勉強会をしよう②
「おはよう斎藤君♡私以外まだ来てないんだ」
「……何故いるんだ」
「呼ばれたからに決まってんだろ」
全力ぶりっ子から急変して素の話し方になった由依は誰もいないことを確認して俺に肩パンしてくる。
時刻は十時前。
集合場所の駅前のバス停には俺と由依しかいない。
ここからバスで十五分のところに樋口さんの祖母の家があるらしい。
学校で勉強すると思っていたが、このメンバーで勉強すれば必ず七三メガネのような輩が現れて勉強どころではなくなるだろうとのことで場所を変えることにした。
「今日って健来るんだよね」
「そうだけど」
「今更だけどさ、健とエマちゃんって普通に話すようになったんだね」
由依が言いたいのは文化祭前に陰口防止策として健を樋口さんに接近禁止にしたことだろう。
「ああ、あれはやめたよ。でも、俺達含めて男子陣は偶に話すだけになったかな。健は自ら話し掛けないままだし」
「ふぅ~ん、そっか」
どこか気の抜けた返事。
興味がないのか、それとも……
「あとさ、健が勉強しに来るって言ったんだよ。信じられなくね?」
「うん、そうだね」
「……なんかあったか?」
いつもとは違う適当な返事。
興味のない話は「どうでもいい。他にないの?」とすぐに別の話を要求してくるのに、今日は聞き流しているだけ。
「青春してるな〜って」
「そりゃあ……高校生だからな」
「……確かにね」
感慨深そうに話す由依の横顔は手の届かないずっと遠い場所を見ているようだった。
こいつ、健のこと好きだったのか?
そんなわけ……話を変えるべきだな。
「そういえば、八人って聞いたんだけど……」
「なに?私が忘れられてる前提で話すなんて……酷いよ、斎藤君!」
学校でのぶりっ子な話し方に戻ったが、まだ本調子とはかけ離れている。
空元気と言ったところだろうか。
「まあ、樋口さんのことだから自分自身を入れ忘れたとかな気がするけど」
「抜けてる部分あるからね」
「ちょっと心配になるよな〜」
「守ってあげたくなるよね〜」
「なんの話?」
背後からの声に振り返ると、神崎さんがいた。
冬と言っても過言ではない寒さの中、ブーツとミニスカートの間の肌色が眩しい。
「えっとね〜、エマちゃんってちょっと抜けてるよねって話」
「どういうことですか?」
由依が油断していると、俺たちの背後にはふくれっ面の樋口さんがいた。
「私はしっかり者です!」
「ごめんごめん」
由依は笑って誤魔化そうとするが、効果はない。
「ユウセイと天音もですか?」
疑いの目を向けてくる樋口さんは俺からの否定の言葉を待ち望んでいるように見えた。
「斎藤君が私にこの話題を振ってきたんですよ」
「違う。こいつが――」
「ユウセイ!!」
怒っているのは分かるが、リスのように真ん丸に頬を膨らましている姿が可愛く、相手を反省させる気迫が足りていない。
「確かに俺が言い出しました。でも――」
「言い訳無用です!!」
腕を組んで威張るようなポーズを見せてくれるが、やはり可愛いが勝ってしまっている。
「天音は?」
「あたしはそんなことないと思うよ」
「そうですよね!!さすが天音です。見る目があります」
樋口さんは神崎さんに駆け寄り、正面から抱きつく。
小柄な樋口さんと女子の中では高い方の神崎さんとの身長差のせいで、樋口さんの小さな頭が神崎さんの豊満な胸に――ッ!
ぐわんと視界が地面へと急に変わり、頭部を押さえつけられている感触が伝わってくる。
「見るな」
「すみません」
小声で言われたその言葉から俺を軽蔑しているように感じられたが、どこか同情するようにも感じられた。
その後、残りの五人が到着し、バスで樋口さんの祖父母の家に向かった。
全員が集まった直後、男子からは由依が、女子からは小林が、どうしてこの場にいるのだ?となり、樋口さんが自分を数え忘れていたと気まずそうに自白してくれた。
▼▽
「ここが私の家です」
「「でっか……」」
思わず数人の声が漏れる。
それは至極当然のことで、樋口さんの祖父母の家は豪邸だった。
瓦屋根の純和風建築で、庭付き二階建て。
歩いてきた感覚で言うと、一辺の長さがおよそ四十メートルの正方形を為すように塀が築かれている。
すなわち、およそ五百坪もの土地を所有しているということ。
俺の前世の実家に比べたら本当に小さいが、この家を見れば、樋口さんの祖父母が只者でないことは容易に想像できる。
そういえば、樋口さんが前に言っていたな。
『婆ちゃんはハガネの女ですから』
鋼の女。
おそらく、マナーや言葉遣いに厳しい方なのだろう。
手土産はちゃんと買ってきたけど、見た目で人を判断するタイプの人だった場合、悪態をつかれるかもしれない。
人を見た目で判断することは一般的な思考である。
派手な髪色の神崎さん達がどう見られるかは分からない。
擁護できるように覚悟は決めていこう。
「ただいまーー!!」
樋口さんは鍵を開けて中に入ると、家のどこに居ても聞こえるように大きな声を出す。
すると、すぐ右の扉から老婆が出てきた。
手にピンク色の革製の鞄を持ち、真珠のネックレスをつけ、エメラルドのイヤリングをしている。
出掛けるのだろうか。
「お邪魔します。これ、つまらないものですが」
「ありがとうございます。そこの机に置いてください」
指差した大きな机には何も入っていない花瓶が置いてある。
俺達がそこに荷物を置きに行くと、老婆は樋口さんを呼ぶ。
「今から友人と遊びに行きます。冷蔵庫にケーキがあります。人数分あるので、皆で分けて食べてください」
「はい!」
「何か困ったことがあったらすぐに連絡してください。それでは、いってきます」
「いってらっしゃ〜い」
それだけ言うと、俺達に一礼して出ていってしまった。
「なんていうか、他人行儀な人なんだな」
小林は思ったことを言っただけかもしれないが、こういう家族間の話には踏み入らない方がいい。
実は不仲とかもありえるし……
「そうなんです。死んだ爺ちゃんに対してもそうなんですよ」
「えっ」
予期しなかった発言に一同が息を呑む。
それを破るのは俺の役目だろうと思ったのだが、先に声を発したのは由依だった。
「亡くなってるの?」
「はい。去年の冬に。それで私が婆ちゃんの話し相手になりに来たのです」
「……お邪魔させてもらう身だし、線香だけ上げさせてもらえたりする?」
由依の提案から仏壇の前に案内してもらう。
九本上げるのは迷惑になるのでは? ということで、線香を全員で一本だけ上げて合掌する。
仏壇に飾ってある写真には朗らかに笑う樋口さんの祖父がいた。
初めてのはずなのに、どこか他人のように感じない。
まあ、四十六年も生きていれば似ている人の一人や二人に会っているのだろう。
そう考えると、俺は本当に異質な存在なのだろう。
転生して、ゼロから人生をやり直して、両親と友人に恵まれて、前世の想い人に奇跡的に出会えた。
現実的に考えて、こうして生まれ変わることができる人間なんてほんの一握りほどなのだろう。
俺は恵まれているんだな。
目を開けて正座を解くと、俺が一番最後だった。
真剣すぎですよ、と樋口さんに笑われてしまい、考え事をしていただけとは言うわけにもいかず、笑って誤魔化すことしかできなかった。
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