二次会

 教室でのクリスマス会を終えてカラオケにやってきた。


 正確には連れてこられたと言うべきだろう。


 今日のクリスマス会は多数のやりたい人の希望によって開催されたものだ。


 しかし、クラスで行われるイベントに室長が参加しないわけにはいかず、由依の本来のクリスマスの楽しみを後回しにしてやってきた。


「なんで来ないんだよあのジジイ」


 担任が帰ると聞くと抑えられなかった感情を吐露していたが、それでは足りなかったようで今もニコニコと猫をかぶっているが目が笑っていない。


 俺も帰りたい側だし、他人が歌っているのを聞いても何が面白いのかわからないので退屈でしかない。


 それに神崎さんに絡みに行っている男たちを黙って見ているのも俺の気分を下げている理由だろう。


 それを望んだのは自分だというのに……


「明日みんなで遊びに行かない? エマちゃんとかも誘ってさ」


「明日は予定があるから無理」


「じゃあ、元旦とかは? みんなで初詣行こうよ。エマちゃんはどう?」


「私はいいですよ。みんなで行きたいです♪」


「それじゃあ、決定で。行ける人で集まっていこうぜ」


 誘った来栖たち男子は喜びを隠しきれておらず、ガッツポーズをした人もいる。

 

 エマちゃんに狙いをつけたのが功を奏したようだ。


 おそらく、神崎さんもエマちゃんの心配をして行くことになるだろう。


 おかげで学校の二大美人と一緒に初詣に行くというイベントを彼らは勝ち取ったのだ。


 ちょうどよく飲んでいたメロンソーダがなくなり、ドリンクバーに行くため退室する。


 他の部屋から歌声が漏れてきているが、部屋の中よりも格段に静かで心が落ち着く。


 薄くなったジンジャーエールをコップに注ぎ、一口飲んでスマホを触りだす。


 特にこれといった通知はきておらず、マンガアプリを開け今日の更新分を読んでいく。


「あれ? 斎藤じゃん。何してんの?」


 空いたグラスを二つ持ちながらやってきたのはナギちゃんだった。


「ちょっとだけ息抜きしてた。もう戻るよ」


 もたれていた壁から背中を離し、スマホをしまう。


「ごめんごめん。急かすつもりとか無くって、全然ここいていいんだよ」


「大丈夫。本当に戻ろうと思ってたところだから」


「じゃあ一緒に戻ろ。それならいいでしょ?」


「じゃあ、もう少しだけゆっくりさせてもらいます」


 焦って謝ってきたナギちゃんの前でスマホを取り出し、もう一度マンガを読み始める。


 その姿に安堵したのかナギちゃんはふぅっと息を吐いている。


 相変わらず感情表現が豊かでこういうところが好印象なんだろうな。


「このままでいいの?」


 ナギちゃんが俺を見ることなくウーロン茶を入れながら尋ねてきた。


 何の前置きもないが、何が聞きたいかはなんとなく分かる。


 神崎さんのことだろう。


 だからこそ、俺はこう言った。


「俺なんかしたっけ?」


「……ごめん。何でもない」


「そっか。なんかあったら言ってね」


 スマホをちょうど注ぎ終わったナギちゃんの隣を歩き、両手が塞がったナギちゃんの代わりに扉を開ける。


 そこではちょうど来栖が流行りのラブソングを熱唱していた。


 うわっ、キッツ……


 そんなことを思ってしまったのは自分だけではなかったようで隣のナギちゃんも苦笑いをしている。


 「やばくね?」とナギちゃんとアイコンタクトを取ってから自分の席に戻る。


「遅かったな」


「親から連絡きててさ、ちょっと話してた」


「斎藤のお母さんって文化祭の時に来てた美人ママだろ。俺見てなくてさ~、写真とかある?」


「たぶんあると思うけど……別に見せるほどじゃ――」


 他人に対して尊敬とか言ってたけど、自分も大概だなと思った。


 ナギちゃんの友達思いな性格を考えれば、あの場で踏み込んだ質問はできないと思った。


 神崎さんに口止めされているのだろう。


 それもかなり念入りに。


 もし、口に出してしまえば神崎さんを裏切ることになってしまう。

 

 それをナギちゃんはしたくないのだろう。


 だから、深くは聞いてこれないんじゃないかと試してみたのだが、予想通りだった。


 自分にとって不都合なことを隠して、嘘をついたり、はぐらかしたりしてやり過ごそうとする。


 智也には友達思いだと言われたけれど、それは俺が人の助けになりたいというエゴを満たしているだけに過ぎない。


 結局のところ俺は自分のためにしか動けないんだ。


 それに、俺は気づいている。


 自分が大勢の人と過ごす場を苦手とし、一人でいる時間を好んでいることを。


 音が交錯する騒々しい場所よりも自分だけの空間の方が心地よく感じてしまうのだ。


 友達や家族と過ごす時間も、もちろん大好きだ。


 けれど、俺という自己を確立させた前世の三十年は大きいようだ。


 俺を利用しようと媚びを売る者、蹴落とそうと謀る者、実力を試そうとする者、俺のステータス目当てで誘惑する者、嫉妬から足を引っ張ろうとする者……どいつもこいつも周りの人間は敵ばかりだった。


 そんな少しの油断も許さない環境で過ごしてきた俺にとってプライベートな空間だけが心落ち着ける場所だった。


 その感覚は今でも薄れてはいるが、確かに残っている。


 屋上の階段のような人気のない場所を好むのもその習性だろう。


 だから、俺という人間は無意識に自分を一番に優先しているのだ。


 神崎さんを遠ざけたのだって彼女を騙すことの罪悪感から逃げたいからというのが大きいのだろう。

 

 そんな俺と多くの人から好かれる神崎さんとでは明らかに不釣り合いだ。


 そうか、これが夢で気づいたことだった……のか?


「ごめん!! 俺もう帰るわ!!」


「私も帰る」


「玲花が帰るならあーしも帰ろう♪」


「じゃあ、私もお先に」


 健や蒼井さん、ナギちゃんが帰ると言い出すと、次々に帰ろうとし始める。


「じゃあ、今日はお開きで。みんなありがとうございました」


 それだけ言うと、由依は自分の分のお金を机に置いてさっさと帰っていく。


 それに倣う形でお金を出し、仲のいい人同士で集まって帰っていく。


 俺も健と一緒に帰ろうかと思ったのだが、健の姿が見えない。


 焦っていたようだったし、もう帰ってしまったのだろう。


 仕方がない、一人で帰るか。


「天音は?」


「なんか先帰るって」


「ふ~ん、そっかそっか」


 ナギちゃんと蒼井さんの会話が耳に入ってくる。


 あれ? まだ中にいたような……


「来栖のやつ、やるって」


「マジかよ。勘違いするにしても程があるよなアイツ」


「だな。ラブソング熱唱してるとき、キモ過ぎたよな……」


 散々な言われようだなと思いながら、歩き始める。


 来栖が神崎さんに告白するのかな?


 ……別に関係ないことか。


 イルミネーションで飾付けされた街道から暗く静かな住宅地へと道なりに帰る予定だったのだが、ふと視界に見覚えのある男が写る。


(健だよな……)


 道路を挟んで向こう側にいた男が健に見えたのだ。


 俺はすぐに健の姿を写真に撮って送ってやろうとスマホを取り出そうとポケットに手を突っこん……ない!?


 鞄に入れたんだっけと中身を確認するが、どこにもない。


 まさか……、思い出すのは母親の写真をクラスメイトに見せた時のこと。


 あの後、いろんな人が興味を持ったせいで俺のスマホがたらいまわしにされていた。


 そうなるとカラオケルームに置きっぱなしになっている可能性がある。


 俺は急いで戻ろうとするが、そこで足を止める。


(神崎さんが告白されている……いや、スマホの方が大事だろ。両親に買ってもらったものだぞ)


 終わっててくれと祈りながら俺はスマホを回収するため全速力で走った。

 

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