りの何気ない会話。
今日は金曜日で明日からの休日に向けて凛と話しただけだ。
凛と話しただけ……なのに、どうしてか違和感が残る。
「ねぇ」
顔を上げるとそこには凛がいた。
「大好きだよ♡」
彼女は一歩近づいてきた。
一歩、もう一歩、さらに一歩と近づいてくる。
だが、俺と凛の間は手を伸ばせば届くほどの距離を保ち続けている。
なぜなら、俺が下がっているからだ。
凛に合わせて、一歩ずつ下がっている。
一歩、もう一歩、さらに一歩と凛から遠ざかろうとする。
ずっと笑顔のままの凛。
どこか申し訳無さそうにしている俺。
凛が積極的に俺を求めてるのに、どうして俺は逃げるんだ……どうして俺は……俺は…………誰だ?
気がつくと、俺は呼吸を乱しながらベッドの上で上体を起こしていた。
自分が寝ていたであろう場所はぐっしょりと湿っており、着ているTシャツも汗でベタベタと体に貼り付く。
夢だったのか……
夢の最後で凛と俺、正確には坂本優太が向き合っているのを別の誰かとして見ていた。
夢の内容は一体なんだったんだ?
どうして俺は凛から逃げた。
どうして凛は積極的に俺に近づいてきた。
わからない……が、夢の内容について深く考察しようとすると、すぐに気がついた。
夢に意味はない。
座っていたのにいつの間にか立っていたり、台所にいた凛が突然、目の前に現れたり、優太から別の誰かの視点に移ったりと辻褄が合わない部分が存在する。
そもそも夢と現実に繋がりはないので気にしてはいけない。
こんな夢を見てしまったのは、神崎さんが凛の生まれ変わりの姿だと認識したからだろうか?
「汗を流しに行きますか」
意味もなく独り言を呟いてから枕元に置いてあったスマホとハンガーに掛けてあった制服を取って一階に下りていくと、階段の下で母が待っていた。
「おはよう♪自分から下りてくるなんて珍しいわね」
「ん、おはよう。汗流してくる」
「はーい♪」
母は返事をしながら二階へと上がっていった。
斎藤悠誠として生きている中で、活動時間が狂い、自分で起きれなくなってしまった。
そのため情けない話ではあるが、毎朝、母に起こしてもらっている。
前世を含めれば年下の母に起こしてもらっていることになる。
そう考えると、より自分が情けなく感じる。
シャワーを浴びて、髪をドライヤーで乾かし、制服に着替える。
それから、母が焼いてくれた食パンにバターを塗って頬張り、牛乳で流し込む。
これが朝のルーティーンだ。
今日は三十分ほど早く起きたので、時間に余裕がある。
「なあ、午後から行けばいいんだよな?」
「一時から三時の間に来てくれれば会えると思う」
「そうか、楽しみだなぁ〜悠誠の執事服姿」
父である
今日は休日なので優雅にコーヒーを飲んでくつろいでいるが、平日はせっせと家族のために出勤している時間だ。
そんな父親と最近の政治や事件について対話しながら朝食を食べ終え、ポケットの中に入れたスマホを取り出して自分も記事を開こうとすると、昨晩早めに寝たせいでゲームや漫画アプリの通知が山のように溜まっていた。
面倒だなと思いながら軽く目を通してスワイプしていくと、見慣れないアイコンがあった。
だが、流れに乗った指は止まれずにその通知を消してしまう。
おそらく《ライム》のはずだと、アプリを開くとそれは上から二番目にあった。
『あまね』って……神崎さん!?
すぐにアイコンをタップするとそこには神崎さんの名前と『明日、一緒に回らない?』というメッセージが送られてきていた。
送られた時刻は今日の一時。
その時は寝ていたから気がつかなかった。
早く返さないと……ってどう返せばいいんだ!?
『わかりました!楽しみにしています!』
…………こんな感じでいいよな。
急いで返信しないといけないのは分かっているが、このままでいいのかと迷ってしまう。
だが、早く送らないと神崎さんの予定にも影響が出る。
ふぅーっ……よし!送信っと…………既読はやっ!!
『二年生のお化け屋敷前で集合でいい?』
返信はやっ!!
俺が送ってから十秒と経たずに連絡が返ってきた。
これがJKの《ライム》の速度なのか!?
いや、そんなこと考えている場合ではない。
『大丈夫です』
それだけ送信すると、俺は慌てて洗面所に戻った。
手にワックスを馴染ませて髪をセットする。
普段、学校に行く際に髪をセットするということはしないのだが、今回ばかりは違う。
神崎さんの隣に立っていても違和感が無いくらいにはしないと……それに、俺はヒーローイジりをされている身なのだから、馬鹿にされないためにも身なりを整えなければ……
それから、もう
出欠確認はしといた方がいいのでは?と思うが、俺としてはありがたい。
神崎さんとの待ち合わせだけに集中することができる。
時刻は八時。
家を出るには少し早いが、遅れるよりはいいだろう。
なにより、心が落ち着かない。
「いってきます」
「いってらっしゃ~い♪」
リビングから飛び出してきた母に軽く手を振り、俺は学校へと向かった。
いつもより早い目覚め。
普段はしない髪のセット。
昨日より早い時間での登校。
若干、上機嫌な『いってきます』の挨拶。
これらのイレギュラーは息子の心情を推測するのに十分な情報だった。
「けいすけ君、十二時に出発するから」
「一時から三時の間に来てって言ってたぞ?」
「息子の春の訪れを黙って見ている気はないの♪」
「…………嫌われたくない」
斎藤明希は息子の想い人が気になって仕方がないのです。
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