お化け屋敷

 二年生のお化け屋敷の前に到着してから十分ほど経過した。

 お化け屋敷の中では先輩たちが動作確認をしているようで、ガタガタという物音とヒュードロドロといういかにもな効果音が聞こえてくる。  

 お化け屋敷にはすでに七組ほどが並んでおり、そのうちの四組がカップルだ。

 カップル含めて列に並んでいる人は複数人で来ているので、一人ぼっちの俺は居心地が悪く、足音が近づいてくる度に期待して首を動かしてしまう。

 キャーキャー騒いでいるカップルのやり取りを見てしまうと、カップルは俺を睨みつけてくる。

 カップルを見ないためにもスマホをポケットから出そうとした時、タッタッタッと近づいてくる軽い足音が聞こえてきた。

 今度こそと祈るような気持ちで首を動かすも、やはり違う。

 

 はぁ~、居心地悪いな


 そんなことを思いながら深くため息を吐くと、トントンと右肩をつつかれる。

 誰だ?と思い、振り返るとそこには待ちに待ったギャルがいた。

 

「お待たせ〜、待った?」


 おちょくるようににんまりとした笑顔。

 それにベタなフレーズ。

 ここは乗っってみようかな。

 声の調子を整えて、できる限り爽やかに――

 

「ちょうど今来たところだよ」

「そっかぁ…………」

「神崎さんが仕掛けてきたんだからね」


 神崎さんは口を抑えて笑いを堪えている。

 返しとしては及第点だろうし、自分でやっててイタいなとは思ったけど……え、そんなにキモかったか?


「十分前に来て居心地悪そうにしていたのに」

「……見てたのかよ」


 吹き出すようにアハハと笑われているが、不快感はなく、恥ずかしさが込み上げてくる。


「今日はごめんね。エマと玲花に用事があって、またぼっちになっちゃったんだよね〜」

「こちらこそ助かるよ。俺もぼっちだったし」

「知ってる。この時間に小林君とかがシフトだったから暇してるかな?って思って誘ったんだ」


 そこまで知った上で誘ってくれたのか。


「それに、ヒーローイジりを嫌がって他の男子とは一緒にいないだろうなぁって」

「…………その通りです」


 学校中が知っているのだから、神崎さんも知っているのは当然だ。

 神崎さんにも動画を見られているのかと思うと、ものすごく恥ずかしい。

 だが、神崎さんに悪びれた感じはなく、至って平常運転。

 俺が過剰に気にしているだけのようだ。


「それでは先頭の方、どうぞ~」


 九時になったところで、受付の方の誘導でカップルが入っていった。

 中からはキャッキャッと女性の声が聞こえてくる。


「怖いの得意?」

「……苦手だけど好きかな」


 得意だって言ったほうがカッコイイかもしれないが、偽ることなく苦手だと打ち明けた。

 ビビリなので、入ったときにすぐにバレてしまうからだ。

 実際に虚勢を張ったせいで、小林に全力でモノマネされながら煽られ、プライドを傷つけられたのを覚えてる。


「あたしもそんな感じかな。怖いものに耐性があったら、お化け屋敷とか楽しめなくない?」

「それはあるかもね」

「だよね。夏休み中にさ、玲花とナギちゃんとあたしの三人で行ったんだけど、それの動画があって……」


 スマホの動画には、お化け屋敷の列の先頭でビビっているナギちゃんとそれを見て笑っている蒼井さんの姿があった。

 ナギちゃんの提案で来たらしいが、当の本人がガチガチになってしまって、嫌々連れてこられた蒼井さんに面白がられているようだ。


 蒼井さんってこんなふうに笑うんだな……


 クールなイメージで、あまり表情を表に出すタイプじゃないと思っていたので、口を大きく開けてアハハと笑っている姿は意外だった。

 動画の彼女の笑顔は眩しく、心から楽しんでいることが見て取れる。


 そういえば、智也も笑顔が可愛いって言ってたな……


 女子同士のやり取りを覗いてしまったことに罪悪感を抱き、俺も夏休み中のお化け屋敷での動画を見せようとすると、一番最初が小林による俺のモノマネ煽りだったので、神崎さんに「似てる!似てる!」と盛大に笑われてしまった。

 その場にいなかった神崎さんに言われるくらいだから、小林のモノマネは上手なのだろう。

 俺は認めたくないけど……


 こうして二人で夏休み中の動画を見せ合っていると、出口の開く音が聞こえてきた。

 表情から情報を得ようと見てみると、どこか不機嫌な様子。 

 お互いに顔を合わせることなく、会話をすることなく歩いていく。

 何かあったのだろうか。

 それからも、カップル客がムスッとした様子で戻ってくることがあった。


「またプランDで」


 列の先頭につくと、受付の方は俺達の顔を見て、中の人に呼びかけた。

 どうやらお化け屋敷にはいくつかのパターンが設定されているようだ。

 Dってことは少なくとも他に三つあるのだろう。


「それでは、二名様どうぞ〜」


 受付の方は妙に胡散臭い笑顔で入口のドアを開け、あまり頼りにならない小さな懐中電灯を一つ渡して中に誘導してくれた。


「結構暗いね」


 教室の窓からの光を完全に遮断しているため、手元のライト以外の光源はなく、目に見えるのはライトに照らされた部分だけ。

 道なりに進めばいいのはわかるが、幅がかなり狭く、ギリギリ二人で並んで歩けるくらいだ。


「うわー、あたしより全然大きい!」

「能天気すぎるだろ……」


 ライトを持った神崎さんが壁の赤い手形に自分の手を合わせて見せてくる。

 壁には赤い手形やボロボロの布切れが所々にあり、『呪』とか『死』などという負のイメージを彷彿とさせる言葉が赤黒い塗料でべっとりと書かれている。

 他にも、バラバラにされた人体模型が吊るされていたり、藁人形に釘が刺されていたりと作りにはなっている。

 神崎さんの手合わせのおかげか、恐怖に飲まれることなく先に進める。


「案外、何もないね」

「うん、もう少し驚かしてくるものだとと思ってタッッ!!」


 反射的に体が飛び跳ね、神崎さんにぶつかる。


「びっくりしたぁ……大丈夫?なんかあった?」

「いや……なにかが耳に触れたように感じたんだけど……」


 神崎さんにライトで照らしてもらったが、それらしいものは無い。

 ビビリ過ぎて感覚がおかしくなったのだろうか。

 いや、かなりリラックスできていたはずだ。

 何かあるはずだが、目視できない。

 自分の気のせいだったか……と思っていたのだが、これは始まりに過ぎなかった。


「ギャッ!!」

「うわっ!!」

「はあ!?」 

「マジで何なん!!」


 見えない攻撃が続いたのだ。

 足を掴まれたり、首をなぞられたり、頬にピトッと冷たいものが来たりと様々なバリエーションで襲ってくる。

 その度に俺がビビってしまい、情けない声を出す。

 それだけなら良いのだが、たちが悪いのは何も証拠が無いことと俺だけが襲われているということだ。

 ゆえに、神崎さんは恐怖を味わうできず、隣の男がビビっているだけという非常につまらない状況にさせてしまっている。 

 そのため、途中で左右を入れ替えたりしたのだが、全くと言っていいほど効果は無かった。

 これに関しては俺もストレスが溜まり、段々と腹が立ってきた。

 お化け屋敷なら、二人が楽しめるように配慮するべきだろ。

 こんな場所からはさっさと出よう。


「ちょっと独り占めし過ぎだと思うんだけど」


 神崎さんが不満そうに言ってきたが、俺にはどうすることもできない。


「ごめん」

「全然大丈夫だよ。それに、こうすれば少しは楽しめるだろうし」

「ンッ?」


 思わず、変な声が漏れてしまった。

 神崎さんにぎゅっと密着されたのだ。


「だめだった?」


 親しくなったからだろう。

 暗くて表情が見えないが、声色からどんな顔をしてるか想像できる。


「駄目だって言わない前提で聞いてるでしょ」

「当ったりーー♪」


 無邪気な子供のような声がお化け屋敷内に響く。

 暗くて神崎さんの笑顔が見られないのは残念だが、自分の赤くなって緩んだ顔を見られる心配はない。

 だが、難を逃れたわけではない。

 左腕から伝わってくる柔らかな感触と女性らしい甘い匂いを意識せずにはいられない。


 早く出口に向かわなくては……


 それからは神崎さんに左腕を抱かれながら歩いた。

 意識しないようにすればするほど感覚が冴えてくる。

 怖がらせに来たタイミングで腕を外そうと思ったのだが、神崎さんに密着されてから一度も驚かしてくることが無いまま、出口に着いてしまった。


「ライト回収しますねー。おっ、すごいですね。ここまで離れることなく来るなんて!」


 出口にいた女性スタッフの驚く姿に恥ずかしかったのか、神崎さんは俺から離れる。

 ライトを返してお化け屋敷を出た後、並んでいる客に聞こえないように声を発する。


「微妙だったね」

「そうだね〜。でも、あたしは満足したよ」

「……何に?」


 俺は何度も怖がる事ができたが、神崎さんは何もされてないはず…… 

 

「なんだろうね〜♪」


 妖艶で含みのある笑顔で俺に尋ねてくるように聞いてきたが、ここからは何を言ってもからかわれるだけだろう。


「次はどこに――」

「天音お姉ちゃーーーん!!」


 次の目的地の相談をしようとした矢先、出鼻をくじく形で甲高い叫び声が廊下に響き渡る。

 廊下にいた誰もが声の発生源に注目したおかげで、安易にその正体がわかった。

 そして、その少年は俺達に向かって一直線に走ってくるのだった。


▼▽


「なん、だと……」

「まさかオペレーションDが逆手に取られるなんて……」


 カップルを気まずくさせる作戦――通称 オペレーションD(デストロイ)

 襲う相手を男に固定し、襲った形跡を残さないように徹することで女を楽しませず、『キャー、怖い〜♡』と男と密着させる機会を与えないことができる。

 そして、驚かした証拠が無いようにすることで、男を勘違いでビビりまくっているカッコ悪い奴にさせて、女の愛想を尽かさせる。

 最初から密着しているカップルにとっては、男がビビる度に体が揺れたり、跳ねたりするので、腕を組む女に不快感を与えることができる。 

 そして、男というのは面子を気にする生き物。

 襲われてビビっている所を彼女に見られたことに恥ずかしさと苛立ちを持つようになる。

 ここで女性から慰められることで、男のプライドが傷ついたり、女に当たるという最低な行為をしたりする。

 最悪の場合、これをきっかけに関係が崩壊していくだろう。

 

 それを利用してしまうとは……恐るべし、神崎天音!!


「ちくしょう、俺達の手ではヒーローを闇落ちから救うことはできなかった……」


 

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