ベストタイミングってのは今しかない

「どうした? 忘れ物か?」


 カラオケに戻ると、来栖の愚痴を言い合っていたクラスメイトたちと鉢合う。


「スマホ忘れてさ、取りに戻ってきたんだけど……今立て込んでる感じだろ?」


「あぁ~、そうだけど……緊急だし、そっち優先でいいんじゃね?」


「どうせ振られるだろうから気にせず行ってこいよ」


 真剣に相談に乗っているふうを装っているが、口角が上がっている。


 俺が現場に居合わせるハプニングを期待しているのだろう。


 それは俺にとって避けたい事象だったのだが、優先事項を履き違えてはいけない。


 個人の感情よりも両親に買ってもらったスマホの方が大事だ。


「わかった。ちょっと行ってくるわ」


「おう、気をつけてな~」


 俺が背中を向けて入口へ向かうとクスクスと笑い声が聞こえてきたが、振り返ることなく店内へと入っていく。


「すみません、忘れ物をしまして――」


 受付の人に大人数用の部屋にスマホを忘れたことを話すとどうやらまだ片していないらしい。

 

 すなわち、あの部屋でまだ告白しているのかもしれない。


 そうなってくるとスマホの安否を確認するためには二人のところに行かないといけない。


 でも、行くしかないだろ。


 俺は恐る恐る聞き耳を立てながら部屋へと進んでいく。


 告白現場に居合わせるのは気まずいし、来栖から変に因縁を付けられるかもしれない。


 特に振られた時には俺のせいでと何の根拠もなく恨んできそうだ。


 すれ違う人に不審がられない程度に警戒しながら慎重に進んでいき、一番奥にある目的の部屋の前に到着した時だった。


「だから、俺たち関係ないんですって!!」


 廊下に来栖に似た声が響く。


 何事か?と恐る恐る部屋の扉の隙間から中を覗いてみる。


 そこにいたのは神崎さんと来栖、そして見覚えのない若い男が二人いた。


「関係ないってお前がぶつかってきたくせに喧嘩吹っ掛けてきたんだろ? 何しらばっくれてんの?」


「そんなの覚えてな――」


「は? お前今覚えていないって言おうとした? 俺に向かって舌打ちしてきたのに?」


 男たちはどうやら来栖にぶつかられたらしく、来栖の胸倉を掴んで詰め寄っている。


 もしも二人に危害が及びそうになった時のためにもスマホで撮影をしようとするが、そもそもスマホを持っていないということに気づく。


 スマホがあるかどうかを確かめるためにも彼らの仲裁をしに部屋に入るべき状況だろ。


 しかし、そこで俺にはこんな迷いが生じていた。


 俺が助けに行ってもいいのだろうか?


 行かない方がいいんじゃないだろうか?


「本気じゃなかったというか、癖というか」


「だから? 俺たちスッゲー傷ついたんだけど」


「えっと……すみませんでした!!」


「うん、いいよ。ってなるわけないよね。舐めてるの?」


 男は態度を変えず、来栖に迫る。


 その圧に来栖は足を震わせ怯えてしまっており、表情からも焦りが容易に見て取れる。


「そうだな……五万ある?」


「……ないです」


「じゃあ、ここから出てって」


「え?」


 唐突な命令に来栖から声が漏れる。


 間抜け面の来栖を他所に男の一人が神崎さんに向き直る。


「神崎さんだっけ。すっごく美人だよね~」


「そうそう。だから、お前出てって」


「……神崎さんは関係ないだろ!!」


「うるさっ! そんな大きな声出せるんだな」


 来栖は大声を出して反抗してみせたが、男たちはまったく怯んでいない。


 それどころか、来栖の反応を面白がっている。


「振られたんだからお前に関係ないじゃん。まあ、お前の気持ちを汲んでやってもいいよ。そうだなぁ、十回ずつとか?」


 十回が何のことかを表すように指の骨を鳴らしてみせると、さっきまでの勇気ある姿から一変して元の情けない状態に戻る。


「なんか変な心配してるかもだけど、監視カメラあるから。未成年に手出したら犯罪だよ。そんなことするわけないじゃん。だから、君が出てってくれれば丸く収まるんだけどな~」


 男たちは来栖の動揺を利用して、神崎さんを置いていくことが安全な道であると錯覚させようとする。


 いや、逃げ道へと誘導しているのだろう。


「その、一万とかに――」


「無理だね」


 来栖が金額の交渉を試そうとするが、男たちはきっぱりと断る。


 それからも色々と提案してみるのだが、聞く耳を持たずにあくまで二択を迫っている。


 必死に解決策を探しているのか段々と呼吸は乱れ、恐怖から顔が青ざめていく。


「……来栖君、帰って」


「え?」


 また来栖から驚きを含んだ間抜けな声が漏れる。


 自分が巻き込んでしまったからには何としてでも守らねばと思っていた神崎さんからのまさかの言葉に頭が追いついていないようだった。


「あたし、この人たちのこと気になっているから出てってほしい」


「というわけで、来栖君は退場でーす。はい、出てって」


「神崎さん、俺は――」


「さっきも言ったよね。あたし、あんたにこれっぽっちも興味ないから。邪魔だから帰って」


 来栖の言葉を遮って雑言を浴びせた神崎さんはソファに座り込む。


 それは自分が部屋を出ていかないことと同時に来栖が邪魔だということを表す行動だった。


 それが来栖にも伝わったのか、来栖は助かったことへの安堵と邪魔者扱いをされたことからの悔しさから顔を歪めながらリュックを背負って扉へと近づいてくる。


(やっべ!! こっち来る!!)


 俺は急いで隠れられそうなものを探すが、廊下には何もない。


 一か八かといった形で半透明なドアが開くことで生じる死角になりそうな場所に立っていると来栖が出てきた。


 それに合わせて男の一人が来栖が帰ったのかを含めて周りの様子を確認するためにドアから出てきたが三秒もせずに中へと戻っていった。


 けれども、完全に閉じることなくドアの隙間は残っている。


「結構、冷たいんだね。守ろうとしてくれていたのに」


「そうですね」


「で、いま何年生?」


「高一。お兄さんたちは?」


「俺たちは大学三年」


 神崎さんは男たちの声かけに応じているもののキャバ嬢のようなどこか壁のある接し方をしている。


 それからお互いに自己紹介をするような会話が十分ほど続いた時だった。


「それじゃあ、連絡先交換しよっか」


「まだ仲良くなれるかもわからない相手とはしたくないんですよね~」


「えぇ~、いいじゃん。あっ、言い忘れてたんだけど、ここのカメラは偽物だよ」


 偽物ということはカメラの形をしたただのハリボテということだろう。


 それがいかに危険なことであるのかに気づいた神崎さんの表情が曇り始める。


「俺たちバイトしてるから知ってんだよねー。ここの清掃も俺らでやっておくって言ったから人も来ないだろうな~」


 神崎さんはすぐに立ち上がるが、男たちは彼女の手を握り座らせようとする。


「離して!!」


「いいじゃん。せっかくのクリスマスなんだし、一回ずつでいいからさ。乱暴されたくないでしょ? 何だったらお金も渡すし」


 男たちによってソファに組み伏せられた神崎さんは必死に抵抗するが、拘束から逃れることはできない。

 

 ……って見てる場合じゃないだろ!!


「おい!! 離れろ!!」


 扉を力のままに開けて、できる限りの大きな声で叫ぶ。


「今の全部撮影したからな。データもネット上に残してる。人生終らせたくなかったら離れろ」


 ハッタリだ。


 暴力沙汰を回避して平和に解決に持っていくにはこの手が有効だと判断したが、現在スマホを持っていない俺では効果は薄いだろう。


「どこから?」


「来栖を脅していたところからだ」


「チッ、しくったな~。ちゃんと役割分担しとけばよかったな」


「お前がドアをちゃんと閉めないからだろ。何がリスクがあった方が燃えるだよ。まじダルいわ~」


 そんなことを言いながら男たちは物証を要求することなく、大人しく部屋を出ていく。


 逆上されることも覚悟していたのだが、彼らは至って平然としたままで、ハッタリがここまで上手くいくとはと内心で驚く。


「あっ、君は賢そうだからわかっていると思うけど、その動画上げたらダメだからね」


「はい。わかってます」


「ん。ならいいわ」


 俺に確認するように告げてきた後、「ここのバイトやめるか~」などと呑気に会話しながら遠ざかっていった。


 彼らが言いたかったのは俺たちだけじゃなくて神崎さんも晒されるよということだろう。


「助けてくれてありがと。これでしょ」


 神崎さんは机の上から僕のスマホを拾い上げ、手渡してくれた。


 男たちに見せていた対応とは違い自然体のようではあるが、俺が知っている神崎さんに比べてぎこちなさがある。


 話しかけないでほしいと言われた後ではどういった態度で向き合えばいいかわからなくなるものだろう。


 言動一つでここまで関係が崩れるのだなと改めて実感する。


「助けるの遅くなってごめん」


「いいよ、全然。助けてくれただけで十分だよ」


 あの時、助けようとせずにいたのはきっと俺が関わらないほうがいいと思ってたから。


 俺という存在を彼女の中から消したいと思うと同時に自分の中にある彼女への思いに蓋をしていたかったのだろう。


 最悪を防ぐことはできたかもしれないが、最初の来栖がいる段階で店員を呼んで一緒に入っていけば済んだことだったはずだ。


 それなのに、俺は自分の感情を優先してしまった。


「本当にごめん」


「いいっていいって。ほら、帰ろ?」


 彼女に先導されるまま俺たちはカラオケの外に出る。


 そこに来栖たちクラスメイトはいなかった。


 帰ってしまったのだろうか?


「今日はありがとう。じゃあね」


 俺の言葉を待たずに、神崎さんは一人で駅の方向へ行こうとする。


「駅まで送ってくよ」


「大丈夫。あたし一人で帰れるから……それじゃあ、おやすみ」


 そう言って神崎さんは笑顔で手を振り、俺に背を向けて駅へと歩き始める。


「待って!!」


 気づいたときには呼び止めていた。


 笑顔が苦しそうに見えたから。


 

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