おまけ3 由依と天音【天音side】
電話の着信音に目を覚ます。
可愛い熊のイラストのアイコン。
『YUI』と名前が表示されている。
見たことあるけど……誰だっけ……
「もしもし」
「もしもし、急に電話をかけてすみません。石上です。動画見ましたか?」
石上さんから動画?
チャット画面を開くがそれらしいものはない。
「なんのですか?」
「『童貞の叫び』と題された動画です。見ていないのであれば送るので、一度通話を切って見てきてほしいのですが」
タイトルを聞いた限りだと、悪ふざけ動画にしか聞こえない。
そういうのは見ていて気分が悪くなるから嫌なのだが、石上さんがわざわざ電話をかけてくる位の何か重要なことがあるのかもしれない。
「わかりました。見てみます」
あたしは一度、通話を切った。
あーそっか、石上さんか……
通話相手を改めて認識する。
斎藤君の彼女。
さっきまで糸の切れた操り人形のようにベッドに仰向けで寝ていたので、頭が回っていなかった。
勉強会をした日に気になって斎藤君と石上さんが退室した後を追ったところ、一番最初に聞こえてきた『脱いでもらってる』という言葉。
セフレという線も考慮したが、斎藤君がそういう関係を持つ人とは思わなかった。
なにより、二人の慣れ親しい距離感があたしの知ってるセフレのそれとは違う感じがした。
斎藤君の彼女、ちゃんと対応しないと……
送られてきたのは短い五分程の動画。
『童貞の叫び』と題された動画にはうちの学校の廊下が映し出されている。
『散々、馬鹿にしやがって!クソキモ陰キャ童貞のくせに調子に乗ってんじゃねぇよ!』
『童貞で何が悪い!!女性慣れしていなくて何が悪い!!』
…………えっ?
あたしは動画の始終を確認すると、すぐに電話をかけ直す。
「もしもし!」
「もしもし、見てきたってことでいいんだよね?」
「はい」
「えっと、見てもらったから分かると思うけど、斎藤君は童貞で、私と斎藤君の間にそういうことは一切ないから。勘違いしてるかなと思って連絡したんだけど、いらない心配だった?」
「…………知ってたの?」
「神崎さんが落ち込むようになった初日にナギちゃんから『昨日、何かあった?』とか『彼氏いるの?』って聞かれたの。その前に斎藤君に天音さんのこと聞いていたから、私にも聞くってなると、質問の内容から考えても神崎さんが私と斎藤君の会話を盗み聞きしたのかなって思って。エマちゃんに聞いてみたら、私達が話している間に席を外していたって言うから、そうだろうなって」
「……そうです。盗み聞きしました」
「それなら、遅くなってごめんね。学校で私と、斎藤君の関係についてのことが噂になってなかったから確信が持てなくて……このタイミングなら話を切り出して否定する材料も整ってるし聞いてみてもいいかなと思いまして」
石上さんは、丁寧な口調で話している。
愛想はあるが、どこか他人行儀な話し方。
「ってことは、本当に何もないの?」
「はい、何もないです」
「じゃあ……脱いでるというのは?」
「えっと……これなんだけど……」
送られてきたのは別のSNSのURL。
タップしてみると、そこにはイケメン二人の漫画が投稿されていた。
おそらく、BLと呼ばれるものだろう。
「悠誠には絵の資料になってもらってただけ。悠誠とは幼馴染で、一緒に遊ぶことが多かったから頼ってた」
イラストの中には上裸のものもある。
ただ、筋肉質な男性のイラストが多いのが気になる。
斎藤君はそんなに筋肉はついていなかったと思うけど……
「このことは秘密にしてほしい。それと、幼馴染ってバレたら、健とも幼馴染ってバレるから女子に詰められるんだろうから、それだけは避けたいんだよね〜」
そっか、中村君とも幼馴染になるのか。
幼馴染を黙っていたのは、中村君と幼馴染とバレたると、必然的に何かしらの厄介事に巻き込まれるからだろう。
だとしたら、この筋肉質な絵って……
「……あたしにそんなに言ってよかったの?」
「私と悠誠の会話を聞いて、周りに広めなかったから信頼はしてるよ。それと、お互いに秘密を共有したから裏切れないでしょ?」
「うん、ありがとう」
「それじゃあ、私はやることあるから切るね。おやすみ〜」
「おやすみ〜」
これが初めて由依ちゃんとちゃんと話をした出来事。
全部、あたしの勘違いで勝手に凹んでいただけ。
好きバレしたけど、由依ちゃんに秘密を暴露させてしまったことは本当に申し訳なく思う。
最後の方で由依ちゃんの素の話し方が出ていたのは好感が持てるいい機会だった。
ピコンッ
通知音と同時に画面上に現れたのは由依ちゃんのアイコンだった。
『両方とも遠慮します。テスト週間ですので』
「あっ、テスト」
「…………」
口が滑った。
饒舌なナギちゃんが黙ってしまう。
これはヤバい……
「天音、なんて言った?」
重々しい雰囲気を醸し出しながら尋ねてくる。
「いや、来週からテスト週間」
「なんで言うのよ!バッッッカじゃないの!!」
「ネイルから勉強会に変更で、天音助けてねー♪」
「やだやだやだやだ、勉強したくない」
「そんなこと言う子には勉強教えないよ?赤点になってもいいの?」
「見捨てないでー、天音ママー!」
「キモ」
「は?」
「気持ち悪い」
「丁寧に言い直すな。さっきの謝罪の気持ちはどこ行った?」
それから二人と話し続け、二十三時頃に通話をやめた。
明日からの勉強の予定を立ててからベッドに横たわる。
文化祭は面白かった。
斎藤君と一緒に回れたし、斎藤君の両親とも会えたし、皆で記念撮影できたし……
なんで帰っちゃったんだろ。
後夜祭に彼の姿は無かった。
あたしが告白されている時に出てきてほしかったとは思うけど、それ以上に他の女子と何かあったのかなという気持ちが勝る。
想像力が豊か過ぎるのは認める。
でも、そうなった時は大人しく身を引かなければならない。
だって、あたしは……
頭の中であれやこれやと考えていると、段々と瞼が重たくなり、それに抵抗することなくスッと眠りについた。
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