自己中心的な俺だから
「待って!!」
意図せず口から漏れた声に自分でも驚く。
なんで引き留めようとしたのかも曖昧だ。
でも、ここで止めなかったら俺は絶対に後悔する。
そう直感していた。
「なに?」
「……送ってく。夜に女の子一人は心配だから」
なんて言えばわからず、同じことを言ってしまう。
伝えたいことが別であるはずなのに。
「本当に大丈夫だから。それに、人の目も多いし見られたくないでしょ」
俺のことを心配しての発言だろう。
二人でいるところを見られれば、学校中で噂が出回る。
それは冬休みでも変わらない。
インターネットが普及した今となっては情報の拡散は容易にできる。
そのせいで憶測が事実として出回るようになってしまい、現実味を帯びた噂を簡単に真に受けてしまうようになっていった。
神崎さんは俺が好きな人に誤解を与えたくないと考えているのだろう。
俺があんなことを口走ったせいで。
「そんなの関係ないよ。さっきのことがあったばかりだ――」
「関係あるよ!!」
俺も含めて周りにいた大人たちの視線が神崎さんに集まる。
それくらい大きな声を出したのだが、神崎さんは周りの視線など気にすることなく俺に向き直る。
「自分で言うのもおかしいけど、あたしモテるんだよ! そのせいで色んな人から慕われるし、羨望を向けられるけどその分嫉妬を買うし、陰口だって言われる。今日だって四人に告白された。そのくらいにはモテるの!! そんなあたしが君の近くにいたら他の子が寄り付かなくなるよ! 君の好きな人だって君のことを好きになっても気後れさせちゃうよ! それがわかってるから遠ざけたんでしょ! あたしといても君に何の得もなければ、害でしか――」
「違う!!」
何を言い出そうとしているのかを感じ取り、かき消すように大声で否定する。
一息に早口で捲し立てた神崎さんは息を切らし、目には涙が溜まっている。
俺は何を言わせようとしていた。
自分が情けなくて仕方がなくなる。
幸せにできないからと彼女と距離を置いた。
それが正解なんだと、彼女の幸せのためになると自分に言い聞かせてきた。
自分が未練を捨てれば、自分が諦めれば、自分が気持ちを押し殺せばいいと思い込んでいた。
その結果がこれだ。
俺が君を苦しめて、泣かせてどうするんだよ。
周りでは俺たちのことを「クリスマスなのに喧嘩してる」とか「男の方が釣り合ってない」とか「女の子泣かせるなんて」とか好き勝手言っている。
いつもの斎藤悠誠なら気にしていただろう。
本当に自分という人間が惨めに思えてくる。
いつから、他人の評価を気にするようになっていた。
いつから、すんなり引き下がることを覚えた。
いつから、他人任せになっていた。
自分ではない誰かじゃないと彼女を幸せにできないと思い、もしかしたら来栖が……と見守ったせいで彼女を危険な目に逢わせてしまった。
これからも彼女が男に襲われる機会が無いとは言い切れない。
彼女の容姿はそれほどまでに世の男たちを惹きつけてしまうほどに魅力的なのだ。
そんな彼女を守れるような、俺よりも相応しい男はごまんといるだろう。
でも、他の男じゃなくて自分が傍にいたいんだろ。
坂本優太のころは彼女を、凛を幸せにできなかったかもしれない。
でも、俺は斎藤悠誠なんだ。
前世で経験できなかった青春を謳歌するために生まれ変わったんだろ。
だったら、神崎さんを幸せにしてみせろよ。
好きな人に好きと言えなかった過去の自分とは違う人生を歩むんだろ。
「ごめん!!」
俺は誠意を見せようと地面に上半身が水平になるように腰を曲げる。
その姿を馬鹿にするような笑い声が聞こえてくるが、そんなことはどうでもいい。
言わなくちゃいけない。
自分の口から自分の言葉で、もう遅いのかもしれないけど……それでも!!
「なんで君があやま――」
「嘘ついてた。隣のクラスに好きな人がいるって嘘ついて、神崎さんに嫌なことを言わせてしまった。本当にごめんなさい」
神崎さんは僕の謝罪に呆気にとられている。
許されるわけがない。
そんなことは分かってる。
でも、けじめをつけるためにも言わなくちゃいけない。
俺のついた嘘が本当に嘘であることを示すためにも自分の気持ちを告げなければならない。
「本当は神崎さんのことが……好きです」
言ってしまった。
これで後戻りはできない。
いや、最初からするつもりはない。
自分の過ちと向き合って神崎さんに真実を伝えることができれば、俺は許されなくていい。
失望されたっていい、そう思っていた。
ただ、彼女はさっきまでとは違うあからさまに頑張って作った笑顔で自然体を装うように言う。
「大丈夫、嘘つかなくていいよ。泣いたりしちゃってごめんね」
「そんなことない。全部悪いのは俺だから。俺があんなこと言ったせいで君を苦しめて、それなのに今更虫がいい話だと思う。でも、本当に――」
「違う!!」
慌てて説明しようとするが、強い否定に遮られる。
声を張り上げた神崎さんは両手で顔を隠して俯く。
「君は優しいから、あたしのために気を遣ってるだけでしょ。本当に大丈夫だから放っていっていいから」
拒絶にしては弱々しい彼女の声はどこか許しを請うかのようだった。
俺に言わせてしまってると自分を責めているのだろうか。
今の俺が何を言ったところで信憑性がないのは当然のこと。
言葉なんていくらでも取り繕えてしまうものだ。
だからといって、いま引き下がるわけにはいかない。
神崎さんの両手首をできる限り優しく握り、その手を下ろす。
露わになった彼女の瞳はイルミネーションの光が反射してきらきらと輝いて見える。
まさに宝石のような瞳をまっすぐに見つめる。
けれど、神崎さんは俺から顔を逸らしたまま一向にこっちを見てくれない。
「聞いてほしい……俺は君に最低なことを言った。君と釣り合っていないって、一緒にいても楽しませられないって、幸せにできないって思ってた。でも、そんなことを考えるのは今日で終わりにする。今は信じられないかもしれないけど、ちゃんと伝えられるように努力するから。だから俺に、君に好かれるように頑張るチャンスをください」
我ながら言葉を紡ぐのが下手くそだなと思う。
こうやって人に自分の好意を告げるのは初めてだ。
だからといって、自分の思いを伝えないわけにはいかない。
自分を責めている神崎さんを見たくないから。
「こんなめんどくさい女でいいの?」
俺にしか聞こえないくらい小さな声だった。
「めんどくさいなんて思ったことないよ」
「ギャルだけど?」
「ギャル好きだって本屋で言ったでしょ」
「嫉妬でいじめられるかもしれないよ?」
「外野はどうでもいいよ。健とか、智也とか、小林とか心強い友達もいるし、何とかなるよ」
「わがままも多いし」
「むしろ、俺ができることだったらなんでも頼ってほしい」
「……本当にあたしでいいの?」
俺を見た彼女はとても不安そうで、俺を恐れているようにも見えた。
だから、彼女の心配に寄り添えるようにできる限り優しく告げる。
「俺は神崎天音が好きだよ。これからは自分に正直になる。見ていてほしい。神崎さんは?」
ちょっとの間が空いた。
神崎さんは葛藤しているように見えた。
時間にして数秒後、俺の腕を握った彼女の手に力が入る。
「あたしも、斎藤君が好き……大好き」
涙を流しながら震えた声で伝えてくれた彼女に、迷うことなく告げた。
「俺も大好きだよ」
「……ごめんね」
「それはこっちのセリフだって。神崎さんが謝ることじゃない」
俺が微笑むと、彼女も目じりを下げ、口角を上げる。
それに合わせて、目から黒く濁った大粒の涙が流れる。
それを手で拭った神崎さんは目を丸くして、また両手で顔を隠してしまう。
「あんまり顔見ないでほしい。メイク崩れてひどい顔しているだろうから」
「全然気にならないよ」
「あたしが気にするの!! ブッサイクな顔を好きピには見せられない」
耳を真っ赤にして恥ずかしがる神崎さんの姿に口元が緩む。
そっか、好きピか……
ぐぅうう!!
緊張が解けた反動で一気に空腹感が押し寄せる。
空気の読めない自分のお腹に今じゃないだろと心の中で叱る。
これじゃあ、締まらないな……
「ごめん」
「ごめん」
あれ? 声が重なった?
神崎さんと目が合う。
お互いに何が起こったのかを理解したのか、その偶然がおかしくて噴き出してしまう。
泣いたり、笑ったり、変な二人に見えるかもしれない。
でも、そんなことはどうでもいい。
俺は彼女につられて腹の底から盛大に笑った。
「ファミレス寄って帰らない?」
「いいよ。あたしもメイク直したいし」
「時間は大丈夫?」
「平気平気、ほら行こっ♪」
俺は差し出された手を握り、俺たちは肩を寄せ合いながら二人並んで歩き始めた。
その時見た笑顔はイルミネーションの光に負けないくらい眩しかった。
【あとがき】
これにて第一章完結です。
これから二人がどうなっていくのかを楽しみにしていてください。
読者の反応が気になるので応援コメントの方をダメ出しでもなんでもいいので送ってくれると嬉しいです。絶対、返信します。
それと、長らく休んでしまってすみませんでした。
時期的なものから察していただけると助かります。(ちょっと期間としてはおかしいですけど……)
これからも不定期ではありますが、投稿を続けて行こうと思うので楽しみにしていただけたらと思います。
ちなみにですが、かにかまも限界までさいてから食べるのが好きです。
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