女心ってわっかんねー

「うん♪抹茶も美味しいね」


 俺が飲んでいた抹茶味のドリンクを俺が使っていたストローで飲んでいる。


 さっきの一件が頭から離れない。


 間接キスは気にしないのに、手を繋いであそこまで赤くなったのはなんでだ?


 やっぱり触ったのが駄目だったのか?


 でも、最初のゴミどもから救おうとして手を握った時は平然としていた。

 何が違ったんだ?

 

「あたしのも飲んでいいよ……間接キスになるって意識しちゃった?」

「そりゃあ、まあ……」

「ふぅ〜〜ん♪」


 顔を赤らめてしまう俺を面白がっているのは分かる。


 それでも神崎さんの一挙一動に意識してしまう自分が情けない。


 トイレ前での一件以来、彼女との距離は離れるかに思えたが、変わらずちょっかいを掛けてくる。


 神崎さんの手のひらで踊らされて心が持たないのだが、ここに来て俺の不快感を煽ってくることがある。


 はぁ~、また目が合った。


 神崎さんと向かい合って座っているのだが、神崎さんの後ろの席の人とよく目が合う。


 その瞬間、その人は俺から目を逸らし、平然を装いながらコーヒーを飲む。


 これで五回目だろうか。


 周りを見渡すと、何人かの男と目が合う。


 どいつも目が合うと、すぐに見ていないですよーと各々アピールをしてくる。


「ん、どうかした?」

「何でもないよ。ちょっと考え事してた」


 神崎さんは気づいていないのだろうか。


 女性はそういう視線には敏感と聞いたことがあるけど、神崎さんくらいになると気にならなくなるのだろうか。


 本屋で慣れているとは言っていたが、気持ちのいいものではないはずだ。


 無理させているかもしれないからな……


「外行かない?キッチンカー来てたから見に行きたい」

「いいよ、スイーツだったら嬉しいね〜」


 うまく誘導できたかな。


 彼女が気にしていないにしても、ジロジロ見られるのは不快だった。


 外に行けば、留まっているよりも人の目に映ることはないはずと思ったのだが、そうでもなかった。


 通りを歩いているだけで、彼女は注目の的になっていた。


 通り過ぎる男は二度見し、遠くにいる男は凝視している。


 いままで自分のことで精一杯だったが、神崎さんがここまで男たちに見られているとは……


 彼女の美貌に見惚れてしまうのは分かるが、節度を持った行動をするべきだろ。


 だが、それができないのも男の性というものなのかもしれない。


 広場に出るとキッチンカーが止まっていた。


 時刻は五時を過ぎ、辺りは段々と暗くなっている。


 キッチンカーではジェラートが売られていて、小さな黒板に色鮮やかなジェラートの絵が描かれている。


 どうやら自家製らしく、安いのに濃厚と評判らしい。

 

「何にする?」

「俺はブドウかな」

「じゃあ、私はイチゴにしよ」


 車の中にいるお姉さんに注文すると、慣れた手付きでコーンに乗せて渡してくれた。

 

「イチゴとブドウね。スプーンはいる?」

「はい、一個だけでお願いします」


 今回も弄ばれるのか。


 正直、神崎さんだからとか関係なく女子とあ~んしたり、間接キスしたりというのは恥ずかしいがすごく嬉しい。


 だからこそ、彼女からの好意ではないということを自覚しなければいけない。

 

「はい、あ~ん♪」


 俺は大人しく口を開けて、ジェラートを迎える。


 滑らかな口当たりのジェラートはイチゴの味が濃い。


 それはブドウ味も一緒なんだが、イチゴのほうが甘めで食べやすかった。


 ブドウ味は苦みがあり少し大人な味ではあるが、味の濃さではこっちが勝つだろう。


「食べさせて♪」

「自分で取りなよ」

「……じゃあ、そうする〜♪」


 無理に強要することなく素直にスプーンを近づける。


 神崎さんも疲れたんだなと思ったのだが、スプーンではなくそのままパクリと一口。


「うんま!」


 顔を上げた神崎さんの鼻には紫色のジェラートが付いている。


 わざとでないにしてもこれは……

 

「あざと……」

「え、なんて?」

「いや、鼻に付いてるよってだけ」

「え、ウソ!?」


 取り乱しながら鼻を触ってどこどこと尋ねてくる。


 こうやって人が慌てている姿を見ていると、神崎さんが俺をおもちゃにしていた理由が分かってくる。

 

「ねぇ、取れた?」

「うん、取れてるよ」


 俺は親切にそう答える。


 だが、彼女は未だにペタペタと触っている。


「ほんと?まだ残ってない?」

「大丈夫だと思うけど…」

「スマホで見るか」

「信じろよ!」


 思わず大きな声が出たが、神崎さんはゲラゲラ笑っている。


 これは乗せられたということだろう。


「やっぱり、面白いね斉藤君」

「馬鹿にしてるでしょ」

「そんなことないよ?ナンパから二回も助けてくれたし、あたしが欲しかった人形取ってくれたし、あたしのために外出ようって提案してくれたし――」


 さり気なく隠したこともバレていたんだなとわかると、顔にどんどん熱が入っていくのが分かる。


 改めて口に出されると恥ずかしく、恥ずかしくて照れてしまう。


 これが狙いなのかもしれないと思うが、そんなことないと目を見れば分かる。


 やっぱりズルいなこの人は。


 それからは二人でジェラートを食べ終わるまで話し続けた。


 明日からの学校が憂鬱だってこと。

 文化祭なにするんだろうってこと。

 樋口さんがクラスに馴染めてよかったねってこと。


 やはり、近くを通る人は彼女に目を向けるが、彼女は至って堂々としていた。


 ギャルだからではなく、神崎さんという人間が強いのだろう。

 

「もう時間だし、あたし帰るね。今日はつきあってくれてありがと」

「こちらこそ、楽しかったよ。ありがとう」

「あっ、じゃあお礼にちょっと立って」


 俺は言われるがままに立つと、神崎さんはスッと俺の方に一歩近づき、顔を近づけてくる。


 俺は驚き、後退りしようとしたが間に合わず、頬に柔らかな感触が伝わってくる。


 顔を離すと神崎さんはそのまま俺に手を振る。


「バイバーイ、また明日♪」


 そのままバス停の方へ歩いていく神崎さんを見つめる。


 見えなくなってからもぼーっと見つめ、気がついた時にはベンチに座っていた。


 彼女の唇が触れたところが熱い。


 突如の出来事に頭が追いつかない。


 ずっと頭の中でぐるぐるとこんな事を考えていた。


 『俺、頬にキスされたのか……』


 だが、同時にこうも思っていた。


 『全然照れてなかったな……』


 それは彼女が慣れていたという証拠であり、他の男性にもしているということ。


 彼女にとって特別でないことは分かる。


 分かっていても、俺だけだったらいいのにと思ってしまう。


 こんな事を考えている俺が滑稽だってことは重々承知している。


 神崎さんが凛かどうかはまだ判別できていないが、その答えは関係ない。


 俺は神崎さんに惚れてしまったんだ。

 


 

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