選択の嵐

「すごっ!こんな早く取れるの!?」


 本屋に寄る途中のゲームセンターに来ている。


 二人でエアホッケーをしたり、太鼓の匠をやったりしたあと、クレーンゲームコーナーで遊んでいる。


 俺は見るだけにしようと思っていたんだが…


 あれ可愛くない?と神崎さんはオーバーオールを着たおっさん猫の人形を指差した。


 パンケーキを待っている時にネコ派だって言っていたこともあり、やっぱり猫が好きなのだろう。


 顔が大きい二頭身の人形で取りやすいだろうなぁと思っていると百円玉が吸い込まれていた。


「たまたまうまくいっただけだよ」 


 実際、その通りだ。


 この前やった時は財布にあった五千円全てを溶かした挙げ句、中古で千円で売られているのを知り、膝から崩れ落ちたのを覚えている。


 二度とやらないと心に誓っていたが、まさか五百円で取れるとは……また、通おうかな……


「ほい、あげるよ」

「えっ、いいの!?」


 目を真ん丸にして驚きながらも声の上がり方から嬉しそうなのが伝わってくる。


「いいよ。家にあってもホコリ被るだけだろうし」

「じゃあ、ありがたくもらうね〜♪」


 猫人形を大事そうにぎゅっと抱かれているのを見ていると猫が羨ましく思えてくる。


 大切にしてくれそうなので、取ってよかったなという充足感が湧いてくる。

 

「斎藤君は欲しいのないの?」

「俺は……いいかな」

「じゃあ、本屋行こっか」


 ――――嘘である。


 欲しいものならいくらだってある。


 チャイナドレス、浴衣、水着、下着姿…… 


 どれも欲しいし、今のノッている俺なら取れる気がする。


 だが、ここは抑えるべきだ。 


 その台に百円玉を入れた瞬間、神崎さんの「キモ」という一言でクラスはおろか、学年中の女子生徒が俺を軽蔑するだろう。


 女子と二人きりのタイミングで際どいデザインのキャラを取るというのはそういうことだ。


 そう、それは本屋でも言える。

 

「なに買うの?」

「漫画の新刊と参考書」


 もちろん、当初の目的は諦めるしかない。


 くそっ、あいつらも買いに行ってるだろうから今日は通話に参加できない。


 あいつらの感想をもとに想像なんてしたくないからな。


 さよなら、Iちゃん。一週間後、必ず迎えに来るから……


 己の欲を無にして参考書コーナーにつくと、有名大学の名前が記された赤い本や一次試験対策と題された分厚い本がズラッと並べられている。


 だが、今日買いに来たのはそういうものではない。


「どれ買いに来たの?」

「確か…………、これ」


 俺が手に取ったのは古文単語帳。


 学校から別の単語帳が配布されたのだが覚えづらく、ネットでの評判も悪かった。


 前世での記憶で覚えているものもちょくちょくあるのだが、現代語と混ざることが多くて間違えやすいので、買い替えてみることにした。

 

「あたしもそれ使ってるよ。語呂合わせ多くて覚えやすいし、似ているものとか間違えやすいものをまとめていて、気になるところに手が届く感じでオススメだよ」


 隣のユーザーの声からやっぱりいい単語帳なんだなと思うと同時に気になることが生じた。


「普段、どうやって勉強してる?」


 神崎さんはギャルだ。


 友人との繋がりを大事にし、毎日遊んでいるイメージがある。


 そんな彼女が前世からの記憶を持つ俺より上の二位となると単純に勉強法が気になる。


 というのは建前で、もしそこまで勉強していないのであれば凛だと推測するヒントにもなるはず……


「えっとね、平日は寝る前に二時間くらい予復習して、休日一日は勉強の日にしてしっかり復習してる感じだけど」

 

 俺よりしっかり勉強してはいるが、それだけであの成績を取れるかとなると微妙なラインだ。


 飲み込みが早ければできなくもないし、地頭がいいのかもしれない。


 そう思うと、凛と判断するには難しい。


「斎藤君はどうなの?」

「俺は……」


 盛ったほうがいいな。


「基本的に平日に四時間くらいとって復習して休日は課題と自分がやりたい勉強やってるかな」

「へー、勉強してるんだねー」


 意外そうに言われるが、それはこっちのセリフだろう。


「そっくりそのままお返しします」

「だよね~、あたし勉強できなさそうだし」

「……俺もよく言われる」

「分かる。ずっと家で引きこもってゲームしているイメージあるもん」


 フォローしたつもりだったのだが、まさかこっちが刺されるとは思ってなかった。


 本人もそう言われていることを気にしていないようなので、いらない心配だったのだろう。


 それから二人で漫画コーナーに行こうとしたのだが、神崎さんはおもむろに足を止め、雑誌コーナーに入っていく。


 先に行こうとしたのだが、呼び止められたので神崎さんの方に行くとどうやらファッション雑誌を読んでいるようだ。


「ねぇ、どっちがいいと思う?」


 見せてきたのは冬コーデと題されたものでこの時期から冬に向けての特集が組まれていることに驚くが、見せられたコーデはどちらも脚が出ている。


「寒そうじゃない?」

「そこは耐えかな。ギャルは肌見せてなんぼだし」

 

 肌見せてなんぼか……


 ふと隣を見ると神崎さんと目が合う。 


 それからすぐにニヤッと神崎さんは笑うと、


「や~ん、えっちー」

「見てないって!」

「じゃあ、なんで目があったのかな〜」

「そ、それは……」


 思ってもいなさそうな言葉に過剰に反応し、墓穴を掘ってしまった。 


 挑発めいた発言になんて返せばいいか分からない。


 冷や汗が全身から出てくる。


「いいよ、慣れてるから。まあでも、見逃してあげる代わりにどれが好きか教えて」


 今度は別のページを開いて見せてくる。


 多種多様な髪型が掲載され、どれもどうやってやるのか想像できないほど手の込んだ仕上がりになっている。


 この中からって言われてもいまいちピンとこない。


「ガチすぎでしょ。直感でこれって選んでいいのに」


 隣で面白がりながら俺の表情を伺ってくる。


 どうやら俺はおもちゃにされているようだ。


 俺が焦っている様子を楽しんでいるのだろう。


 このまま笑いものにされて終わるのも面白くない。


 やり返すなら…………だろ。


「この中でってなると難しいけど、俺としては今日の神崎さんのようなポニーテールが好きかなぁ」


 どうだ、照れたか!


 いきなり褒められたら嫌でも照れるだろという作戦だ。


 照れていたら、あえて気づかないふりをしてもっと褒めよう。


 期待を胸に隣を見るが、神崎さんは至って普通だった。


「まあ、男子ってポニーテール好きだもんね」


 そう言うと雑誌を閉じて棚に戻し、漫画コーナーへと歩いていく。


 え、なんか空回りしたみたいで恥ずかしいぞ。


 ていうか、まったく動じないって…やっぱり言われ慣れているのか。


「ねぇ、ちょっと来て」


 今度はなにかと思いながらも近づくと、そこには二冊の漫画を持った神崎さんがいた。


 一方はスーツ姿のクールそうなメガネを掛けた美人秘書が表紙を飾っている。


 もう一方は、神崎さんのようなギャルの高校生が制服を着崩した姿が描かれている。


 そして、両方とも胸がでかい。


 両方とも題名からしてエロ要素のあるラブコメのようだ。

 

「どっちが好き?」

「両方とも読んだことない」

「ちがう。どっちの子が好きってこと」


 川に落ちないようにに石橋を叩いてみたのだが、どうやら橋は崩れていたらしい。


 どう答えても俺に不利に働くのが目に見えてる。


 個人的には秘書の人のほうがムチッとしている分エロイなとは思う。


 だが、ここで神崎さんにこのように質問されてギャルを選ばないのは失礼に値するのでは……


 いや、弄ばれる要因になるようにしか思えない。


 でも……


 そう悩んでいるうちに本棚の中から一冊の本が俺の目に飛び込んできた。


 タイトルすら知らないのだが、その表紙にはこの二人と同等の山を持つセーラー服を来た清楚そうな子が描かれている。


 そこで一つ考えてしまった。 


 なんでこれと比較しないで、秘書を選択した?


 考えすぎかもしれない。


 だが、考えずにはいられない。


 神崎さんが凛だという仮定が見せる幻想。


 そうと分かっていてもこういう風に聞こえてしまった。


『昔と今どっちが好き?』


「ギャルの方かな」

「へぇー、ギャル好きなの?」

「いや、そういうわけじゃないよ」

「へぇー」


 相変わらず俺を茶化すように言ってきたが、俺がさっきと違って動じなかったのがつまらないようだ。


 結果的には何事もなく本を買い終え、ちょっと休憩しようかということでコーヒーショップに向かうことにしたのだが、その前にトイレに行くことにした。


 トイレの前で待ち合わせをして個室に入るとどっと疲れが押し寄せてくる。

 学年1の美少女ギャルとのデート(?)ということで体は無意識に張り詰めていたのだろう。


 いや、疲れさせられたな。


 彼女の格好や仕草の一つ一つに意識が持ってかれる。


 多分、あれが自然体なのだろう。


 これは俺が慣れないといけない問題だ。


 それに神崎さんが凛という証拠を掴めていない。


 弁当だけで確信するのはできないと思っていたが、凛と性格が反対の神崎さんから共通点を見つけることが難しい。


 どうやって引き出そうかと悩んでいても仕方がない。


 一度強く息を吐いて気合を入れ、トイレから出た。


 神崎さんはすでにトイレから戻ってきており、近くの壁にもたれながら、スマホを触っている。


 ふと周りを見ると男性二人組が歩いている。


 彼らの進行方向的に向かう先は神崎さんだ。


 絡まれるのは面倒だろうな。


 俺はそのまま早足で近づき、彼らが彼女の前に到達する前に彼女を引き寄せる。

 

「お待たせ。行こっか」


 そう言って男たちの方を見ると彼らは残念そうに引き返していく。


 広場にいたやつより物分りがいい分、彼らのほうがモテそうだ。


「ごめん、手引っ張っちゃって。ナンパされると思ったから強引にでも……」


 あれ、顔赤くない?

 俺の目から見ると、彼女は耳を真っ赤にして目を逸らしている。


「ちょ、恥ずいから見ないで!」


 手で顔を覆い隠して、俺から顔を逸らす。


 確かに急に近寄ったから恥ずかしい……のか?


 あ~んとかの方がよっぽど恥ずかしいと思うんだけどなぁ。


 なんなら、本屋とかでも同じくらい近づいて一緒に本を覗いていたけど……


 そう思いながら彼女の方を見ていると、彼女は耐えきれなくなったのかトイレへと逃げてしまった。



 俺、なんかやっちゃったのか……

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