勉強会をしよう
「ご馳走様でした。今日も美味しかったです」
「お粗末様でした」
一緒に合掌すると、向かい合って座っている凛と目が合う。
凛は微笑むと、食器を重ねて台所に持っていく。
明日の予定について会話をしていると、目の前に現れた凛に手を差し伸べられる。
それを掴めずに逃げている俺を、第三者として何もすることなく眺めている。
そして、現実味は薄れていき夢は終わる。
この夢を見るのもこれで五回目だ。
夢の内容は変わらない。
だが、五回も見ていると気づくことがある。
俺の隣に誰かいるのだ。
実際に視界に入っているわけではないので、俺の勘でしかないが、絶対にいるのだ。
「ゆうせー!!起きなさーい!!」
母さんに呼ばれ、俺はリビングに下りていった。
▽▼
「明日の予定とかありますか?」
「テスト勉強くらいかな」
「じゃあ、一緒に勉強しませんか?」
「……遠慮します」
「「なんでだよ!!」」
樋口さんからの誘いを断ると、両サイドの智也と小林がツッコんできた。
「ちょっと本気だそうかなと思いまして」
「一日そこらで変わる実力なんですね。いやぁ、浅いなぁ〜、羨ましいなぁ〜」
「そうですね」
「肯定するな!俺が性格悪い奴になるだろ!」
露骨な煽りに乗らなかった俺に対して小林は慌てながらツッコむ。
俺は何を言われてもいいと思うが、流れ弾で俺の隣がかなり精神的苦痛を負ってしまっている。
「お前が来ないと勉強できる奴が足りないんだよ!」
「何人いるの?」
参加メンバーは予想できるが、確認のため聞いてみる。
「えっと……」
樋口さんは右の親指から順番に折りながら数えている。
最後、俺の方を見てから左の中指を曲げる。
「八人です!」
「俺入れてないよね」
「……七人です」
樋口さんは恥ずかしそうに苦笑いしながら目を逸らす。
そのおっちょこちょいな小動物のような可愛らしさに場が和む。
「健が来るか怪しいって言ってたわ」
「あいつ部活は?」
「木曜からテストだから部活はないぞ」
大星高校ではテストの一週間前から放課後に行われる全ての部活動が禁止になる。
今回のテストはなぜか木曜日からスタートとなので、土日が二回も潰れてしまう。
これに対して生徒の怒りは爆発するが、生徒の意思だけでは年間行事予定を変えることはできない。
「で、怪しいって何?」
「遠慮するって最初は言ってたんだけど、粘りに粘って交渉したら『分からん』って言ってきた」
健の場合は部活が休みのゲーム期間に勉強をしたくないのだろう。
それでも、(俺が前日につきっきりで勉強を教えて)ギリギリ赤点を回避する。
ゲームしたいなら、ちゃんと断ればいいのに……
「じゃあ、俺も『分からん』で」
「なんでだよ!?……ちょっと耳貸せ」
樋口さんに聞こえないように智也は手で壁を作って囁いてきた。
おそらく、点数がピンチで進級に影響が……
「俺達だけだと男女比的に行きづらいし、男二人だと会話がもたない。悠誠様、どうか我々の頼みを――」
予想以上に情けない頼みだ。
二人が緊張でカチコチになっている様子は容易に想像できる。
いや、小林はなんとか生きていけそうな気がするな……
彼は俺に向けて手を合わせて、悪ふざけのヒーロー呼びではなく、俺の名前を様付けで呼んでいる。
でも、俺には関係ない。
「他の人を誘ったらいいだろ。俺より賢い人が十一人はいるわけだからさ、俺以外で教えるの上手い奴は――」
「話は聞かせてもらった!!」
無駄に大きな声で現れたのは七三メガネとその取り巻き二人だ。
耳元で叫ばれたせいで、頭がキーンとする。
メガネをクイッと持ち上げてから話し始めるところが鼻につくが、これは助け舟が来たと解釈していいんだよな?
「学年一位の僕にかかれば、今回のテスト範囲は余裕です。十二位より上の僕が皆さんに勉強を教えましょう」
「結構です」
きっぱりとした口調で何の躊躇いもなく樋口さんは答える。
「婆ちゃんに家に呼ぶのは仲が良い人だけと言われたので」
えっっぐいな……
慈悲や情けの欠片のない純粋な言葉に七三メガネの取り巻き達は意気消沈してしまう。
だが、メガネは諦めない。
「じゃあ、今から仲良くなりましょう。僕たちと勉強すれば――」
「あーしがイヤ!」
「んなっ!」
メガネの後方から現れたナギちゃんによる直球すぎる「イヤ」を受け止めきれず、メガネは黙ってしまう。
高飛車な話し方が気に入らなかったが、それでも誘っただけでここまで言われると気の毒だなとは思う。
……もう少し粘ってほしかった。
「あーし、斎藤がいないと勉強できないよ。教える役が天音だけは厳しいって」
「いや、十七位の天才もいるだろ」
「確かに、十七位がいれば大丈夫かもしれませんね」
小林は一歩前進し、胸を張りながらエアメガネをクイッとする。
あえて名乗らず、十七位を誇張して調子に乗っているのだ。
「頼りにならない」
「ウッ!!」
ナギちゃんの言葉が小林の右肩を撃ち抜く。
このリアクションができることからして、ナギちゃんの言葉をあまり気にしておらず、笑いを取ることしか考えていない。
その小林のリアクションにナギちゃんはニヤッと笑うと、
「教えるの下手そう」
「グッ!!」
「どうせ、マグレ」
「グハッ!!」
「デブ」
「ガハッ!!」
デブという言葉に吐血したようなリアクションをして壁にもたれてからずり落ちるように腰を落とす。
それからゆっくりと口を開け、こう言った。
「お……れは……ぽっちゃりだ…………」
「分かった。じゃあ、俺は行かないってことで」
「待て待て待て待て――」
くだらないやり取りをするくらいには俺のことを諦めたと思ったのだが、何度でも小林と智也は軽い頭を下げて頼み込んでくる。
「わかった。でも、条件がある」
収まる気配がないので、作戦変更。
大丈夫、俺にはゲームが大好きな幼馴染み兼親友がいる。
「行く」
「は?」
「いや、行くって」
「愛しのゲーム週間を一日無駄にするつもりか?」
絶対に行かないと思っていた。
健の発言に皆が喜ぶ中、俺はただただ理解ができなかった。
この十六年間、こいつは自ら勉強すると言わなかったのに、どうして今……
「健が行くなら行く」と約束してしまったからには行くしかない。
約束を破る人間だとは思われたくないからな。
「なんで行く気になったんだよ」
「いや、最初から行く気はあったけど、本当に行けるかどうか分からなかったんだよ」
最初から行く気だっただと!?
こいつに一体何があったというのだ。
健の成長を素直に喜ぶことができないまま、俺は土曜日の勉強会に参加することとなった。
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