もしかしてだけど、俺……
「あっ」
「えっ」
健が女性に抱き着いているのを見て思わず、声が漏れる。
それは健も同じだったようで、口をぽかんと開けたまま黙っている。
一瞬だけ時間が止まったかのようだったのだが、着信音のおかげで正気に戻る。
スマホを見ると母親からのメッセージの通知が来ていた。
中身は「夕飯は?」とか「いつ帰ってくるの?」とか「泊まるならちゃんとコンビニ寄るのよ」といった心配のような下世話のようなものだった。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺が今、行わないといけないことがある。
それは…………
「すまん!! 心配で後をつけてしまいました!!」
誠心誠意の謝罪だ。
どういう状態なのか理解ができていないが、謝っておいて損はないだろう。
健が自ら抱擁をしたのならそれでいいし、無理やりさせられたのなら反応に何かしらの違和感が出るはず。
「悠誠だよな? あと、神崎さん?」
「そうです。斎藤悠誠と神崎天音です」
「よかった~」
胸に手を当てて安堵のため息を吐くと、健は隣の女性と話し始める。
健は落ち着いているが、女性の方は戸惑っているようだった。
「大丈夫かな?」
「ん~、たぶん」
健と女性のやり取りを見ている限り、二人は親密な関係のようだ。
それも友人ではなく、きっと――
「二人を信頼して紹介しようと思う。三年生で俺の大切な彼女の井上紗季さん」
「は、はじめまして。井上紗季です」
「斎藤悠誠です」
「神崎天音です」
井上さんは健の隣でぺこりとお辞儀をする。
黒髪のショートボブが似合う清楚そうな女の子だ。
ただ、人見知りのようで健の腕を縋るように握っている。
「えっと、二人って文化祭のメイド喫茶にいたよね?」
「はい。いましたけど……」
「うん。あたしたち同じシフトだったし」
井上さんは申し訳なさそうな、か細い声で俺たちに確かめるともう一度頭を下げる。
「えっと、ヒーローいじりした女の子いたでしょ? あの、本当にごめんね……」
「あっ、あの時の先輩ですか?」
「そうです。佳織のこと止められなくてごめんね」
「いやいや、俺は全然――」
「あたしも今となっては何も思ってませんので」
言い方こわ……ってそうだよな、神崎さんが助けてくれたんだった。
ヒーローいじりをしてきた女性がいたのは覚えている。
それに対して神崎さんが俺のことを好きと言って黙らせていた。
確か、その女性と一緒に気の弱そうな女の子がいたような気がする。
その子が井上さんだったのだろう。
「それで、二人にお願いがあるんだけど、俺と紗季さんが付き合っていることは黙っていてほしい」
「わかった。約束する」
「うん。あたしも黙ってるね」
「えっ、理由とかは――」
「なんとなく想像できるからいいよ」
健は俺たちが何の理由を聞くこともなく頷いたことに驚いているようだった。
理由なんてちょっと考えればわかることだ。
健は井上さんを守りたいのだろう。
「じゃあ、俺たち行くわ」
二人の時間を邪魔するわけにはいかないと神崎さんの手を引き、公園を出ようとする。
「悠誠!」
振り返ると、こっちに来いと健が手招きする。
神崎さんの手を放して近づいてみると、耳元で小声で言う。
「彼女を泣かせるなよ」
「これには色々あったんだよ」
「そっか、まあでも、付き合えたんだな。おめでとう」
「……ありがとう。健も頑張れよ」
にやりと笑った健とハイタッチを交わし、俺は神崎さんのもとに駆け寄った。
▽▼
「ごめん、行ってくる」
神崎さんが席を外し、一人になった俺はドリンクバーでジンジャーエールを取ってきて一口飲む。
健たちと別れてファミレスまでやってきた。
クリスマス、九時過ぎということもあってかすんなりと席に案内された。
だが、さっき健に言われたことのせいで俺は混乱していた。
『彼女を泣かせるなよ』
『そっか、まあでも、付き合えたんだな。おめでとう』
そっか……俺、告白したんだ。
彼女についた嘘を晴らそうと一生懸命になっていて、気づいていなかったが……え? 本当に?
付き合ってくださいって言ったっけ? 言ってないな。
でも、手を繋いでここまで来たよな?
神崎さんの彼氏になったってことでいいのか?
でも、勘違いしてたら……気持ち悪いよな。
付き合ってもないのに彼氏面してきてウザいみたいなショート動画見たことあるぞ。
でも、ここで変に確認したら神崎さんをがっかりさせてしまいかねない。
だからといって、どっちつかずの態度をとるのはどうなんだ?
脳内で会議を行うが、纏まらない思考に自分はどうすればいいんだとジンジャーエールを飲もうとするとコップの中は空になっていた。
無意識のうちに何度も口をつけていたのだろう。
一旦、落ち着こうと天井を見上げるも悩みは消えず、頭の片隅で訴えかけてくる。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ごめん、ちょっと考え事してた」
頬に涙の跡は綺麗になくなっていた。
自分が悩んでいたというのもあるが、あっという間に仕上げてきたことに驚く。
「そっか……えっと、先に謝っておきたいことがあるんだけど……」
謝るという言葉に身構えてしまう。
また、神崎さんが俺のせいで謝るんじゃないかと。
「実は三十日から両親の実家に帰省する予定で、その前も友達と泊りで遊ぶ約束があるから年内に会う時間作れないかもなんだけど……」
「……うん。全然、大丈夫。うん、先約を優先してほしいし、俺も四日くらいまで厳しいかなって感じだし、全然気にしなくていいよ。急なことなんだし」
やっばいな。
慌てて返答したせいで、自分でも何を言っているのか全くわかっていない。
でも、そっか……
「冬休み中のどっかで遊びに行けたらいいよね」
「ね♪ デートしたいよね♪」
俺たち付き合っているんだな。
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